【Sunya】個性の大事さと勇気を与え
てくれる新曲

自分の弱さや迷いなど、誰もが隠したいことを全てさらけ出し歌うSunya。新曲「少年トラウマ~明日の君へ~」は、辛い過去を乗り越えて前に進む勇気を与えてくれる、彼のアーティスト性が前面に出たナンバーだ。
取材:土屋恵介

新曲「少年トラウマ~明日の君へ~」は、小さい頃のいじめや人とのすれ違いで悩んでる人たちに、個性の大事さを教えてくれる曲ですね。

曲の原型ができたのは1年ちょっと前で、去年からライヴで歌ってきたんです。僕はストレートに自分を隠さないアーティストでありたいので、Sunyaって歌い手がどんな人か、プロフィールを見なくても分かるような曲を残したいって思いから作ったんです。自分の過去を振り返りつつ、でもそこからマイナスな方向に行かないで、僕はこの歌で助けられたっていう曲を書きたくて『少年トラウマ』ができたんです。

じゃあ、この曲は自分の話なんですね。

ありのままの体験談ですね。昔そういうことがあって、そこから強くなりたい、東京に出てきて夢を持ってちょっとは強くなれたのかなって内容で。最初はマイナスだけど、どんどん前向きになっていこうって曲ですね。歌詞には<<机の上に“死ね”って言葉>>とか、強烈な言葉もあるけど、スタッフさんからも僕の思うままにやってみたらって言ってもらえて完成した曲なんです。

リアルですよね。特に小中学生の頃ってストレートに言ったりされるし、言われる側もちょっとしたことでも気になったり。

そうなんですよね。些細なことでも気になって、でもそのときは重大問題。僕は、もともと団体行動が苦手で、個人行動が多かったんです。クラスのリーダー的な人ともしゃべりたいとかもなくて。家帰ってピアノ練習したいとかそういう子で。だから“アイツは帰宅して何やってんやってんだ?”って思われてたと思います(笑)

となると、アイツなんだ?って言われますよね(笑)。

はい(笑)。そのときは辛かったけど、それがあったから今ハングリー精神を持って何事にも取り組めると思う。きれいごとかもしれないけど、こういうことがあったから家族や友達を大事にしようと思えるんじゃないかなって。そういう経験があるとないとでは、人間的に変わってくるかなって思いますね。

その頃は、心の支えをどこに求めてました?

やっぱり音楽ですね。他の子たちにはないものが欲しいと思ってたので、中学卒業して同時にライヴハウスで歌うようになったんです。でも、当時から僕は人を比べるとかなくて。自分には歌があったけど、野球部の人には野球があるとか、それぞれ違うもの、自分らしさがあっていいんじゃないかと思うんです。

後半の歌詞は、今のがんばってる自分が描かれてますね。

はい。僕って人と近づくのが苦手な方なんです。でも、デビューして1年ちょっと経って、歌い手としての自分らしさを去年の10月くらいから見つけ出して、ファンの方も増えてきた。ファンの子たちにも前向きになってほしいし、失恋ソングで一緒に切なくなってほしいしって、他の人のことを思うようになりましたね。あと、この曲はデビュー曲の『雨上がり』の原点でもある曲なんです。

時系列では、「雨上がり」の前の時代の自分の物語だと。

そうなんです。実はこういうことがあったから『雨上がり』の歌詞の“強くなりたい”って思いに繋がってるって、リスナーの人に知ってほしかったんですよ。

なるほど。サウンド面は、やさしいメロディーのミッドテンポですが、歌は力強さがありますね。

歌詞重視でできた曲ですけど、曲調はありのままの自分らしく、歌詞がすんなり入ってくる語りかけるようなやさしいメロディーにしたくて。で、歌詞は強くって感じで歌いましたね。

まさに、Sunyaくんの一番の素が出た曲でもあると。

そうですね。歌うたびに自分が感極まっちゃうんですよ。生音ライヴのときも号泣しちゃって(笑)。それくらい思いの強い曲なんです。この曲をライヴやラジオで流したら、今まで以上にみなさんから問い合わせがあったんですよ。正直、この曲がリリースできたのは、僕の力ってよりも、聴いてくれた人のおかげって気持ちが強いので、シングルになったのはすごくうれしいんです。

