【インタビュー】みそっかす、10年か
けてたどり着いた“本当の原点回帰”

カタカナ表記の“ミソッカス”からひらがな表記の“みそっかす”に戻り、衣装にも再び和装を取り入れて活動のフィールドをインディーズに移した名古屋の5人組バンド、みそっかす。彼らが結成10周年の節目に、通算7枚目のミニアルバム『東洋の神秘』をリリースする。
本作は、意味があるようなないような独特な歌詞、おしゃれとダサさの間を攻めるキュートでスリリングなダンスミュージック、20世紀の歌謡曲を継承したメロディ、なにより楽しそうに音を奏でる5人の姿が自然と目に浮かぶ快作である。BARKSでは彼らの結成10周年を記念し、居酒屋でメンバー全員に10年の振り返りロングインタビューを実施。『東洋の神秘』に至るまでの10年、かなり紆余曲折あったようだ。
   ◆   ◆   ◆
■初ライブで「俺、このバンド解散しようと思う」
――みそっかすが本格始動を始めてライブハウスに初出演したのは2008年の夏。そこに至るまでに大学のサークルバンドとして活動していた時期があるんですよね?
デストロイはるきち(Vo&G):僕らが所属していた大学の軽音サークルには「クリスマスコンサートにネタバンドとして出ないとだめ」という風潮があって。その時の僕は「オリジナルバンドはかっこつけてる」という考えがあったんですが、心のなかでは本気だったんですけどこのタイミングならネタっぽくバンドができるかなと思って、ネタのふりして裸にオーバーオール、ヘルメット被ってライブをしました。それが2007年の12月でした。
マイケルTHEドリーム(Key):ノブリルとはるきちと当時のドラムのドランキー伊藤の3ピース編成で、ベース不在だったよね(笑)。
はるきち:そのあとにファック中野(※みそっかすの初代ベーシスト)が「俺が入ってやろうか?」オーラを出してきたんですよ。
ノブリル(G):ベース弾きながら声を掛けてきましたよね。あきらかに入りたそうでした。
はるきち:それで仕方なく俺らがファック中野に「入る……?」と聞いたら、「えっ……!? うん、まあ入ってやってもええけど?」みたいなリアクションでしたね(笑)。
――(笑)。でも中野さんはすぐに脱退してしまうんですよね。
はるきち:ベーシストとして最低だったんですよ(笑)。でもすげえ面白いやつでした。大学生の時点でものすごい破滅的人生を歩んでいたやつで、3rdミニアルバム『三次元への回帰』に入っている「シケモクラプソディ」は、彼の半生を綴ったものなんですよ。磁石のように不幸をどんどん引き寄せていって、不幸にまみれて、借金まみれで(笑)。
マイケル:普通の人間なら耐え切れないような出来事が起こっても、いつも笑ってるようなやつで。
はるきち:すげえ面白いやつだったんだけど、あいつはみそっかすをTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTにしようとしたんですよ。「はるきちこういう曲書いたらええやん」と言って持ってくる曲がロカビリー調のものだったし、ミッシェル聴かせてくるし、ベースラインもロックンロールなものを持ってきて。でも僕は当時RADWIMPSになりたかったので、ファック中野をクビにしました。
――そのあとにマイケルさんがなぜかまったく経験のないベーシストとして加入する。
ノブリル:マイケル、サークルで1回ライブをしたあとにベースアンプから火を噴かしたんですよ。僕は部長だったので、修理費はしっかりマイケルから徴収しました。
マイケル:The Crushが好きだったので、ベースへの憧れはあったんですよ。叩きつけるような音が好きだったから、破滅的な音が出したいなと思って。アンプの使い方がわかんなかったから全部フルテンにしたんです。そしたらアンプが火ィ噴いて。俺は「自分は悪くない」と思っていたので、ずっとノブリルが嫌いでした(笑)。
はるきち:マイケルはベースが弾けないのにいいフレーズをつけてきて(笑)。ロック畑の人間ではないので、ファンキーなフレーズをつけてきたんですよ。だからベーシストとしても頼りにしてましたね。
マイケル:ブルマン藤井さんの加入によって、僕は晴れて自分の担当楽器であるキーボードを弾けることになり、健康的なバンドになりました。
――ブルマン藤井さんは、ノブリルさんとドランキー伊藤さんがみそっかすと並行して活動していたPARALLEL SINGLE NOTESのベーシストでした。
はるきち:PARALLEL SINGLE NOTESはいけ好かないバンドで、僕は「絶対こいつらに勝ってやる」と思ってましたね。それでこっそりブルマンを連れて中華料理屋に行って、そこで「ブルマン、みそっかすやってみないか? みそっかすのほうが面白そうじゃないか!」と声を掛けたんです。
ブルマン藤井(B):みそっかすは曲がいいのにめちゃくちゃ型破りなパフォーマンスをしていて、アレンジもとんでもなくて。「こんなにメロディのいいバンドなら、たぶん音楽的にもこんなこともできるぞ、あんなこともできるぞ」といろいろ可能性を感じていました。メンバーも面白いやつらだし、「そろそろ誘ってくれねえかな?」とは正直思ってたんですよ。そのタイミングで声を掛けてもらって、その場で「やるやる!」って。


