高橋由美子×鈴木拡樹が紡ぐ、不器用
な“愛” のカタチ、その顛末 舞台
『時子さんのトキ』ゲネプロレポート

2020年9月11日(金)、東京・よみうり大手町ホールにて舞台『時子さんのトキ』の幕が開いた。作・演出の田村孝裕が自粛中に感じた思いを滑り込ませた「今」の空気に満ちたこの新作で、主役の時子を演じるのは高橋由美子。そして、時子が出会う路上ミュージシャン・翔真を演じるのは鈴木拡樹。時子と翔真、偶然の出会いからふたりが過ごした8年間。その時間とは、どんなものだったのだろうか──
どこかちょっとした町のちょっとした空間。小便小僧と大きな時計が特徴的な石造りの公園広場で時子と翔真は出会う。パート帰りのバツイチ女性とお世辞にも上手いとは言えない歌を熱唱しているアマチュアミュージシャン。たまたま歌を聴き、たまたまチラシを渡す。日常の中の些細な出来事、些細な会話。しかしそこへサァ〜ッと(役者たちの身体表現で)木枯らしが吹き抜けた瞬間、ふたりの物語に燈が灯る。同時に、観客の心にもポッと燈が灯る。「ここは劇場、演劇が始まったのだ!」と。
路上ライブ、ユーチューブ、小さなライブハウス……と、少しずつ歌う場所が広がっていく翔真と、そんな彼を全面的に応援し、金銭的にも支える時子。いわゆる男女の関係とは違うふたりの結びつきはなんの約束もない不安定な関係だ。だからこそ継続させるために“昭和のオバサン感”を全開にして世話を焼く時子は可愛いな、と思ってしまうし、そのダメンズ養成力の高さには早くからある種のフラグが立っているのを嫌でも感じ取ってしまう。一方の翔真は歳の差などは我関せず。甘えと強がりの振り子も絶妙に、時子の思いを難なく受け止め絡み取っていく処世ぶりが憎い。
舞台『時子さんのトキ』舞台写真 (c)舞台「時子さんのトキ」/岩田えり
夫の姓、旧姓、職場でのニックネームに源氏名と、呼ばれ方が変わりながらもひとりの女として「生きていくために生きていく」時子を演じる高橋は、ほぼ出ずっぱり。舞台俳優として積み上げてきたキャリアをこの生活感いっぱいの女性に力強く注ぎ込み、自身の独白をきっかけに自在に劇中の8年間を行き来していく。真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな翔真への思い……恋愛感情以外の複雑な愛情の表現にはもはや共感しかなく、思うように会えない息子への思慕もやるせない。
舞台『時子さんのトキ』舞台写真 (c)舞台「時子さんのトキ」/岩田えり
全身白の衣裳で登場した瞬間から翔真のドリーマーぶりを言葉にならない説得力で体現する鈴木は、終始つかみどころのない“新種のドンファン”といった風情。ふんわりとしたオーラと抑制の効いた繊細な感情表現で、居るだけでも観客の目を釘付けにする魅力的な“クズ男”として存在していた。鈴木は時子の息子・登喜役も担当。そちらは少しぶっきら棒な振る舞いが10代の少年らしい表情を醸し、時子に対し翔真とは違うベクトルの愛情を向けていたのも好対照。事前インタビューで「二役は難しさよりお得感を感じている(笑)。ひとつの作品の中でふたつの人生を演じられるのが楽しみ」と語ってくれた笑顔を思い出す。
時子と翔真を取り巻く人々を演じるのは矢部太郎、伊藤修子、山口森広、豊原江理桂のクセモノたち。小学生から老人までそれぞれに複数の役を担い、この作品になくてはならない綺麗事だけではない人間の言動を、ユーモラスかつリアルに見せていく。
舞台『時子さんのトキ』舞台写真 (c)舞台「時子さんのトキ」/岩田えり
いつだって人は不器用でも交流を欲し、自分の人生を歩みながら誰かの人生の中にも居たいと願い、間違いながらもやさしさをやりとりしながら生きていたいと思うのだ。時子と翔真の時間は「借金で繋がる関係は清算すべき」という“善意の”人々によって、予定外の方向へと押し出されていく。「嘘をつく」のと「言わない」のは似ているけれど違うし、「ダメ」なのと「弱い」のもちょっと違う。小さな孤独を抱えた時子と何者にもなれずにくすぶっている翔真。ふたりがふたりだけで重ねてきた“ふたりの人生”の顛末は、やがてまた些細な日常へと収束していく。その余韻をよすがに物語を反芻するたびに、そして時子の心に残ったモノと翔真の心に残ったモノの距離を思うたびに、“自分の中の時子さん”がちょっとだけ疼くのだった。
