「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
番外編 『ハウ・トゥー・サクシード

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 2020年8月1日よりスタートした、新連載「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」。ブロードウェイの歴史を辿りつつ、これまでに生み出された傑作や、関わったクリエイターやパフォーマーを紹介する企画だ。その一方で、早くも今回から登場するのが「番外編」であります。ブロードウェイの歴史上大きな意味を持つ名作が、翻訳上演されるタイミングに合わせ、その魅力と故事来歴を、更に深掘りするという趣向。初回は、9月4日に東急シアターオーブで初日を迎えた『ハウ・トゥー・サクシード』だ。

■長いタイトル、ロマンスなし
 かつては、『努力しないで出世する方法』のタイトルで知られたこのミュージカル。原作は、広告代理店勤務のシェパード・ミードという作家志望の男が1952年に発表した、サラリーマンのための同名ハウ・トゥー本だった。この原作に目を付け、最初はストレート・プレイとして脚本を書き下ろしたのが、劇作家のジャック・ウェインストックとウィリー・ギルバート。やがて、この脚本にミュージカル化の可能性を見出したプロデューサーが、エイブ・バロウズに台本と演出、作詞作曲をフランク・レッサーに依頼する。彼らは、快作『ガイズ&ドールズ』(1950年)を放った才人たちだ。
 ところが当初、2人は全く乗り気でなかったというから面白い。まずタイトルが、看板に入り切らないほど長すぎる(原題は、『How To Succeed In Business Without Really Trying』)。また大会社を舞台に、サラリーマンのオッサンたちが歌い踊るミュージカルというのも例がなく、何よりもこの手の作品には不可欠な、ロマンスの要素を盛り込み難い事も、バロウズとレッサーの創作意欲を削いだのだ。
原作本は、1964年に翻訳出版。「雑用係から脱出する法」や「責任を転嫁する法」、「ワンマンのお気に入りになる法」などに項目分けされている。
 しかし彼らは、パワハラにセクハラ、縁故採用や学閥など、現在の我が国の企業でも堂々とまかり通る悪癖を痛烈に皮肉る事で、コメディー的要素を存分に強調。さらに、出世しか頭にない猪突猛進型の主人公フィンチ青年と、彼に思いを寄せるヒロインのローズマリー、どこかトボけた公私混同の社長、コネ入社の軽薄な社長の甥ら、ユニークなキャラクターを次々に登場させ、軽妙かつ賑やかなミュージカル・コメディーへと仕立て上げた。
『ハウ・トゥー・サクシード』ブロードウェイ初演(1961年)の舞台より、右端が主人公フィンチ役のロバート・モース。左端がルディ・ヴァリー(ビグリー社長)。ヴァリーは往年の人気歌手だった。

■フォッシーとレッサーの仕事
初演のオリジナル・キャストCD。2003年にリリースされた、デラックス・コレクターズ・エディションには、レッサー自身が歌う貴重なデモ録音を収録している(輸入盤やダウンロードで購入可)。
 ブロードウェイ初演は、1961年に46丁目劇場(現リチャード・ロジャーズ劇場)でオープンし、続演1,417回の大ロングランを記録。1962年にはピューリッツァー賞に輝いたのも、前述の風刺精神が高く評価された結果だった。そして初演で特筆すべきが、ボブ・フォッシーの振付だろう。後年は、退廃的でエロティックなスタイルに固執した彼だったが、この頃はコミカルにちょこまかと動き回る、作品のテイストに合わせた軽快なダンス・ナンバーを得意とした。本作は、1967年に映画化(邦題は「努力しないで出世する方法」)。残念ながら多くのナンバーがカットされてしまったものの、〈秘書はオモチャじゃない〉など何曲かはフォッシーのアシスタントが振付を再現。「天才」の片鱗を確認出来る。国内盤DVDは未リリースだが、アマゾンなどで入手出来る輸入盤は、PCで再生可能だ。
映画版DVD(輸入盤)。モースとヴァリーは、舞台での好評を受け引き続き出演している。
映画公開時にリリースされたサントラLP
 レッサーによる都会的な楽曲も素晴らしい。最大のヒット曲が、フィンチが歌う〈君を信じてる〉。フランク・シナトラやペギー・リー、ボビー・ダーリンら、錚々たる人気歌手がカバーしスタンダードとなった。タイトルを見る限り、フィンチがローズマリーに歌うラヴ・ソングのようだが、さにあらず。役員室のトイレで、鏡に映った自分に、「叡智を求める冷静で澄んだ瞳。決断力に満ちた話し方。そんな君を信じているよ」と歌い、自らを奮い立たせるウィットに富んだナンバーだった。
 一方、突如フィンチが愛に目覚める〈ローズマリー〉も洒落が効いている。大仰に歌い上げながら、しつこい位にローズマリーの名前を連呼するのだ。これは、『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年)の名曲〈マリア〉のパロディー。当時のブロードウェイの観客には、すぐに通じたギャグだった。
フランク・レッサーの愛娘スーザンが、父の想い出を綴った回想録「ア・モスト・リマーカブル・フェラ」(1993年出版)。レッサーは1969年に、肺癌のため59歳で亡くなった。