ノブリル:ちなみにみそっかすのいちばん最初にできた曲のうちのひとつが「ダメ人間」という曲で。あれはPARALLEL SINGLE NOTESでボツになった曲だったんですよ。
はるきち:あ、そうだったんだ!
ノブリル:みそっかすでやってみたらすごくしっくりきたんです。
――サークル時代のお話、なかなか尽きませんね。
ノブリル:サークルにはへんなやつらが多くて、独特の文化を形成していた時代だったんですよね。うちのサークルは“陸の孤島”と言われていました。
マイケル:だから自信をつけやすい環境ではあったんですよ。人数が少ないし、キーボード弾ける人もそんなにいないから、キーボードが弾けるだけで「すごい!」「天才!」って言われて「あっ、俺すげえんだ!」って(笑)。
はるきち:曲を書いているときも「俺らすげえバンドになれるんじゃないか?」と思っていて。そんな状態で2008年7月、新栄のSONSET STRIP(現SONSET BLUE)で、初めて外のライブハウスでライブをするわけです。
――ここでみそっかすが本格始動するわけですね。
ブルマン:当時のことはいまでも覚えていますね。ステージの真ん中に椅子を置いて、その上に八丁味噌を置いて、そこにスポットライトが当たって。Led Zeppelinの「天国への階段」をBGMにして、メンバーが葬式みたいな顔をしてステージに出てくる。そしてWikipediaに載っていた八丁味噌の歴史をマイケルが読み上げて。
ジャンボリー加藤(Dr):あはははは! クソバンドすぎる(笑)。
はるきち:終わったあとに店長さんから「まずは個人練習からだね」「ステージに責任を持ったほうがいい」と言われた。
マイケル:ステージに責任を持った結果があれだったんですけどね(笑)。「ちゃんとお客さんに向けたライブをしろ」という、普通のことを言われました。
はるきち:いま思い返せばわかることなんだけど、当時の俺らはそんなこと全然わかんなくて「ステージに責任持ってるし! できてるし!」って悔しくて。うまくできなかったライブを引きずったままだから打ち上げもテンション低くて、誰とも一言も会話せず……。そのあとみんなで車を走らせて知多半島のファミレスに寄って、そこで俺が「みんなに話があるんだ」と切り出すんです。「俺、このバンド解散しようと思う」って(笑)。
一同:笑。
ブルマン:1回しかライブしたことないのに(笑)。めちゃくちゃ止めました。たった1回の初めてのライブがうまくいかなかっただけで……!
ノブリル:ほんとそうっすよ。僕らはPARALLEL時代にライブハウスでライブをやっていたんですけど、その時のほうがもっとひどいこと言われてたし。
はるきち:いろいろ思い出深い初ライブですね。all that jaz:と出会ったのもその日の対バンでした。メジャー1stミニアルバムの『反逆の♭m7』の「T.M.ハイテンション」は、ギターボーカルの大西崇泰がその時の打ち上げでめちゃくちゃハイテンションだったときのことを曲にしたものですね。
――本格始動した日に、まさか初めて解散の話が出たとは。
はるきち:その仕切り直しをしたくて、つぎは鶴舞DAYTRIPというライブハウスに出て。
そこの店長さんは、みそっかすを褒めてくれたんです。ここでいい思いをした俺らは「ほかのライブハウスにもいい出会いがあるんじゃないか」と思い、栄のTIGHT ROPEに行ったんです。そこの店長さんも死ぬほど褒めてくれて。
マイケル:ジャンボリーはその頃なにしてた?
ジャンボリー:そのときはサークルで、ブルマンさんとノブリルさんとコピバンをやっていましたね。Pay money To my PainとかART-SCHOOLとかEaglesとか……いろいろやってました。僕ははるきさんと4つ違いで、あとのメンバーとは2つ違いなんです。ブルマンは死ぬほど怖かった。2個上のすぐキレる先輩。怒ると部室のいちばん奥で、貧乏ゆすりをしながらすごい音で煙草を吸うんです(笑)。ほんと怖かった!
