歴史のニガミを噛み締めて/ホーム・
シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ
1-2-3 [vol.1] <ミュージカル編>

ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3 [vol.1] <ミュージカル編>

歴史のニガミを噛み締めて

2020年4月7日。「今、私たちが最も恐れるべきは恐怖、それ自体です」ーー日本の首相が緊急事態宣言の中でそう語った時、国民の一部は「おや、これは」と思ったことだろう。
世界史を勉強したことのある者なら、すぐにわかった。それが第32代アメリカ大統領フランクリン・ルーズヴェルトの就任演説(1933年)の一節であることを。その一方で、日本で毎年上演されてきたミュージカル『アニー』をこれまで観たことのある、180万人を超えるであろう舞台ファンたちもまた、同作品の第二幕、ホワイトハウスでルーズヴェルトが閣僚たちを前に同様の言葉を発する場面をサッと脳裏によぎらせたはず。そして少女アニーさながら希望の歌「トゥモロー」を口ずさんでしまったのではないか(今年は公演中止になってしまったけど)。……ミュージカルの効用とは、こういう時に現れる。
ミュージカルといえば、世間では、歌と踊りと芝居がミックスした、楽しく脳天気なエンターテインメントというイメージが定番なのかもしれない。だが実は、それだけではない。
特に名作と呼ばれるミュージカルの中には、物語の背景が苛烈な史実と関係するニガい作品も多い。そこでは観客が、音楽に乗って物語の内部へと感情移入しつつ、未知なる過去の時代をリアルに体感する。つまり人はミュージカルが好きになると、学校で無理やり叩き込まれなくても、世界の歴史を自然と知るようになり、時代の荒波を生き抜く知恵や覚悟さえも身についてしまう。
こうしてミュージカルは、生存のための精神的免疫力を高める。否、それはミュージカルだけに限らず、他の舞台芸術についても同じことがいえる。そしていま私たちに必要なのは、その免疫力だ。
しかしここに来て、リアルな劇場で舞台観賞することが容易ではなくなった。ならば、この非常時には少しだけ柔軟にものを考え、「楽しき我が家」(Home! Sweet Home!)を劇的(Theatrical)な空間へと変容させて、しのいでいくのも亦た楽しからず乎である。それを私たちは「ホーム・シアトリカル・ホーム」作戦と名付け、家でできる舞台観賞をより具体的に、読者の皆さんに向けて提案していきたい。
もちろん忘れてはならないのは、いま補償なき自粛要請が多くの舞台関係者の経済を行き詰らせていることだ。私たちの免疫力の源泉を潰してはならない。そのために何が可能か。その問題も今後「ホーム・シアトリカル・ホーム」を通じて突破口を同時に見出していければと思う。
ともあれ、これから自宅に籠って観るべき舞台(の映像)について、多様な思惑の絡んだ諸氏のセレクトを、毎回3つづつ、シリーズで紹介していく。まずシリーズ初回は、不肖SPICE「舞台/クラシック」編集長が自ら、<歴史のニガミを噛み締める>ミュージカル舞台の映像3選を紹介。
【1】『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』
COVID-19の猛威とともに公演中止旋風が吹き荒れる中、2020年5月~9月に日本各地で上演予定だった『ミス・サイゴン』もまた幻と消えてしまった。本来ならば今年、劇場で初めてこの作品に出会うはずだった方々も少なくはないはず。そんな皆さんには是非、ここに紹介する「25周年記念」版のライブ映像をご覧いただきたい。
