アメリカの日常を骨太に表現する
ナンシー・グリフィスの
グラミー賞受賞作『遠い声』

『Other Voices, Other Rooms』(’93)/Nanci Griffith

『Other Voices, Other Rooms』(’93)/Nanci Griffith

ナンシー・グリフィスは日本ではあまり知られていないが、一度でも彼女の歌を聴いたら確実に惹かれてしまう、そんな魅力を持ったシンガーソングライターだ。これまでに20枚ほどのアルバムをリリースしており(ベスト盤は除く)、グラミー賞にも数回にわたってノミネートされ受賞もしている実力派のアーティストである。ヒット曲を連発するようなタイプではないが、滋味あふれる良い歌を提供し続ける稀有な存在であり、アメリカではミュージシャンズミュージシャンとして、多くのアーティストからリスペクトされている。今回取り上げる『遠い声(原題:Other Voices, Other Rooms)』は10枚目となるアルバムで、シンガーソングライターとしては珍しく全曲カバー作品となっている。なお、本作は94年のグラミー賞で最優秀コンテンポラリーフォークアルバム賞を受賞している。

ヒューマンソングス

いきなりの余談で申し訳ないが、ナンシー・グリフィスの音楽を語る上ではずせないので、しばらくお付き合いいただきたい。70年初頭、渋谷にブリティッシュトラッドやシンガーソングライター系の音楽を聴かせる『ブラックホーク』という喫茶店があった。その店で店長を務めていた松平維秋氏(1999年に逝去、享年53歳)は、売れ線の商業的なフォークやロックには見向きもせず、売れる・売れないにかかわらず、アーティストの内面や人間性が表われたアルバム(いわば純文学作品)を“ヒューマンソングス”と呼び、その手の音楽のみを店で紹介していた。その縛りでふるいにかけると、紹介する音楽は自ずと手作り感のあるフォーク系やトラッド系が中心となる。その時代はキャロル・キング、ジェームステイラー、CSN&Yなど、ちょうどシンガーソングライターのブームであったわけだが、『ブラックホーク』で紹介されるのは(厳密には松平氏が作っていた小冊子『スモールタウントーク』に掲載されていた)、売れているアルバムは少なく、入手しにくいマイナー系のものが多かった。後に松平氏の選ぶ作品群を中古盤屋で血眼になって探すマニアックなファンが増え、売れないレコードが幻の名盤という名で高値となっていた。

70年の中頃からワーナー・パイオニアが『ロック名盤復活シリーズ』と銘打って、復刻させたいアルバムがあればファンのアンケートをもとにリリースするようになり、幻の名盤ブームは落ち着きをみせるのだが、松平氏の信念は“ヒューマンソングス”を愛好するリスナーに引き継がれることになる。“売れる・売れないにかかわらず良い音楽は存在する”という概念を、音楽ファンに再認識させた彼の功績は大きいと言えるだろう。

ケイト・ウルフの音楽

『ブラックホーク』(松平維秋)の精神の集大成とも言える『ブラックホーク名盤99選』は永遠の名盤として米英のロックやフォークから99枚のアルバムが掲載されたリストで、ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』、エリック・アンダーソンの『ブルー・リヴァー』、ガイ・クラークの『オールド No.1』、ボビー・チャールズの『ボビー・チャールズ』、フェアポート・コンべンションの『フル・ハウス』、ボブ・ディランの『ブロンド・オン・ブロンド』など、まさしく名盤と言える定番アルバムが多く選ばれてはいるのだが、その中には僕の耳慣れない作品もいくつかあった。

ケイト・ウルフの『バック・ローズ』(’76)はそんな中の一枚だ。慌てて購入したこの自主制作アルバムを聴いた時、そのシンプルで飾りのないアマチュアっぽいウルフの歌声に思わず引き込まれたのだが、同時に松平氏の言う“ヒューマンソングス”の概念がアメリカでも理解されるのかどうかが、とても気になった。ここでの理解とは、資本主義の権化であるアメリカのポピュラー音楽界において(売れることが良い)、売れない良い歌をリスナーが認知しうるのかという意味である。

70年代半ば、ケイト・ウルフは30歳を過ぎてから自主制作盤でデビューし、売れないまま86年に白血病で亡くなっている。しかし、多くの人気アーティストが彼女の歌をカバーし、87年にはアメリカのある財団がマイナーシンガーを支えるためのケイト・ウルフ賞を制定、96年には多くのアーティストと観客を迎えて『ケイト・ウルフ・メモリアルコンサート』が開催され、今でも毎年行われているのだから、アメリカでも“ヒューマンソングス”の概念は日本と同じように存在するようだ。

昨年、彼女の未発表ライヴ録音(79〜82年)『Live in Medocino』がリリースされた。このアルバム、これまでにリリースされたライブ盤より出来が良いので興味のある人はぜひ聴いてみてほしい。

OKMusic編集部

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