一同:爆笑。
■「みそっかす調子いいね!」と言われていた時期は、バンド内がいちばん崩壊していた時期
――本格始動から約3年で、みそっかすは2011年に初の全国流通盤『三次元からの離脱』をリリースしますが、この3年間はどんなことがありましたか?
ノブリル:その3年間で、俺がみそっかすを1回抜けて、また加入してます。
はるきち:実家のしいたけ業を継ぐからって、ノブリルがバンドを抜けて静岡に帰っちゃったんですよ。その頃、友達のバンドが「ZIP-FMに音源を送ったら流してくれた」と言っていて。じゃあ俺らもいけるはず!ってZIP-FMに送ったら、ディレクターの人がやたら気に入ってくれたんです。そしたらラジオで流してくれるだけでなく、ラジオのライブイベントにも出させてくれて。0.8秒と衝撃。とAny(現the sea falls asleep)と僕らのスリーマンでしたね。2010年でした。そのタイミングでノブが「戻ろうか?」と言ってきて。
ノブリル:だって脱退したメンバーにずっと音源送ってくるんですよ? しかも世の中ではVOCALOIDがめちゃくちゃ流行ってた時期にCD-Rで(笑)。そんなことずっとされてたら気になるに決まってるじゃないですか。それで脱退してから3ヶ月で戻ることにして。2ndミニアルバムの『異次元からの来訪者』の直前まで、片道2時間半かけて静岡から名古屋に通ってました。
マイケル:そのときのノブリルさんは、みそっかすが勢いづいていたから「ワンチャンいけんじゃね?」って感じでしたよ。
はるきち:うん。ノブの腹黒さがすごかった(笑)。
ノブリル:そんなことないよ!(笑)
マイケル:俺はノブリルさんが脱退したとき、「あ、絶対戻ってくるな」と思ってました。
――2011年頃は「バンドでのし上がっていくぜ」というモードだったのでしょうか?
ブルマン:いやいや、全然。
マイケル:あくまでスローライフの一環でした。はるきちさんはその時アルバイトだったけど、残りのメンバーは全員就職してたんですよ。
ノブリル:でも2ndの『異次元からの来訪者』を出す直前、「真剣に音楽活動をやっていくぞ」という話し合いはありましたね。それで当時のドラマーのドランキー伊藤が「ちょっときついかも」と言って、その半年後に脱退しました。
はるきち:みんな仕事をしていたので、全国流通盤を出したのに名古屋でしかライブをしていなかったんです。おまけに月に3本だけ。でも東京で俺らの曲を流してくれたり、大阪で俺らを待ってくれている人がいることとかが、リアルに見えてきて「これは東京や大阪にも行かなきゃいけないんじゃないか?」と思ったんです。その時期にツアーをがんがん回っていたアルカラと知り合って、ZIP-FMのお世話になっているナビゲーターさんにも「あんたらは絶対にツアー行かないとだめ!」と言われて……いろんなことが重なってツアーに出ることになりました。
――2012年、初めて名古屋以外でライブをすると。
はるきち:初めての東京での対バンがO-Crestでアルカラ。大阪の初対バンがキュウソネコカミKANA-BOON、理科室コーヒー実験ブレンド、The denkibranthe unknown forecastでした。名古屋でやっているときより、いいライブができたんですよ。
ブルマン:うん。月3回名古屋でやっているから、フレッシュなライブができなくなり始めてた頃だったからね。
はるきち:お客さんが「やっと東京に来てくれた!」と歓迎してくれて。ステージに出た途端に手が挙がっているのが見えて、そのときに「あ、俺らバンドマンなんだ!」と思った。名古屋でライブをしていたときは全然手が挙がることもなかったのに。
――2013年2月に、ドラマーがドランキー伊藤さんからジャンボリー加藤さんへとバトンタッチしますが、ここまでの経緯は?