■様々な『ハウ・トゥー・サクシード』
 日本では、『努力しないで出世する方法』のタイトルで、1964年に新宿コマ劇場で初演された。主演は、坂本九(フィンチ)と草笛光子(ローズマリー)。他には、東宝ミュージカルの名脇役・益田喜頓(ビグリー社長)や、歌手のジェリー藤尾(社長の甥)ら、懐かしい顔触れが揃っていた。音楽監督は、今年のNHK朝ドラ「エール」で、窪田正孝演じる主人公のモデルとなった、作曲家の古関裕而が務めている。その後は、『ハウ・トゥー・サクシード~努力しないで出世する方法~』と改題。1996年に、宝塚歌劇団・花組が真矢みき(現ミキ)主演で上演し、以降2000年に高嶋政伸、2007年に西川貴教の主演で上演を重ね、2011年には宝塚・雪組が音月桂のフィンチで再演した。
日本初演(1964年)のプログラム表紙。新宿コマ劇場は円形舞台の大劇場(2008年閉館)
 ブロードウェイでは、初演以降1995年にマシュー・ブロデリック(『プロデューサーズ』)の主演でリバイバル。CGを多用した舞台美術が大きな話題を集めた。しかし、いかにも1960年代風のオーソドックスなミュージカル・ナンバーと、ハイテク仕様のビジュアルは水と油で、思ったほどの効果が上がらなかったのは惜しい(ブロデリックは好演だったが)。
 その後は、映画「ハリー・ポッター」シリーズでおなじみのダニエル・ラドクリフ主演で、2011年に再演された。初ミュージカルで善戦したラドクリフはもちろん、作品も称賛を浴び、トニー賞では最優秀リバイバル賞を筆頭に、主要7部門でノミネート。ビグリー社長役のジョン・ラロカットが、助演男優賞を受賞した。今回、増田貴久がフィンチを演じる2020年バージョンは、このラドクリフ版をベースにしている。
ラドクリフ版オリジナル・キャストCD(輸入盤やダウンロードで購入可)

■活気溢れるユニークなダンス
 振付と演出は、イギリス出身のクリス・ベイリー(現在はNY在住)。ブロードウェイで、ラドクリフ版の振付・演出を手掛けたロブ・アシュフォードに才能を認められ、本作はもちろん、『プロミセス・プロミセス』(再演/2010年)などで彼のアシスタントを務めた、次世代のブロードウェイを担う俊英だ。
 ベイリーは、師匠アシュフォードからの、「作品のカラーや時代設定、登場人物のキャラクターを的確に把握し、それをダンスで表現する」という教えを受け継ぎ、今回の翻訳上演でもその成果を見せる。特に必見のナンバーが、二幕後半でフィンチと上司たちが歌い踊る〈世界は一つ〉だろう。とにかくユニークな振付が圧巻なのだ。スーツ姿の男性陣が、手に手を取って仲良く踊っていたかと思うと、おしくらまんじゅうのようなフォーメーションで移動。多分に戯画化された表情とアクロバティックな振付で、きびきびとテンポ良く踊りまくるその楽しさは、筆舌に尽くし難い。私が観たブロードウェイ公演では、ナンバーの途中で何度も拍手が沸き起こったほどだった。
 日本では、9年振りの再演となる『ハウ・トゥー・サクシード』。さらにパワーアップした、ミュージカル・コメディーの神髄を堪能して頂ければ幸いだ。東急シアターオーブでの公演は、9月4日(金)~20日(日)まで。その後、10月3日(土)~9日(金)に、大阪のオリックス劇場でも上演される。

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