歌舞伎座のオモテで支える感染症対策
『九月大歌舞伎』取材レポート

東京・歌舞伎座で2020年9月1日(火)から26日(土)まで、『九月大歌舞伎』が上演されている。8月1日(土)に劇場を再開し、2か月目となる現在も、新型コロナウイルスの感染者を出すことなく公演が続いている。
歌舞伎座の新型コロナウイルス対策
現在、歌舞伎座は1日四部制を採用している。各部が終わるごとに観客を総入れ替えし、客席の消毒を行っている。1部あたりの上演時間は60分前後で幕間はなし。感染拡大防止策のひとつとして、興行にかかわる出演者と全スタッフを、オモテ(客席やロビーなど)とウラ(舞台と楽屋周り) に分け、双方の行き来をなくしている。
この記事では、オモテ側から歌舞伎座の新型コロナウイルス対策を支える「案内スタッフ」、「イヤホンガイド」、お土産処やお食事処など「売店」の担当の方々を取材した。コロナ禍の閉館期間中に作成された「ゆるりと 歌舞伎座で 会いましょう」に通じるおもてなしの姿勢で、根気強く進められているオモテ側からの感染症対策と、『九月大歌舞伎』で上演中の演目をレポートする。
「ゆるりと 歌舞伎座で 会いましょう」

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■入場前にチェック! イヤホンガイドが再スタート
9月の興行から、同時解説イヤホンガイドが再開した。場内に人が密集する状況をつくらないよう、貸し出しは、歌舞伎座の外で行われている。正面入口に向かって左手(舞台下手側、写真赤丸の位置)にカウンターがある。雨の日は、GINZA KABUKIZA 地下2階、木挽町広場やぐら横に移設される。9月から、Suicaをはじめとした全国の交通系ICで精算できるようになった。使用料は500円。接触を減らすためにも、IC決済、またはお釣りのない清算がおすすめだ。
イヤホンガイドは、歌舞伎座の外(正面左手)で貸し出し中。雨の日は地下2階の木挽町広場にて。
接客スタッフはPCR検査を済ませており、マスク、フェイスシールド、手袋を着用している。端末は個別にパッケージされ、利用者は会計の後に、各自で手に取る。気になるのは、イヤホンや端末本体を介した感染症拡大ではないだろうか。担当の小峯さんによれば、本体とイヤホンは、72時間放置し、その後アルコール消毒で拭き上げているという。プラスチック表面に付着したウイルスの残存は、72時間とされており(※1 参照)、これに準拠した対応策だ。
お会計後に各自受け取る。借りた場所で返却を。土日はもう1か所設置されます。
「72時間か、消毒の一方で良いのかもしれませんが、お客様もスタッフも守るためにできることは、一通りやっていこうと。お客様には、今までと異なる場所でのお貸し出しや返却にご協力をいただいています。中には、再開を待っていましたと声をかけてくださる方もいて」。
株式会イヤホンガイド 広報担当の小峯さん。フェイスシールド、マスク、手袋を着用して接客する。
マスクごしにも溢れる笑顔で語った。自粛期間中には今後のサービスについても議論し、将来的には自動販売での貸し出しの可能性も考えているそう。解説者によるオリジナル動画「観劇ポイント講座」や、イヤホンガイドの音声の一部を公開するなど、すでに運用されている新たな動きも見逃せない。解説動画では解説員が顔を出している。「あの声の主はこんな人だったんだ!」と親しみを感じる機会にもなるだろう。
イヤホンガイド
■第一部『寿曽我対面』午前11時~
『寿曽我対面』右より、近江小藤太=坂東亀蔵、工藤左衛門祐経=中村梅玉、八幡三郎=中村莟玉、大磯の虎=中村魁春、曽我十郎祐成=中村錦之助、曽我五郎時致=尾上松緑、化粧坂少将=中村米吉、小林朝比奈=中村又五郎、鬼王新左衛門=中村歌六
曽我兄弟の仇討ち物語の一場面で、豪華な金屏風の館に、 歌舞伎の特徴的な役柄が、ずらりと結集する。座頭の工藤祐経(中村梅玉)、立女方の大磯の虎(中村魁春)、道化方の小林朝比奈(中村又五郎)たちが居並び、花道から和事の十郎(中村錦之助)と荒事の五郎(尾上松緑)の兄弟がやってくる。実事の鬼王新左衛門(中村歌六)も登場して芝居を引き締める。歌舞伎の様式美、五郎の勇ましくもおおらかな存在感に心躍る一幕だった。