はるきち:みんな就職していたんですけど、職場の上司との折り合いもついていて、勤務希望も融通を聞いてもらったりしていたんです。でもドランキーだけはうまくいかなくて、遠征で次の日の朝に帰ってきてそのまま働いたりしていたんです。でも僕らもありがたいことにいろんなところからライブ出演のオファーをいただくようになっていて。月10本くらいオファーが来てたかな。
ノブリル:でも僕らの環境だと頑張って出て5本が限界で。それでもドランキーには負担になっていて、めちゃくちゃつらそうでした。
はるきち:その時はスタジオの空気もすごく良くなかったね。
ブルマン:ケンカもいっぱいしたし。
マイケル:そうだねー……。ドランキーと「いつ辞める?」って話をしてました。俺も辞めようと思ってたんですよ。
はるきち:え、そうだったんだ。
マイケル:「このスケジュールはスローライフじゃねえな」と思って。でもその当時上司から「お前に向いてる仕事はない」「社会性がない」と言われていて……じゃあ音楽を続けておくしかないかなと思った。
はるきち:ドランキーは完全に疲弊していたから、ドランキーが生きているうちに新しいドラムを探そうという話になって。
ブルマン:ドラムがうまいのはもちろんだけど、コミュニケーション取りやすいやつがいいなと思ったんですが、そういうやつがジャンボリーしかいなかった。俺がゴリ押ししたらみんな「あんなできた男はいない」と言って、文句ひとつ言いませんでした。
ジャンボリー:まあそうですよね~!(笑)みそっかすは普通にライブも観に行っていたし、好きだったんです。話が来る前に「ドランキーが辞めるっぽいよ」というのをだれかから聞いたんですよ。そのときに「あ、これ俺に話がくるな」と思って。
はるきち:へぇ~! ちょっと思ってたんだね。
ジャンボリー:やっぱり一緒にコピバンもしていたし、ちょっとは思いますよね。でもそういう素振りを見せず「うん、いいよ。やるよ」と答えました。
はるきち:2013年2月、俺たちの初ワンマンでドランキーが抜けて。その翌日が「アメリカと中国と静岡」のミュージックビデオ撮影でした。それにはもうジャンボリーに来てもらっていましたね。
――2013年はみそっかすがかなり上り調子だったときだったと思うんですよ。CDショップ大賞の東海ブロック賞を獲り、<出れんの!?サマソニ!?>でSUMMER SONICに出演し、タワレコメンにも選出されて。
はるきち:パッと見ノリにノッていて、いろんな人から「みそっかす調子いいね!」と言われていた時期なんですけど、バンド内がいちばん崩壊していた時期でもあったんです。
マイケル:そうだね、ほんとつらかった。
ノブリル:バンドが嫌すぎてDTM始めましたもん。いつでも音楽で自立できるようにスキルを上げていきました。
はるきち:スタジオに入るのが嫌すぎたんですよ、絶対にケンカしてたから。相変わらずメンバー全員正社員として働きながらバンドをやって、事務所にも所属していなくてレーベルにも所属していないから、発注書とかも全部僕が職場のパソコンで作ってたんですよね。だから僕も結構いらいらしていて、メンバーに「お前らなんもやらねーじゃん! お前らもやれ!」ってノブリルに無理矢理ホームページの更新を押し付けた。
マイケル:はるきちさんが「あのライブの詳細、ホームページに載ってねえじゃねえか!」、ノブリルが「そのデータの詳細もらってないっすけど」――そういうやり取りをずっと眺めてました。
はるきち:2時間取ったスタジオも、そのうちの1時間半はロビーでずっと話していて。「あのバンドはフェスに出たけど俺らは全然呼ばれない」とか……。
ブルマン:雰囲気は最悪だったね。
ジャンボリー:ほんと嫌でしたね。俺、加入したばっかなのに、メンバーずーっとケンカしてるんですもん!(笑) スタジオも行きたくなかったけど、行かなかったら行かないで怖いから、仕方なく自分の気持ちを奮い立たせるためにずっと車で「勇気100%」聴いてました。
マイケル:でもそんなとき、いまの所属事務所であるNo Big Deal Recordsのスーパーマネージャーが現れたんです!!
ブルマン:僕たちの救世主!!
