【SPICE洋楽コラム】Pixiesの来日を
前に、改めてその偉大さを確認する。

Pixies(ピクシーズ)の来日公演が決まった。

2020年2月に横浜、東京、大阪と3公演を行う予定だ。
前回の来日が2017年2月だから比較的早い再来日公演をすることになった彼らだが、バンド再結成後は新譜が出るたびにきっちり来日公演を実現させ、その特徴的な轟音とキャッチーなメロディをきかせてくれている。
今回も、前作の『Head Carrier / ヘッド・キャリア』(2016年)以来となる新しいアルバム『Beneath The Eyrie / ビニース・ジ・エリー』が2019年9月13日(金)にリリースするとアナウンスされており、そのワールド・ツアーの一環で約3年ぶりとなる来日公演を行う。
Pixiesと言えば、そのプロフィールには必ずと言っていいほど「オルタナの先駆者」やら「グランジを牽引した」というような説明がつく。今に至るオルタナティブ・バンドの起点になっていることは確かだが、その説明にはいささか疑問というか、違和感を感じているというのが正直なところだ。そこで、今回の新譜リリース&来日決定を機に、彼らの歩みと、ここ日本での捉えられ方を振り返ってみたい。
Pixies - Debaser
初期の成功
Pixiesは、1986年にアメリカのボストンで結成された。メンバーは、ブラック・フランシス(Vo&G)、ジョーイ・サンチャーゴ(G)、キム・ディール(Ba&Vo)、デヴィッド・ラヴァリング(D)の4人。バンドはイギリスのインディ・レーベルである4ADと契約を結び、一旦解散するまでの作品はすべてこの4ADからリリースをしたが、ここがまず最初のターニングポイントと言えるだろう。
4ADは言わずと知れた良質なUKインディ・バンドを多く輩出した伝説的なレーベルで、Bauhaus(バウハウス)、Cocteau Twins(コクトー・ツインズ)などがその代表格。そこにアメリカのバンドであるPixiesがデモを送り契約を獲得することになる。4ADと契約をした最初のアメリカのバンドはThrowing Muses(スローイング・ミュージズ)で、アメリカよりイギリスで最初は成功を収めていたが、Throwing Musesと同郷のバンドであるPixiesは彼女たちの成功に影響をされて4ADにデモを送ったと言われている。
1980年代後半のアメリカは、まだMTVの全盛の時代が続いており、華やかなメジャーのサウンドか、日本ではLAメタルと呼ばれた(アメリカではヘア・メタルと呼ばれている)ハード・ロック/ヘビー・メタル・バンドが隆盛を誇っていた。そこから大きく外れたオリジナリティの高い音を奏でるバンドであるPixiesやThrowing Musesは、あまり商業的な成功は収められていなかった。十分なマーケットがなかったからとも、そのようなバンドをリリースするレーベルがなかったからとも言われているが、当時活動を既に始めていたSonic Youth(ソニック・ユース)もR.E.MもJane's Addiction(ジェーンズ・アディクション)も、アメリカでは成功を収めていたとは言い難かった。ここに例に出したバンドはすべてアメリカのオルタナティブ・ロックの土台を作ったと言っても過言ではないオリジネーターだが、バンドとしての成功はPixiesと同時期かやや後だった。
PixiesとThrowing Musesは最初からイギリスにマーケットを求めた為、キャリアの初めから成功を収めることが可能だった。これがアメリカのレーベルとの契約であったら、このあとの目覚ましい活躍はなかったかもしれない。
Pixies - Here Comes Your Man
Pixiesは、1987年の1st・ミニ・アルバム『Come On Pilgrim / カム・オン・ピルグリム』を発表。その後、1988年にSteven Albini(スティーブ・アルビニ)を迎えた1stフル・アルバム『Surfer Rosa / サーファ・ローザ』を発表し、世界的な名声を得ることに成功。1989年には、プロデューサーにイギリス人のGil Norton(ギル・ノートン)を迎えて2ndアルバム『Doolittle / ドリトル』を発表。シングルの「Here Comes Your Man / ヒアー・カムズ・ユア・マン」 と「Monkey Gone to Heaven / モンキー・ゴーン・トゥ・ヘヴン」 の成功もあり、アルバムは大ヒットを記録。世界にPixiesの名を轟かせた。
奇しくもこの89年は、英国ではマッドチェスターを代表するThe Stone Roses(ザ・ストーン・ローゼス)の歴史的な大名盤であるファースト・アルバム『The Stone Roses / ザ・ストーンローゼス』が発表された年だ。その後の音楽シーンに多大な影響を与え、一つの時代を作り上げ、新たなムーブメントの起点となったアルバムが複数リリースされたこの年にPixiesの『Doolittle』も発売され、その一つと言っていい程の成功を収めた。
