90’sオルタナティブロックの
マイルストーンとなった
ピクシーズの傑作『ドリトル』

CMJとビルボードの相違点

ちなみに、1984年のCMJ年間1位(オンエア回数が多い)はREMの『夢の肖像(原題:Reckoning)』で、同じ年のビルボードチャートでは27位、1985年の1位はCMJとビルボードの両方でティアーズ・フォー・フィアーズの『シャウト(原題:Songs from the Big Chair)』が獲得している。面白いのは1987年で、1位はCMJとビルボードの両方でU2の『ヨシュア・トゥリー』が選ばれている。CMJの2位にはザ・リプレイスメンツの『Pleased to Meet Me』が選ばれているが、ビルボードでは131位という結果に終わっている。ザ・リプレイスメンツは伝説のオルタナティブロックグループとして熱心なファンにはよく知られているが、大人のチャートから見ると認められていなかった。この1987年はCMJチャートのオルタナティブ元年ともいうべき年であり、デッド・ミルクメン(6位)、ハスカー・ドゥ(7位)、ソニック・ユース(13位)などが入り、この結果によってアメリカ各地のインディーズ・レーベルが一気に認知されるきっかけとなった。

オルタナティブの萌芽

80年代中頃になると、スミス、XTC、ニューオーダーなどイギリスのインディーズグループたちがCMJで取り上げられ人気を呼ぶ。コクトー・ツインズやデッド・カン・ダンス、ディス・モータル・コイルのコンピシリーズなど、独特のゴシック感覚で知られるイギリスのインディーズ・レーベル『4AD』が、アメリカの『スローイング・ミュージズ』に続きピクシーズと契約したのが86年のことであった。

ピクシーズはリーダーのブラック・フランシス(ギター、ヴォーカル、ソングライティング)、キム・ディール(ベース、cおーカル、ソングライティング)、ジョーイ・サンティアゴ(ギター)、デビッド・ラバリング(ドラムス)の4人組で、ボストンで結成された。

ピクシーズのデビューミニLP『カム・オン・ピルグリム』(’87)は、パンクスピリットを持った新しいハードロックとして、まずイギリスで認知されることになるのだが、この作品と翌年にリリースされたデビューアルバム『サーファー・ローザ』こそが90’sオルタナティブロックやグランジの先駆けとなる画期的なサウンドを持っていたのである。『サーファー・ローザ』はオルタナティブロックの仕掛け人として知られる才人スティーブ・アルビニがエンジニア(本当はプロデューサーであるがアルビニはそう呼ばれるのを嫌がる)として参加、カート・コバーン(ニルヴァーナ)やビリー・コーガン(スマッシング・パンプキンズ)に大きな示唆を与える内容となる。ニルヴァーナの『イン・ユーテロ』(’93)でアルビニを迎えたのは『サーファー・ローザ』のサウンドがほしかったからとコバーンは語っている。

OKMusic編集部

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