はるきち:僕の持っているパソコンが古すぎて、発注書を送ったりライブハウスに音源を送ったりするような事務作業に時間がかかって本当にいやだったんですよ。いらいらが溜まりに溜まっていて、ずっと「事務所がついてくれないかな……」とずっと思ってたんです。いろんな人が声を掛けてはくれたんですけど、最後まで我々を見放さなかったのが、No Big Deal Recordsのスーパーマネージャーでした。それがなかったらMASH A&R応募しようと思ってた(笑)。
ジャンボリー:あははは! カラーが違いすぎる(笑)。
■和装を脱ぎ捨て「30歳の誕生日までにメジャーデビュー」
――2013年の作品は3rdミニアルバム『三次元への回帰』ですが、はるきちさんは以前、このあたりの時期から“みそっかすらしさ”を考えるようになったとおっしゃっていて。
はるきち:そうなんですよ。でも“らしさ”って、第三者が作るものですよね。それなのになぜか僕自身が“みそっかすらしさ”を気にするようになってしまっていて――それは周りの意見や周りの目をめちゃくちゃ意識し始めた時期かなと思っていて。それが『三次元への回帰』。そんなことばっかり気にしていたし、そんな話ばっかりしてた。
ブルマン:うんうん。そうですね。
はるきち:こういうミュージックビデオを撮ったら周りからどう見られるだろうか、この曲をリードにしたらどう思われるだろうか……。そういう話し合いが、僕らは向いてなかったんですよね。ケンカになっちゃう。それでスタジオが楽しくなかった。さらに、さっき言ったみたいに練習もしないから、みんなどんどんヘタクソになるんですよ。だからライブをやると「お前のここのミスが悪い」とメンバーに対していらいらして「お前ちゃんと練習しろよ」って。
ジャンボリー:もうそういうこともまったくわかんなくなってましたよね。俺は大学をごりごりに留年していて、みそっかすを始めて休学したんですよね。おまけに家がボンボンなので、働かなくても全然平気で。ドラムの腕に関して誰もなにも言ってこないし、ただただなんとなくドラムを触っていた……ほんとゴミみたいでしたね。
――2014年1月1日、みそっかすからミソッカスへの改名と、和装を脱ぎ捨てての活動を開始します。
マイケル:「衣装を着たバンドは行けてZeppまでだよ」と言われて。
はるきち:それを真に受けて「俺らはZeppで止まるバンドじゃねえ、ホールに行くんだ! SEKAI NO OWARIと戦うんだ!」と言って和装をやめるわけです。スーパーマネージャーはひらがなで着物のみそっかすが面白いと思って声を掛けてくれたのに、僕らは僕らで事務所との距離感をよくわかってなかった。だからがっつりした話し合いもしないままに、着物を脱ぎ捨ててカタカナにしようと。事務所に事後報告でした(笑)。
――では4thミニアルバム『統一された混沌(カオス)』は、そんな殺伐とした環境のなか作られたんですか?
はるきち:そうです、そうです。本当の意味で“混沌(カオス)”です。
マイケル:“統一”なんてまったくされてなかったですからね。地元の友達に聴かせたら「このバンドはなにがしたいの?」と言われました。曲の頭数を揃えることもいっぱいいっぱいでした。
ジャンボリー:『統一された混沌』の制作時期、ストレスフルすぎて全然記憶がないですもん。
はるきち:俺も記憶ないなあ。曲を作る元気もなかった。おまけにそれまで俺が仕切ってたぶん、事務所に所属してからほかのメンバーが反旗を翻した感があって、四面楚歌状態だった。意見が言えなかった。
ノブリル:俺はNo Big Deal Recordsと一緒にやるようになって出会ったサウンドディレクターさんから評価してもらって。認めてくれる人がいてすごくうれしかった。
はるきち:そうだね。そこからノブの曲が多くなってきたんです。
――こんなことを言うのは失礼かもしれないですけど、なぜバンドが解散せずに続いたんですか?
はるきち:2013年からぼろぼろ出てましたよ、解散の話。
