【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#13 歌
手・シルヴィアの言葉

作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、バンドマン、振付師、……そして、歌手。きらびやかな日本の歌謡界を支えてきた偉人たちを紹介するとともに、その方々が発したエネルギー溢れる言葉を伝えます。常軌を逸した言動の裏に、時代を牽引したパワーが隠されているのです! このコラムで、皆様の生活に少しでも艶と潤いが生まれることを願います。


仲村 瞳(なかむらひとみ)
編集者・ライター。2003年、『週刊SPA!』(扶桑社)でライターデビュー後、『TOKYO1週間』(講談社)、『Hot-Dog PRESS』(講談社)などの情報誌で雑誌制作に従事する。2009年、『のせすぎ! 中野ブロードウェイ』(辰巳出版)の制作をきっかけに中野ブロードウェイ研究家として活動を開始。ゾンビ漫画『ブロードウェイ・オブ・ザ・デッド 女ンビ~童貞SOS~』(著・すぎむらしんいち/講談社)の単行本巻末記事を担当。2012年から絵馬研究本『えまにあん』(自主制作)を発行し、絵馬研究家としても活動を続ける。2014年にライフワークでもある昭和歌謡研究をテーマとした『
』を発足し会長として活動中。
【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#13 歌手・シルヴィアの言葉

私はいいのよ。やりたい事はやったから
・・・。でもね、あなたの事がね・・・

『嵯峨聖子の【~言の葉おくりびと~】』(葬儀ポータルサイト・風のあしあと)より

※シルヴィアが癌に冒された後、彼女が女手ひとつで育てた一人息子に托した言葉である。
昭和54年に、デビュー曲「別れても好きな人」が大ヒットし、翌55年にミリオンセラーを記録。NHK紅白歌合戦には4回連続出場という、まるでシンデレラのような歌手人生。肺癌が発覚し、余命宣告を受けてからも精力的に歌手活動を続け、亡くなる約3ヶ月前までステージに立った。彗星のように現れて耀き、そして消えていった彼女の「やりたい事はやった」という言葉には、感慨深いものがある。世の中に、こう言い切れる人はどれほどいるのだろうか? 息子の中山貴大は、現在、シンガーソングライターとして活動中。

シルヴィア 
昭和33年生まれ、大阪府東大阪市出身。本名・松田理恵子。元実業団バレーボール選手という異色の経歴の持ち主。歌手の佐川満男が経営するクラブで歌っているところをスカウトされたことがきっかけで、ロス・インディオスの初代女性ボーカルとなる。昭和54年に、「別れても好きな人」でデビュー。当時、シルヴィアは21歳であった。“デュエットの女王”とも呼ばれ、カラオケブームを牽引するスターのひとりとしても名を残す。平成22年、肺癌のため死去。享年52歳。

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