作詞家アラン・ブーブリルと作曲家クロード=ミシェル・シェーンベルクの名コンビが、史上最強プロデューサーのキャメロン・マッキントシュのもと、『レ・ミゼラブル』(1985年ロンドン初演)に続いて世に送り出したのが『ミス・サイゴン』(1989年9月20日ロンドン初演)だった。両作品ともブーブリル&シェーンベルクの代表作として甲乙つけがたいが、個人的には後者のほうが音楽的にも物語的にも強度や成熟度が勝っている印象を受ける。つまり、「最高傑作」だと言いたい…。
物語はヴェトナム戦争末期、南ヴェトナムの首都サイゴン(現・ホーチミン)で仏越混血の男(通称:エンジニア)の経営する売春バーから始まる。そこに働くヴェトナム人少女キムとアメリカ軍属クリスとの恋が、サイゴン陥落によって引き裂かれ、やがて果てしのない苦難が待ち受ける。そのストーリーは、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』を下敷きにしている。
「ヴェトナム戦争って何?」と思う若い世代の方々もいるだろう。しかし、今の世の中は、そんな疑問もスマホですぐに調べられる。こうして人は否応なく、ミュージカル経由でニガい世界史にアクセスせざるをえなくなる。
『ミス・サイゴン』世界初演で主役キムを演じたのはフィリピンから来たレア・サロンガ、エンジニア役は今やテリー・ギリアムの映画などでおなじみジョナサン・プライスだった。そしてこの時、実物大のヘリコプターを舞台上で飛ばすという度肝を抜くスペクタクル演出を初めて行ったのがニコラス・ハイトナー、後に英国ナショナルシアターの総監督に就任し、やがて筆者がハマりまくった超絶コメディ『一人の男と二人の主人』(先日NTLiveが一週間限定で無料配信したばかり)を手掛けることとなるのだが……それはまた別の話。
ここに紹介する「25周年記念」版の映像は2014年9月22日エドワード王子劇場での上演を映像に収めたものだ(舞台の演出はローレンス・コナー、映像の監督はブレット・サリヴァン)。ところが、これを観ていると客席から舞台を眺めている感じがほとんどしない。自分がまるで劇中の登場人物であるかのように俳優の演技や物語の進行を間近にとらえることができるのである。
それは撮影が、多くのシーンで寄り(アップ)を多用しているからだろう。映像では、生の劇場の臨場感こそ味わえないが、その代わり映像でしか味わえない劇世界内部の臨場感が味わえる。かつてこれが映画館で公開された時、筆者は有楽町のTOHOシネマズ日劇で3度リピート鑑賞したが、なるべく前の方に座り、爆音上映に近い環境でこの凄絶なエモーションの濁流に身を任せた。すると感動とか共感などとは別次元の、得体のしれぬ根源的な嗚咽が幾度も込み上げてきたものだ。
それにしてもシェーンベルクの音楽の凄さといったら! アジア的な要素も交えた様々なタイプの主題の旋律が次々と姿を変えて波状攻撃のように聴き手に襲い掛かる。
そして、それらを最大限に表現してみせる演者たち。「25周年記念」版のキム役はアメリカ出身のイーヴァ・ノブルゼイダ。マッキントシュ・プロデューサーに見出され、20歳にして本作の主役に大抜擢された。彼女は次いで「レミゼ」のエポニーヌを演じた後、再びキム役でブロードウェイに乗り込み、トニー賞女優賞にノミネート。そして2019年には『ハデスタウン』(トニー賞最優秀作品賞)でも再び女優賞にノミネートされている。ちなみにYouTubeで「EVA NOBLEZADA」を検索すると数々の動画が出てくるが、中でも筆者のオススメは、彼女がショーシャナ・ビーン(Shoshana Bean)と『RENT』の「Take Me or Leave Me」をデュエットしているライブ映像で、これが実に鳥肌もの。未見のかたは今すぐチェックされたし。
話を戻して、『ミス・サイゴン』を代表する曲といえば、やはりキムの「命をあげよう」やクリス&キムのデュエット「世界が終わる夜のように」、そしてエンジニアの「アメリカン・ドリーム」、はたまたジョンの「ブイ・ドイ」などだろうか。しかし、筆者の Best1は違う。冒頭「火がついたサイゴン」に続いて、ジジとキムが歌う「我が心の夢 (The Movie in My Mind)」こそが断トツに一番であると、声を大にして宣言する。