ノブリル:でも「はるきさんが30になる5月までにメジャーデビューみたいな、なにかしらのターニングポイントがなかったら解散しよう」という話が出ていて。そのリミットがあったから続けてこれた気がします。
――ということはバンド間は殺伐としながらも、このバンドへの可能性や、このバンドを信じる気持ちは持っていらっしゃったということですよね。
はるきち:それはあったかもしれないですね。やっぱり、もともとみそっかすはすごく楽しかったから。「きっと元に戻れるはずだ!」とみんなどこかしら思ってたと思うんです。
ブルマン:学生の時、すごく楽しかったんですよ。
ノブリル:うん。バンドが解散したら普通に友達になるんだろうなとは思ってた。
はるきち:学生時代は「俺こんな音楽見つけたんだけど!」なんて言って聴かせて「わ、かっこいい! 俺もCD買う!」って感じだったし、初期の頃はみんなで車から流れる音楽を聴いてたよね。でもその時期はヘッドフォンで各々好きな音楽を聴いていたし、俺は音楽を嫌いになっていた時期かもしれない。
ノブリル:自分にヒットする曲がだんだんなくなってきちゃったところもありましたよね。Museみたいな衝撃を得ることがなかった。自分がバンドをやっていたから尚更かもしれないですけど。
マイケル:あ、ノブリルさん的にはロックシーンがクソだったということですか?
ノブリル:うん、そういうところは正直あったよね。
――確かにUKロックの勢いが下火になった時期ではありましたよね。日本の音楽も盛り上がり重視のガラパゴス化が加速しました。
はるきち:僕らはUKロックの盛り上がりとともに成長してきた世代でもあるから。たしかにそういうパイオニアみたいな存在はいない時期でしたよね。
ノブリル:洋楽でもバンドでビビッと来るものが少なかった。だからその時期AviciiとかGabrielle Aplinとか聴いてたんだよ。バンドならImagine Dragonsくらいかな。でもはるきさんはImagine Dragonsに全然ピンときてなかったし、メンバーに紹介しようかなと思っても「きっと好きじゃないだろうな」と思って言わなかった。
――なかなか抜けだせない暗黒期。そんななか2015年6月に1st EP「ゴールデンミソアワードEP」をリリースし、同時にavex traxからのメジャーデビューを発表します。
はるきち:「30歳の誕生日までにメジャーデビュー」と言っていたら、本当に30歳になる直前にメジャーデビューのお話をいただきました。メンバーと会うのもいやだし、音楽も嫌いになってきてたし、バンド活動に生産的なことをまったく感じていなかったんですけど、それでもミソッカスが終わるのは悲しいなと思っていたんですよ。メンバーもみんなしゅんとしていることがわかっていたので、「2015年の5月でバンドが終わったらどうするの?」とちょっとずつ話をするようになってきていた時期でもあったんですよね。そんなときにメジャーの話が舞い込んで……。
ブルマン:うん。バンドが続けられる!と思った。
ジャンボリー:そうだね。「これで売れる!」とかじゃなかった。「これでなんとか続けられる!」だった(笑)。それがいちばんうれしかった。
はるきち:うん。うれしかったね。あれだけ苦しい状況でも、俺は音楽を続けたかったんだなーと思って。それにびっくりしました。
■インディーズ、着物、ひらがなに戻り「一人ひとりが大事なピース」
――メジャー期のミソッカスはとにかくいろんな音楽性に挑戦していましたが、作品を出すたびに“原点回帰”と言っていたなと思っていて(笑)。
はるきち:あははは! 俺は1stミニアルバム『三次元からの離脱』のことを本っ当に好きなんですよ。だからメジャーのときも「あの時に戻りたい!」という気持ちで、毎回原点回帰を目指していたんですよね。でも『三次元からの離脱』は、なんも考えずに作ってるんですよ。当時の俺たちのいろんな脳みそやセンスがはたらいて出来たであろう1stミニアルバムを、いまの頭と力でどうにか再現したい――そうやってあたふたしていたのがメジャー期でした。悩みすぎて、悩みすぎた自分たちをテーマにしたアルバム(メジャー2ndミニアルバム『深き森の迷路』)を作ったりもしましたね(苦笑)。