この『Doolittle』は、80年代の後半から静かに胎動を始めたUSオルタナティブ・シーンの誕生を決定づけたアルバムと言っていいだろう。
「グランジ」と「オルタナティブ」
「グランジ」というシーンの名称は90年代の前半に使われ始め、一時期は最大のシーンに上り詰めるほどに隆盛を極めたが、「グランジ」というのは「オルタナティブ」の中の一つのジャンルであると考えることが正しい気がする。「オルタナティブ」という呼び方は、本来の意味である「もう一つの」という意味の通り、メインストリームの音楽に対しての「もう一つの」音楽を指すものだが、Pixiesはオフィシャル・サイトで自身のことを「オルタナティブ」バンドと称している。そのことから、「オルタナティブ」とは今でも生きている言葉であるが、「グランジ」はもうすでに使われている言葉ではない。
「オルタナティブ」とは70年代後半から存在していたものではあるが、この呼称が世界的に知られたのは「グランジ」が爆発的に広まった時期(それは、まさにNirvana(ニルヴァーナ)が1991年にセカンド・アルバム『Nevermind / ネヴァーマインド』をリリースしたことが起点と言っていいだろう)と重なり、一時期は「グランジ」の一ジャンルとしての「オルタナティブ」という誤解も日本では見受けられた。ただ、「グランジ」のあっけない終焉によって、メインストリームのマーケットに収まらない「もう一つの」音楽として「オルタナティブ」という言葉が定着して、いまだに使われていると考えられる。
余談だが、Nirvanaが『Nevermind』を発表した1991年当時、日本では「オルタナティブ」という概念はほとんど伝わっておらず、『Nevermind』はハードなそのサウンドから、扱う雑誌はヘヴィメタル専門誌である『BURRN!』だった。そのことから、メインストリーム以外の音は、ここ日本では定着していなかったことがよくわかる。
グランジという世界を覆った壮大な音楽的ムーブメントは本当にすごかった。それは、その起点となる1991年のNirvanaのセカンド・アルバム『Nevermind』の前後を、それ以前とそれ以降とに分けてしまえるほどの大きな時代の分岐を作り出した。この時代のバンドは、皆、この起点を挟んでラウドなギターサウンドに変化していったと言ってもおかしくないぐらいに。ただ、この『Nevermind』から始まった「グランジ」という音楽的な革命に、さほど驚くことはなかったリスナーの層がいた。それは、Pixiesや同時期の「オルタナティブ」なバンドを聴いていた層だ。筆者も、Pixiesを愛聴していたため、『Nevermind』ショックはさして大きくはなく、エンジニアのAndy Wallace(アンディ・ウォレス)の作り上げた「音」の鋭さと、Dave Grohl(デイブ・グロール)のドラミングの力強さに驚いたくらいだったし、同様な反応をするリスナーも周りには多かった記憶がある。
事実、NirvanaのKurt Cobain(カート・コバーン)はPixiesが好きだったようで、歴史的名曲の「Smells Like Teenage Sprit / スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」は、KurtがPixiesの曲をコピーしている時に出来た曲だという説もある。これは、BOSTONのデビュー曲である「More than Feeling」のコード進行を拝借したという説まで飛び出すほどなので真偽のほどは分からないが、KurtはPixiesに影響を受けていたことは間違いないだろう。これは、KurtやNirvanaがパクリだと言いたいのではなく、革命的な作品を作り上げた彼らですらシーンの流れの中にあり、時代の先駆者の影響を受けているということがよくわかる一例だと思う。「グランジ」は、深く「オルタナティブ」の影響を受けた現象だった。
Pixiesのセカンド・アルバム『Doolittle』をプロデュースしたGil Nortonは、その後Foo Fightersの名盤である2ndアルバム『The Colour and the Shape / ザ・カラー・アンド・ザ・シェイプ』をプロデュースするが、これはDave GrohlがPixiesの大ファンであったことが理由だと言われている。ここにも、90年代から今に至るまでのオルタナティブ・ロックの流れの源流にPixiesがいたと言える理由を見ることができる。
Pixies - Monkey Gone To Heaven
解散しても評価が高まり続ける不思議なバンド
彼らの特別な点と言えば、バンドが解散して2004年に再結成するまでの間に、人々に忘れられるどころか、再発見と再評価を受け続けて、その魅力と価値を右肩方上がりで高めていったことだ。