とくに「25周年記念」版の中で、レイチェル・アン・ゴー(彼女はフィリピンの人気歌手でもある)が熱唱する同曲は、「こんなジジをずっと待っていた」というほどの超超超超超絶品。これを聴いて、ジジのキャスティングの重要さが改めてよくわかった。
同じ映像の中には25周年スペシャル・フィナーレも収められており、そこにオリジナル・キムのレア・サロンガが登場、同じフィリピン出身の後輩レイチェルと一緒に同曲を歌うのだが、後輩の小技を利かせたアドリヴの歌い回しに客席から拍手喝采が起こり、先輩大スターのレアが「あの子、なんて上手なの!」と本気で悔しがるところも決して見逃せない。ちなみに、そんなレイチェルはすっかりマッキントシュのお気に入りとなり、『レ・ミゼラブル』(ファンティーヌ役)、ウエストエンドの『ハミルトン』(イライザ夫人)に立て続けに出演した。
ジジの大事さはわかったが、この映像における、もうひとつの発見がある。それは、親同士により婚約の決められたキムの許婚者トゥイである。彼はベトコンで活躍した功績により終戦後、人民委員長に出世、キムに結婚を迫るが、自らの立場もあってキムとクリスの子タムを殺そうとするので、キムに射殺されてしまうのだ。彼については、キムとクリスの恋路を何かと阻み、キムから愛されていないので、かつてはあまり共感を抱けないキャラだった。しかし、この「25周年記念」版において韓国の人気ミュージカル俳優ホン・グァンホが演じたことで、「なんだ、実は一途なイイ奴じゃないか」と、従来の微妙な嫌悪感がスッと消えていった。キムも、不甲斐ないクリスなんかよりもトゥイを選んだほうが、いい人生を歩めたろうにと……。そんなわけでトゥイ観を大きく覆すホン・グァンホの名演技、ぜひ注目である。
なお、スペシャル・フィナーレ映像では、ブーブリル&シェーンベルクやマッキントシュ、プライスらの姿も拝めるので、観る価値はますます高まる。
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【動画】Miss Saigon 25th Anniversary Performance - Official Trailer

【2】『ビリー・エリオット ミュージカルライブ ~リトル・ダンサー』
「ミュージカル、観るならネタバレ気にするな」と申し上げる。或るミュージカルを「これから舞台で初めて観ようと思っている」という方々に対して、ネタバレなぞに神経をとがらせることなくガンガン予習をすることを推奨する。中には『ウィキッド』のような例外もあるが(……にしたって、その場合「オズの魔法使い」を予習しておくことは絶対重要)。
総合芸術であるミュージカルは情報量が非常に多いので、初回の観劇では筋を追うだけで精一杯、うっかりすると大事な見どころをスルーしてしまうことだってある。しかし予習をして頭を整理しておけば、冷静な脳状態で落ち着いて作品に向き合えるというものだ。その意味で、たとえば『ビリー・エリオット』を初めて生で観に行こうと思っている人にも、ここに紹介する映像ソフトを安心して観ていただきたいのである。なんなら原作となった同名映画(邦題は「リトル・ダンサー」)も併せて観ていただきたい。
その同名映画をエルトン・ジョンの音楽で舞台化したミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー』は、映画版を監督した名匠スティーヴン・ダルドリーがここでも演出を手掛け、脚本はやはり映画版を担当したリー・ホール(他に映画の「戦火の馬」「ロケットマン」「キャッツ」等)が書いている。2005年5月ロンドンで世界初演、翌年にオリヴィエ賞4部門受賞。2008年にはブロードウェイでも開幕し、翌年のトニー賞10部門を受賞した。日本版は2017年初演に続き、2020年夏に東京・大阪で再び上演される予定である。
