【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#11 流
し・平塚新太郎の言葉

作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、バンドマン、振付師、……そして、歌手。きらびやかな日本の歌謡界を支えてきた偉人たちを紹介するとともに、その方々が発したエネルギー溢れる言葉を伝えます。常軌を逸した言動の裏に、時代を牽引したパワーが隠されているのです! このコラムで、皆様の生活に少しでも艶と潤いが生まれることを願います。


仲村 瞳(なかむらひとみ)
編集者・ライター。2003年、『週刊SPA!』(扶桑社)でライターデビュー後、『TOKYO1週間』(講談社)、『Hot-Dog PRESS』(講談社)などの情報誌で雑誌制作に従事する。2009年、『のせすぎ! 中野ブロードウェイ』(辰巳出版)の制作をきっかけに中野ブロードウェイ研究家として活動を開始。ゾンビ漫画『ブロードウェイ・オブ・ザ・デッド 女ンビ~童貞SOS~』(著・すぎむらしんいち/講談社)の単行本巻末記事を担当。2012年から絵馬研究本『えまにあん』(自主制作)を発行し、絵馬研究家としても活動を続ける。2014年にライフワークでもある昭和歌謡研究をテーマとした『
』を発足し会長として活動中。
【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#11 流し・平塚新太郎の言葉

歌えないとお客さんに殴られる。だから
一生懸命覚えました。

『望星2015年1月号』(東京教育研究所)より

※全国各地を流しながら曲を覚えていた当時を振り返っての言葉。昭和の時代は気性の荒い男達が集まる酒場も多く、「そこらじゅうで喧嘩が起こってた」という話や、「簀巻きにされて海に放り込まれた」という想い出にも驚かされる。凄まじい状況で鍛えられたギター演奏と歌が、60年間、人々に癒しや活力を与え続けた。
平塚新太郎(ひらつかしんたろう)
昭和16年生まれ。千葉県出身。戦争のため、5歳で親とはぐれ、子供の頃から様々な仕事をして混乱の時代を生き抜く。15歳で流しの世界へ入り、ギター1本とともに全国の盛り場を流して歩いた。レパートリーは3千曲以上。近年は日本最高齢の流しとしても広く知られており、四谷三丁目の荒木町を中心に活躍していた。平成29年で流し60周年。7月半ばまで活動を続けていた。8月19日に75歳で永眠。

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