開幕へ向けたコメント
■時子役 高橋由美子
コロナウィルスが世界中で猛威をふるう情勢の中、こうしてお芝居の幕を開けさせて頂ける事に心から感謝を申し上げます。
このような時に演劇を行う事へのご意見もあるかと思いますが、今私にできる事は駆け抜ける事だけ。
皆様に楽しみにお運び頂き精一杯お迎え出来るよう精進いたします。
■翔真・登喜役 鈴木拡樹
9月11日から予定通り、舞台「時子さんのトキ」公演を開始致します。
ご来場の皆様と特別な時間を過ごせる事を嬉しく思います。
また今作はアフタートークショーがある公演回もございます。
お時間よろしければアフタートークショーも楽しんでください。
■時子を取り巻く様々な人物 矢部太郎
今、マスクを外しあった他人が会話するところを目にすることは、ほぼなくなってしまいました。
それは舞台の上にしか存在しないものかもしれません。でも舞台とは昔からそういうものだったかもしれないですね。
はじめてのマスクあり、フェイスシールドあり、ケータリングなし!といった状況で稽古をしまして最新の注意を払い
つつ上演します。みなさんは決して真似しないでください。
■時子を取り巻く様々な人物 伊藤修子
年内の演劇公演は難しいのではないかと思っていましたが、思いのほか早く公演にこぎつけることができました。
今まで人がひしめき合って稽古する事が多かったのですが、少人数で衛生的で免疫落ちないように考慮された環境も心地よくなってきたりしています。
公演中も何かあったら油断はできませんが無事公演を終了できたら……と思っております。
■時子を取り巻く様々な人物 山口森広
公演が無事にやれること、そしてこんなご時世の中、劇場にお越し下さるお客様に感謝致します。このお芝居は、まさに今、この「時」にやるべき作品だと思います。また、お客様によって共感出来る人物が違う気がするので、そこもとても楽しみです。きっと当日は、マスクもしながら、席も離れたり、カメラもあったり、劇場全体に緊張感がすごく漂っていると思いますが、せっかくの観劇の日です!どうかこの『時子さんのトキ』というヒトトキを、一緒に体感し、楽しんでくれたら嬉しいです!
■時子を取り巻く様々な人物 豊原江理佳
『時子さんのトキ』開幕まで秒読みとなりました。このような状況の中でお稽古が出来たこと、そして劇場に入り、本番を迎えられる事に感謝しかありません。何より、この状況の中で劇場に足を運んでくださる皆様、配信で観てくださるお客様に、感謝です。『時子さんのトキ』は、誰にでも起こりうるストーリーであり、誰の心の中にもある寂しさを題材にしていると私は思います。状況は違っても、きっと観てくださるお一人お一人の心の中の寂しさ、満たされない気持ちと向き合っていただける作品だと思います。この舞台を観終わった後、お家に帰ってそっと、自分の心を開けみよう、そう思ってもらえるような作品になったら幸いです。少数精鋭のキャストで一丸となって頑張ります。劇場でお待ちしています!
■作・演出 田村孝裕
自粛中、廃人になった私。
人に触れていないと律せない自分や人に必要とされることへの有り難みを改めて感じ『時子さんのトキ』を書きました。
人は人がいないとダメになる。でも人をダメにするのも人である。そんなお芝居になりました。
そして今……より多くのお客さまに演劇を感じていただきたいと思い私が思う演劇的な手法をふんだんに取り入れています。
映画にもテレビにもYouTubeにも小説にもない演劇独自の空間を劇場や配信で体感していただけたら幸いです。
舞台『時子さんのトキ』舞台写真 (c)舞台「時子さんのトキ」/岩田えり
取材・文=横澤 由香

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