それは、ストレートな思いが、リスナーに刺さったからだと思いますよ。

そうかもしれないですね。僕はジャンルうんぬんじゃなく、歌詞を聴いてほしいし、カッコ付けない曲をこれからも書いていきたいんです。メッセージソングを書きたいとずっと思ってたけど、『少年トラウマ』はそのきっかけになった曲だし、これからがスタートだなって思いが今あるんです。

Sunyaってアーティストの改めての一歩目になる曲だと。でも、自分のトラウマって一番隠したいものですが、それを歌うことで自分の心を開放していきたいって気持ちがあるのですか?

はい。もちろんトラウマを隠したい人もいるけど、僕はそれを克服したいんです。もっと自分をさらけ出して歌うことで、僕はもっと強くなれる、自分と向き合えるんじゃないかって。僕の場合、歌わせてもらってるから今こうやってがんばって生きていこうと思えるんかなと思うけど…でも僕が特別じゃないんですよね。みんなが経験することなんで。今も、学校や職場で苦しんでる子がいるし、過去にそういうことがあった人もいる。そういう人に絶対届いてほしいし、少しでも前向きな考えになってもらえたらうれしいですね。

自分も乗り越えられたんだから、みんなも大丈夫だよって気持ちは伝わると思います。

そうなってほしいですね。この曲は、メッチャ応援ソングじゃないんですよ。みんな一緒なんだよ、大人になったら笑えるからって思ってもらえるとうれしいですね。もちろん、自分が自分でいるのはすごい難しいと思うけど、せめてこの曲を聴いてるときは自分らしい気持ちで素直に聴いてほしいですね。
Sunya プロフィール

1988年1月18日生まれ、大阪出身。自ら作詞・作曲を手掛け、飾らない言葉でメッセージを伝える新世代シンガー・ソングライターSunya。ゴスペルで鍛え上げられた歌声、本場UKで鍛え上げられたライヴ力、独学で身につけたソング・ライティング。しかしそのヒストリーは決して順風満帆ではない。

9歳までの多感な時期を奄美で過ごし、その後大阪へ引っ越した後、地元のゴスペルクワイアの一員として活動を開始。独学でピアノを弾き始め、ソング・ライティングを身につける。弱冠15歳で活動地をクラブやライヴ会場に変え、関西を拠点に活動をスタートすると同時にトラック・メイキングも手掛けるようになる。そして、数々のメジャー・アーティストのフロント。アクトを務め、途端にSunyaの名前が関西を中心に広がっていく。

そしてたまたまライヴを観たジェフリー・ダニエルに突然話しかけられ、この出会いがアーティスト活動を活性化させる。ジェフリーがSunyaの才能に惚れ込み、ボイトレやライヴなどを共にする。17歳の時、<J-pan soul production.>と契約を交わし、活動の拠点をUKへ移す。ロンドンでボイトレやレコーディングを重ねライヴにも出演。特にイギリス、フランスで開かれたシャラマー復活コンサートでは、唯一の日本人バック・コーラスとして大抜擢された。その後、フル・アルバムを完成させたにも関わらず、レーベルの事情でお蔵入りに。

帰国後、地元・大阪で再びライヴを中心に活動をスタートさせる。ライヴハウスだけでなく、時には難波の商店街など路上でも。そして18歳にしてインディーズ・レーベルと契約を結び、ミニ・アルバムをリリースするも活動が広がらず、20歳で契約を解除。その悔しさをバネにライヴ活動を重ね、08年10月には、大阪Knaveにてワンマン・ライヴを開催し大成功を収めた。そして逆境を跳ね除け、09年6月に<SonyMusic/Ki/oon Records>よりシングル「雨上がり」でメジャー・デビュー。オフィシャルHP
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公式サイト(レーベル)

OKMusic編集部

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