なお、ここに紹介する『ビリー・エリオット ミュージカルライブ』の映像は、2014年9月28日のロンドンでの公演を収録したもの。最初はイギリス含む7ケ国の映画館で、舞台上演と同時の生配信上映が行われた。その後、世界中の映画館で上映、筆者も有楽町のTOHOシネマズ日劇で2回観た。映像の監督は上記『ミス・サイゴン』と同じくブレット・サリヴァン。
だが、待てよ。25周年版『ミス・サイゴン』は2014年9月22日に収録、そしてそのわずか6日後の9月28日に同じ映像監督によって『ビリー・エリオット ミュージカルライブ』が収録され、しかもこちらは生配信までされているのだ。恐るべし、サリヴァン監督! こちらの映像は『ミス・サイゴン』ほどのアップ多用こそないが、ミュージカル舞台のカメラワークとしては的確な映像スィッチングで、全く遜色はない。
このライブ映像で、主演のビリーを務めているのは、当時11歳だったエリオット・ハンナ。当時4名いたビリー役のうちの一人で、見た目、踊り、歌唱、演技すべてが完璧という、史上最強の伝説的ビリーである。さらにビリーの未来像であるオールダー・ビリーを、2005年世界初演時のオリジナル・ビリーの一人で、現在はマシュー・ボーンのカンパニーのダンサーとして活躍するリアム・ムーアが務めているのも気が利いている。ちなみに、スペシャルフィナーレではムーアらオリジナル・ビリー(3名)とハンナら2014年当時のビリー(4名)を含むウエストエンドの歴代ビリー総勢25名が登場し、華やかに踊りまくるシーンもあるので、お得感がハンパない。
ところで、このミュージカルにはどのようなニガい歴史的背景が絡んでいるのだろうか。舞台となるのは、1984年、イングランド北部の炭鉱町。当時、イギリス史上初の女性首相となった保守党党首のマーガレット(マギー)・サッチャーが、新自由主義改革の一環として全国20か所の赤字炭鉱の合理化=閉鎖計画を進めようとしていた。約2万人もの失職者が出ることとなるこの政策に反対する炭鉱労働者組合は無期限ストに突入、政府との長期闘争が繰り広げられた。ビリー・エリオットの父親が炭鉱夫として働くダーラム州のイージントン炭坑もストライキ中だったが、そんな厳しい状況の下、ビリーはバレエダンサーを夢見るようになるのである。
結果的にサッチャー政権が強硬姿勢を崩さず、労組側の敗北に終わったこの炭鉱ストライキは、現代イギリス史において非常に重要な出来事とされ、『ビリー・エリオット』以外にも『パレードへようこそ』『ブラス!』『フル・モンティ』といった映画で当時の様子が描かれている。その後、世界中で経済優先主義がますます加速する一方で、人権や多様性の意識も高まっていった。その契機のひとつとなった歴史的な出来事を『ビリー・エリオット』を通じて知ること、それは現代イギリス史を学ぶうえでの有効性のみならず、コロナ禍の試練にさらされている今、なおさら特別な意味を持ちうるようにも思える。
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【動画】Billy Elliot The Musical Live – On Blu-ray & DVD

【3】『ジーザス・クライスト=スーパースター アリーナ・ツアー』
イエス・キリストの最後の7日間を描いたロックミュージカルとしてお馴染み、『ジーザス・クライスト=スーパースター』(以下『JCS』)。作詞・台本はティム・ライス(当時25歳)、作曲はアンドリュー・ロイド・ウェバー(当時21歳)。黄金コンビの出世作といっていい。二人はこの後、一時代を築き上げるが、やがて色々あって別々の道を歩むようになる。
『JCS』は最初、LP二枚組のロックアルバムとして1970年9月にリリースされた(先行シングルの「スーパースター」は1969年9月リリース)。キリスト役をイアン・ギラン(ディープ・パープル)、ユダ役をマレイ・ヘッド、マグダラのマリア役をイヴォンヌ・エリマンがそれぞれ歌い、名うてのギタリスト、クリス・スペディングなどもレコーディングに参加した。