――メジャー期からマイケルさんが作曲に参加するようになります。2017年にリリースしたフルアルバム『ダンシングモンスター』からは、3人の作った楽曲を切り貼りして作ることも多くなりましたよね。
はるきち:今回のミニアルバム『東洋の神秘』の「ディスコエクスプロージョン」も、イントロがマイケル、Aメロがわたし、サビがノブリルなんですよ。強固なトライアングルが『ダンシングモンスター』で作れましたね。
マイケル:俺とはるきちさんで作ってるとすぐ遊んじゃうし、はるきちさんとノブリルさんで作ってると真面目すぎて視野が狭くなっちゃう。だからこの3人で作るのがいちばんバランスが良くて。
はるきち:強固なような脆弱なような……なかなかぎりぎりなバランスだけどね(笑)。だから『ダンシングモンスター』で完全に自分たちのやることが見えたんですよ。
ノブリル:うん。絶対にやるべきじゃないこと、絶対にやるべきことが見えたのは『ダンシングモンスター』だった。
――『ダンシングモンスター』には2ndミニアルバム『異次元からの来訪者』に収録されている「オテントサマ」の再録が収録されています。「オテントサマ」が大幅なアレンジを加えていないのにアルバムに馴染んでいたので、「原点回帰がやっとできたのかな?」とも思いました。
はるきち:ああ、そうですよね。『追撃のフォークロア』にも『深き森の迷路』にも、「オテントサマ」は入れられない。浮いちゃうと思う。でも『ダンシングモンスター』で「オテントサマ」、浮いてないんですよね。『ダンシングモンスター』を出したあとにメジャーを離れることになるんですけど……僕らはそのとき、みんなまた音楽が好きになっていたし、いまみたいにメンバーとも仲良くなっていて。
マイケル:うん。よく話すようになった。
はるきち:メンバーと会うのが楽しくなったんです。それは『ダンシングモンスター』が作れたおかげでもあるかもしれない。
ジャンボリー:うん。『ダンシングモンスター』を作ってから、ラクになった。
はるきち:あのアルバムのツアーもすごく楽しかったんです。だからこそ、いまの俺らなら全然インディーズでやれるなというのがあって。avexさんに「お願いします!」と言っていたらメジャー続いてたかもしれないけど。メジャーでなくてもいいかなって。
ジャンボリー:『ダンシングモンスター』のツアーのファイナルで、「インディーズ、着物、ひらがなに戻る」と発表したら悲鳴みたいな歓声が起きて……あの瞬間は忘れられないなあ。すごかったっす。
はるきち:実は『ダンシングモンスター』の時に着物案が出たんですよ。でも踏ん切りがつかなくて。だけどインディーズに戻ることを決めて、ひらがなに戻すのも着物に戻るのもこのタイミングしかないだろうなと思った。いまのアー写、めっちゃ気に入ってるんですよ。これで一生いきたいくらい(笑)。
――ははは。メジャーを経てインディーズに戻ってきて、環境はいかがでしょう?
はるきち:インディーズは単純に関わる人間が少ないぶんやりやすいですね! メジャー時代は1曲を世に出すためには第3関門まで突破しないといけなかったけど、いまは第1関門を突破すればもう優勝なので。
ジャンボリー:ライブを減らしたことも、いい方向にいってるんですよ。やっぱり全員仕事をしているので、それを優先すると必然的にライブは減って、1ヶ月くらいライブが空いちゃうこともあるんですけど。
はるきち:でもその1ヶ月でたまった仕事の鬱憤を、全部ステージに出すという(笑)。
ジャンボリー:そうそう。たまったストレスを一気に吐き出して、だいぶすっきりしてます(笑)。
――仲のいいメンバーと一緒に、好きな音楽でもって、社会への鬱憤を発散させていると。音楽ともいい付き合い方ができているようで。