■第二部『色彩間苅豆』13:40開演
『色彩間苅豆 かさね』右より、かさね=市川猿之助、与右衛門=松本幸四郎
冷血な色男の与右衛門(松本幸四郎)と、与右衛門を慕いあとを追ってきた、かさね(市川猿之助)の色恋と因果の行く末を描く。与右衛門のどうしようもなさ、かさねの若さゆえの思いが舞踊を通して描き出され、後半の展開にホラーなだけではない色気とドラマ性を生んでいた。この日、開演間際に激しい通り雨が降り、感染症対策のために開放された扉から湿った空気が客席に流れこんできた。舞台上の木下川堤の雨を、肌に感じさせた。
■来場者の協力、ベテランスタッフの経験と知識
客席の案内スタッフの方々は、今月もマスクにフェイスシールド、そして手袋で、パネルをもち新しいルールの周知につとめていた。観客は、場内でのマスク着用と、会話を控えることが推奨されている。大向うのかけ声も禁止していることを思えば、納得のルールだ。ご友人と観劇予定の方は、あまりはやく入場すると時間を持て余してしまうかもしれない。そんな時は歌舞伎座の中で絵画鑑賞がおすすめ。鏑木清方、伊東深水、上村松園、小林古径など、近代日本画家の名画を楽しむことができる。
案内スタッフを統括する、歌舞伎座劇場運営の平野さんは、8月1日の再開時の心境を「どのくらいご理解、ご協力いただけるのかが分からなかった。それが何より心配だった」と、ふり返る。昼夜二部制の時は1日2回だったお客様の入退場は、四部制の導入で1日4回となった。コロナ対策の案内にロビーの消毒作業も加わり、スタッフの負担は倍増している。忙しさは今も変わらないが、8月の興行を無事に終えた事実から「緊張感を持ちつつも、視野を広げたご案内につながっている」という。
お帰りの際は、整列退場にご協力を。
「スタッフは、マスクとフェイスシールドを着用していますが、それでもこちらからお声掛けすることによる飛沫を、気にされるお客様は、いらっしゃると思います。過剰にならないように、しかし、お困りになられている方にはいつも通りの積極的なご案内を、心掛けています。その距離感や臨機応変な対応は、ベテランスタッフの経験や知識に頼るところが大きいです。長く接してきたから、わかるのでしょうね。新しいスタッフもそれに倣いご案内につとめております」。
歌舞伎座劇場運営の平野さん
歌舞伎座の感染症対策として、ウラのスタッフは四部制にあわせた4チームが編成されているが、案内スタッフは1階、2階、3階で担当を分け、それをさらに2チーム(実質6チーム)にし、お互いが極力接触しないシフトを組んでいる。万が一、新型コロナ感染の疑いが出た時も、フォローしあえる体制だ。今後に向けて、6チームそれぞれが、現場で得た気づきや情報を、全体で上手く共有するための仕組み作りにかかっている。
各部の合間や上演時間中に、お客様の手が触れるところをスタッフがクリーニング。
■第三部『双蝶々曲輪日記 引窓』午後4時15分~
『双蝶々曲輪日記 引窓』右より、南与兵衛後に南方十次兵衛=尾上菊之助、濡髪長五郎=中村吉右衛門
歌舞伎座では、2006年より9月に、当代の吉右衛門の養父、初代中村吉右衛門を顕彰する「秀山祭」と冠した公演を行ってきた。今年は第三部にその名前をのこし、初代吉右衛門ゆかりの演目『双蝶々曲輪日記 引窓』を上演している。吉右衛門が勤めるのは、わけあって人を殺めてしまった相撲取りの濡髪長五郎だ。東蔵が母お幸を、尾上菊之助が新任代官の南与兵衛を、雀右衛門が元傾城の女房お早を勤める。濡髪が事情を隠して実母に向ける笑顔の哀しさが、序盤から涙を誘う。葛藤の最中にも明るさが澱むことのない与兵衛の人となりが清々しかった。
■第四部 映像✕舞踊 特別公演『口上』『鷺娘』午後7時15分~
『鷺娘』鷺の精=坂東玉三郎
出演は、坂東玉三郎。幕があき、広い舞台に玉三郎がひとり。書割(かきわり)を大胆に使った演出の中、口上がはじまり、映像によるバックステージツアーに続く。そして後半は、玉三郎の代表作のひとつ『鷺娘』を、過去の映像の『鷺娘』と、いまの玉三郎の生の舞踊で披露される。通常ならば舞台をみる時と映像をみる時で、人の目や意識は違う動きをしているはず。しかし今作は、考え抜かれた映像と間合いにより途切れ目なくラストへ導かれる。鷺の精がこと切れるとき、歌舞伎座全体が息をのんだかのような静寂に。そして大きな拍手がわいた。