ザ・フーが1969年5月にロックオペラ『トミー』を発表したことで、ロックによるオペラ的アプローチが注目された時期。『JCS』も歌だけで綴られるロックオペラだったから、受容されやすかったはずだが、イギリスではさしたる話題にもならなかった。しかし何故かアメリカで爆発的に当たった。ビルボードでは他の有力ポップスアルバムを押しのけて年間アルバム1位になった。そこからとんとん拍子でブロードウェイの舞台化が決まった。つまり、二人のイギリス人の作った作品ながら世界初演(1971年10月)は、ウエストエンドではなく、ブロードウェイだったのだ。ただし、「その出来は非常に悪かった」とロイド・ウェバーが後年のインタビューで回顧している。
とはいえ1973年には映画化され(これもロイド・ウェバーは気に入っていないのだが)、世界各地で上演も重ねられ、日本の劇団四季も独占的レパートリーとして上演を繰り返すなど、『JCS』はライス&ロイド・ウェバーの代表作としてミュージカル史上に燦然と輝き続けている。「この当時はまだ若かったから、実験的な作曲に挑んでいた。今ではとても無理」と作曲家自身も語るように、変拍子の多用など音楽的な攻めの姿勢が鮮明で、個人的にはロイド・ウェバー作品の中で最も愛着を感じている。それゆえに、キリスト教信者でもないのに聖書の世界を色々勉強したほどだ。
だがしかし、キリスト教の団体からは『JCS』の評判が悪かった。なんといっても劇の進行役がイスカリオテのユダであり、彼の常識的な目線で人間キリストや他の使徒たちに対するモヤモヤが綴られていく、という挑発的なストーリーなのだから、保守的な信者たちが怒るのもまあ無理はない。かといって冒涜的な内容でもないのだが……。
ちなみに昨年(2019年)筆者は、日本のラジオという劇団が太宰治作品をモチーフとした『カケコミウッタエ』という演劇を観て「JCSと似てるな」と気付いた。すなわち原作となった太宰の小説「駈込み訴え」(1940年)自体が、主人公ユダの愚痴を書いた話なのである。ティム・ライスは果たして太宰を読んだのだろうか?
さて、皆さんに観ていただきたいのが、『ジーザス・クライスト=スーパースター アリーナ・ツアー』の映像である。イギリスでの初演40周年を記念して、2012年9月にロンドンのO2アリーナで開催された、半ばコンサートのような公演を収録したものだ。O2アリーナはテムズ川南岸に建つ2万人キャパの大規模会場で、『レ・ミゼラブル25周年記念コンサート』(2010年)や『モンティ・パイソン 復活ライブ』(2014年)などもここで行われている。
この舞台の演出は、この2年後に前述『ミス・サイゴン』25周年版を手掛けることとなる、ローレンス・コナーだ。本来はキリスト最期の日々の話だから、世界史的には紀元30年前後、中東のパレスチナ地域(当時は古代ローマ帝国の属州)を舞台としているのだが、この公演では完全に現代的なアレンジが施され、民主化を求める現代の学生たちと権力との闘いが、蜷川幸雄か宝塚歌劇か、はたまた「戦艦ポチョムキン」かというくらいの大階段セットで、スペクタクル感たっぷりに描き出される。空間の大きさに合わせて、出演人数も多い。筆者はこの映像を最初は、日比谷シャンテの映画館の前のほうの席で観て、あまりの迫力に圧倒された記憶がいまだに消えない。
この上演時には、直近の2010年~2012年にかけて発生した中東の民主化運動=「アラブの春」を意識したらしく、劇中、SNSの投稿が巨大スクリーンに現れたりもする。しかし2020年の私たちには、昨年(2019年)から行われた香港の学生デモとも完全に重なって見える。つまり時代を突き抜けた共通の歴史的ニガミが観客に認識される仕掛けとなっている。