はるきち:だからいまサイコーなんですよ。メジャー期いろいろ試して、いろいろ失敗していたのは、着物で“みそっかす”じゃなかったからなのかな?と思うくらいしっくりきてる。“着物でみそっかす”ということを決めてから、自然と音楽もその方角に向くようになってきたんです。ミュージックビデオも昔ほど悩まずにいいものが作れているなという感じはしていて……すごくいいですね。
マイケル:これからもこの5人で続けていきたいなと思いますね。一人ひとりが大事なピースですから。
ノブリル:もうここまで来るとほかの人とバンドするのもしんどいです(笑)。ここまで続いてきたのも、このメンバーだからというのと、周りの人が支えてくれていたからだなと思います。繊細なバランスのバンドだけど、持続可能な範囲で楽しくやりたいなあ。働きながら音楽を続けるスタンスは自分にとってもしっくりくるし、肩の力を抜いて楽しくインプットしながら、ほのぼのとやっていけたらなー……と思いますね。
るきち:実は1年くらい前に新しいバンドを立ち上げようかなと思って、1回だけスタジオに入ったんですけど……なんかしっくりこなかったんですよ。そのあとすぐにみそっかすでスタジオに入ったら、「あっ、これだ!」ってすんげえしっくりくるんですよ! しっくりきすぎちゃってるから、ほかのバンドをやるとかメンバーを入れ替えるとかは考えられないですね。だれか抜けたら解散なんだろうな……というレベルです。
ブルマン: 10代の時に聴いた音楽に突き動かされて、なにがなんだかわかんないけどベース持ってひとりで弾いていた時代があって、ひとりで弾いていたらバンドがやりたくなって。大学入ってバンド始めて、みんなと出会って、音を合わせているのが楽しい時期が学生時代ずっと続いていて――もともと自分にとって音楽は楽しいものだった。でもバンドをやっていくうちに応援してくれる人が増えて、「どうしたら喜んでもらえるんだろう?」と考えるようになって……わけわかんなくなっちゃって、いっぱいメンバーともケンカしたし。メジャーで活動できるチャンスをもらって、メジャーで得たものもたくさんあって、『ダンシングモンスター』でベーシストとしてどうしていくべきか掴めた。そのあとインディーに戻ってきて、いま「やっぱ音楽は楽しい!」と思えているんです。バンドが楽しいから、続けていきたいっすね。
――10年続けてきて良かったですね。
ブルマン:なんとか続けてこれました。
はるきち:でもこれだけ歴史を振り返ってみて思ったけど、ツアーに出始めてまだ6年しか経ってないんだなと思って……。結成10周年だけど、まだまだペーペーな若手バンドというスタイルでいいですかね?(笑)
ノブリル:遅れてきた若手ポジションで(笑)。
マイケル:遅れすぎじゃない!? でもスローライフが長すぎたので、いい加減ちゃんとやらないとなとは思っていて。若手ですごい曲を作る人はたくさん出てきていて、俺勝てねえなと愚痴ったりするんです。でもそんなこと言ってるんだったらちゃんと音楽やって勝たねえとなと思ってますね。いまは音源発表の方法や媒体もいろいろあるので、そこに追いつけるように頑張りたいですね。
――みなさん未来も見えているようでなによりです。
ジャンボリー:俺はうまくてかっこいいバンド――山下達郎さんや春畑道哉さんみたいなJフュージョン系の音楽が好きなんですよ。だからなんとかしてそっち系のバンドにしていきたいですね!
マイケル:えっ!? 押し付けてくるの!?
ブルマン:三十路の身体に鞭打つなよ~!(笑)
はるきち:でも演奏うまくはなりたいよね。この5人で長く続けていきたいけど、いつまでも若手っぽくはいたいなと思っていて。ただただ萎れた感じで続けていても意味がないから、いつまでもギラギラしたバンドでいたいですね。若いバンドにはひとつも負けたくない! 全員倒す!くらいの気持ちでみそっかすやっていきます!
取材・文◎沖 さやこ


7thミニアルバム『東洋の神秘』


3月28日 RELEASE

品番:NBPC-0052 価格:¥1,944(税込)

レーベル:No Big Deal Records/ドリルおじさんレコーズ
1. 切り札はスペードのエース

2. ユーフォーユーフォー

3. バンパイアと十字架

4. ディスコフレイム

5. ディスコエクスプロージョン

6. 踊る政治家

7. 都会のクリスマス

<『東洋の神秘』リリースツアー みそ
っかすワンマンショー>

5月5日(土・祝)【大阪】天王寺Fireloop

5月13日(日)【東京】池袋Adm

5月18日(金)【愛知】名古屋・池下CLUB UPSET

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