■これからはいつでも買える! お土産処
歌舞伎座1階(上手側)のショップ「お土産処 木挽町」は休業中……かのように見えるが、感染症対策の一環で、歌舞伎座場内からのダイレクトな入店を止めているだけ。一度場外に出て、歌舞伎座稲荷の奥から入店できるようになった。歌舞伎座内外の人間の行き来をコントロールするためというが、観劇の有無にかかわらず、どの時間帯でも、歌舞伎座の休演日も利用できるようになったこと(店休の場合あり)は、利用者にうれしい変更だ。
劇場上手側。しまってる……! と思いきや、一度外に出れば入店可能。
入店時は消毒と表体温のスクリーニングがある。店内の人数を制限しているため、終演直後は混雑しがちだ。「狙い目は上演時間中です。並ばずにゆっくりお買い物いただけます」。そうアドバイスをくれたのは、歌舞伎座のショップやレストランをマネジメントする、歌舞伎座サービス株式会社の広報担当本多さんだ。
歌舞伎座サービス株式会社の広報担当本多さん
人の密集をさけるため、売り場の中央にあった商品棚は撤去された。以前は、驚くほど賑わっていた店内だが、人数制限のおかげもあり、すっきり明るく、落ち着いてお買い物ができる。客足が戻っていない現状ではあるが、「入店人数を制限していることもあり、スタッフはコロナ対応をしながらも、気持ちにゆとりがあるようです。来てくださる方のために、もっとできることがもっとあるのでは……と自分たちの接客を見直す機会にもなったようで」と、本多さんの声は明るい。
この時期だからこそのグッズとして、歌舞伎座の座紋があしらわれたマスクが8月1日より発売された。翌日に完売した人気商品だが、9月より在庫を増やして対応している。現在は全3色販売中。
来店されていたお客様が、鳳凰のマスクを着用されていました。
「お土産処 木挽町」の奥(入口は木挽町通り沿い)に位置する「喫茶室 檜」は、2部続けて観劇する予定の方にもおすすめ。幕間気分で立ち寄ることができる、距離感ではないだろうか。
「喫茶室 檜」
ごろっと野菜カレー(1100円)は、テイクアウトも可。
10個の小さな縁起物をつめこんだ「開運小槌」には、いまだけアマビエが追加されている。木挽町広場(GINZA KABUKIZA 地下2F)の「ひねもす」で探してみてほしい。舞台写真の販売も、現在は木挽町広場(チケット販売所の左手あたり)で行っている。また、劇場内3階のショップやたい焼き屋さんの再開も楽しみに待ちたい。
一番下に見えるのがアマビエ。
政府は、これまで屋内で開催されるイベントに、収容人数の50%以下(上限は5000人)との制限を課していた。これが9月11日(金)付けの通知により、9月19日(土)以降の屋内イベントの開催制限を緩和した。歌舞伎を含む観客が大きな歓声を発しない演劇に関しては、収容定員(100%)まで受け入れが可能となった。しかしこれは、感染防止対策の徹底を前提にした通知で、安全を保証するものではない。歌舞伎座は10月も、安全・安心を優先して、定員の50%以下の客席でチケットを販売し、引き続き大向うのかけ声は、見送る予定だ。「そろそろ観劇を再開しようかな」とお迷いの方は、選択肢のひとつとして歌舞伎座での鑑賞を検討してみてはいかがだろうか。
同時解説イヤホンガイドのご案内板(夜ver.)
<参考>
※1 新型コロナウイルス感染症に対する感染管理(改訂2020年6月2日)
https://www.mhlw.go.jp/content/000635967.pdf
※2 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室長「11月末までの催物の開催制限等について」(2020年9月11日)
https://corona.go.jp/news/pdf/jimurenraku_20200911.pdf
取材・文・撮影(舞台写真除く)=塚田史香

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