映像記録のほうの監督はニック・モリスというクリエイターだが、映像プロデューサーのクレジットにまたしても、2年後に『ミス・サイゴン』『ビリー・エリオット』の映像を監督することになるブレット・サリヴァンの名を見つけた(笑)。その他、舞台のスタッフには、ロンドン五輪やエリザベス2世即位50年祝賀コンサート等に携わった大物たちの名が連なる。
出演は、キリスト役をベン・フォースター。この公演の主役選びのためにロイドウェーバーが企画したテレビのオーディション番組、その名も「スーパースター」で選ばれた。彼は2019年にミュージカルコンサート出演のために来日も果たしている。ユダ役はティム・ミンチン。イギリス生まれのオーストラリア人で、コメディアン、俳優、ミュージシャンなど多彩な才能を誇る。ミュージカル『マチルダ』(2011年)やミュージカル『恋はデジャ・ブ』(2016年)の作詞作曲も手掛けた彼は、ロイド・ウェバーと食事をした際に「ユダを演じるのが夢」と語ったことがきっかけで同役を得たという。一方、マグダラのマリアは、元スパイスガールズのメラニー・C、ヘロデ王はイギリスの人気司会者クリス・モイレス……と異色のキャスト陣だ。これらはすべてロイド・ウェバーの「ウエストエンドの型にはまらないように」との意向によって実現した模様である。
そのロイド・ウェバーはカーテンコールに登場し、「この舞台を、かつて作曲時に傍にいてくれた一人の女性、サラに捧げる」と述べるのだが、このサラは、作曲当時はまだ18歳の婚約者で後に最初の妻となるサラ・ハギル(Sarah Hugil)という女性。1984年にロイド・ウェバーと結婚したサラ・ブライトマン(1990年に離婚)のことではない。紛らわしい。
そういえば、本映像は、ロイド・ウェバーがYouTubeで4月11日3時(日本時間)から48時間限定で無料配信を行ったばかりだが、残念ながらそこに日本語字幕はついていなかった。日本語字幕付きで観るなら、amazonのprime video のレンタルが最も手頃ではある。ただ、劇団四季版の歌詞がそのまま字幕になっているので、ティム・ライスによる本来の歌詞の持つ情報量が大幅に削減されているのが惜しまれる。また、ブルーレイ版やDVD版にはインタビューや撮影秘話などの特典映像がついてくるのでオススメ。なお、2018年4月に全米でNBCが放送した『ジーザス・クライスト=スーパースター ライブ・イン・コンサート」(主演:ジョン・レジェンド/演出:デヴィッド・ルヴォー)をWOWOWが時々放送することがある。これも大変素晴らしいので、機会があれば見逃さないでね!
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【動画】Jesus Christ Superstar - Live Arena Tour (Official Trailer)

最後に、キリストつながりで『モンティ・パイソン ライフ・オヴ・ブライアン』(1979年)という劇映画を思い出した。キリストの生涯をパロディにしたコメディ作品で、ラストシーン、磔刑に処される主人公ブライアンを、隣でやはり磔にされている男が励まして歌う曲が「Always Look on the Bright Side of Life」である。この歌は後にモンティ・パイソンのミュージカル『スパマロット』にも流用された。このご時世において、つい口ずさみたくなるソングBest1である。サッチャー政権時代のフォークランド紛争中に、ミサイル攻撃を受けて沈んで行く英海軍の船の中で、助けを待つ船員たちがこの曲をずっと合唱していたことも知られている。……ミュージカルの効用とは、こういう時に現れる。
【動画】Monty Python - Always Look On The Bright Side Of Life (Official Lyric Video)

文=安藤光夫(SPICE編集部)

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