ここ日本では1987年のファースト・ミニ・アルバム『Come On Pilgrim / カム・オン・ピルグリム』から、ラストアルバムとなった1991年の『Trompe le Monde / トロンプ・ル・モンド』までの5枚のアルバムは、一部からの熱い支持を受けるも、決して商業的な成功とは無縁だった。その証拠に、彼らはこの全盛期時代に一度も日本の地でライブを行っていない。来日公演を行えるほどの知名度はなかったというのが正直なところだろう。それは、彼らのレーベルである4AD自体も同様であり、在籍しているアーティストと作品群の評価は圧倒的に高くも日本でのセールスは芳しくなかったようだ。そのため、1990年代半ば以降、日本で4ADの作品をリリースするライセンス契約は安定することなく、色々な日本のレコード・メーカーを渡り歩き、一時期は台湾の独立系レーベルであるロック・レコードの日本支部がPixiesの日本盤を発売していた時期まである。それぐらいこの界隈の音は、日本では苦戦していた。
ただ、1993年に解散を発表して以降、バンドはここ日本でも高い評価を受け始めて、再結成された2004年にはその評価はゆるぎないものとなり、初来日となった2004年のフジロックではメインのグリーン・ステージに出演。それもメイン・アクトのルー・リードの一つ前というトップ2の扱いだった。当時は、Pixiesの再結成もフジへの来日の報も、ロック・ファンの間では大歓迎され、まるで歴史が動いたという感のあるニュースとして受け入れられた記憶がある。それは、バンドが解散状態にあり、シーンに不在だった10年以上の歳月の間に再評価の機運が醸造されていったということに他ならない。こんなバンドは、他にはなかなかいないだろう。
それが可能だったのは、洋楽、邦楽問わずに、Pixiesの影響を公言するバンドが次から次へと登場したことに尽きる。
PIXIES - Um Chagga Lagga
Pixiesはとにかく、特異な音楽性を持つバンドだ。その音楽性は一言でいうのはとても難しい。ハードで、ポップで、鋭い絶叫のボーカルが特徴であり、でもメロディアスでもある。何でもありなのである。ただ、一例としてとても分かりやすい逸話がある。Pixiesは創成期にメンバー募集をかけたとき、「Hüsker Dü(ハスカー・ドゥ)とPeter, Paul and Mary(ピーター・ポール&マリー)みたいなバンド」をやりたいと謳ったそうなのだが、それがそのままPixiesの音楽性を何よりも雄弁に語っている。
Hüsker Düは1980年代半ばに活躍したアメリカのハード・コア・バンドの代表格で、USインディ・シーンでは最も重要なバンドの一つとして非常に評価が高く、いまだに多くのフォロワーを生みだしている。Peter, Paul and Maryは1960年代に活躍したフォーク・グループで、男女混合の3声のコーラス・ワークが特徴だ。この2つは決して相容れるものではない。が、この2つを並列にして掲げたその姿勢は、そのままPixiesのサウンドを言い得ている。
Pixiesの音楽性のオリジナリティの高さは、このハードとポップの融合からくるものだろう。単にハードさとポップさが同居しているものであれば、それはほかにも山ほどある。Pixiesのそれは、ハードとポップの相反する2面性の融合の比率にあるのではないかと筆者は考えている。Pixiesにしかできないハードとポップの黄金比が存在し、その絶妙なバランスの中でカオス一歩手前の音楽を作り続けている。それがPixiesであり、彼らが特別な存在でいられる理由なのではないだろうか。
最初の黄金時代は1987年から1991年までのわずか5年間。その間に4枚のアルバムと1枚のミニアルバムを発表している。そして、長い沈黙の後の2004年に再結成をし既に2枚のアルバムを発表しているが、彼らの音楽性はそのキャリアの中で一度もブレたことがない。常にオリジナリティの高い彼らの黄金比は、ジャンルを超え、時代を軽々と越えて、常に若いリスナーの胸に刺さるのだろう。
セットリストのないライブ
再結成後3作目となる新譜の発売を目前にして既に2曲が発表されているが、今回もまた一聴してPixiesだとわかるような独特の世界観が展開されている。そんな新作『Beneath The Eyrie』を引っ提げての来日公演には、今からすでに期待が高まる。
PIXIES - On Graveyard Hill
彼らのライブは事前にセットリストが決まっていないことで有名だ。バンドは、その日の気分でプレイする曲を決めていく。それも毎回たっぷりと30曲前後の曲をプレイする彼らのライブは、満足度も異様に高い。オーディエンスとの生のエネルギーのやり取りの中でプレイする曲が決められていくというライブは、スリリングさに満ち、他にはない体験をもたらしてくれる。今回のライブも期待にたがわぬ内容となるはずで、必見と言えるだろう。
Pixiesとは、どこを切っても特異な存在だ。
そんな彼らを、是非、目撃してほしい。

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