新国立劇場オペラ『夏の夜の夢』(ブ
リテン)開幕~すべては《夏の夜の夢
》だった!? 妖精たちのピュアない
たずらが光を当てる〈人間のドラマ〉

新国立劇場でオペラの新シーズンが2020年10月4日から始まった。今年(2020年)2月にロッシーニ《セビリアの理髪師》を上演して以来、コロナ禍で公演を中止していたが、7ヶ月を経てやっと再スタートとなった。発表されていた外国の指揮者、演出家、歌手たちが全員来日できなくなり、日本人アーティストだけで成し遂げるニューノーマル時代のオペラの開幕である。先日行われた、最終舞台稽古(ゲネプロ)の様子をお伝えしよう。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
演目は《夏の夜の夢》。シェイクスピアの傑作演劇を、20世紀の英国を代表する作曲家ベンジャミン・ブリテンがオペラ化したものだ。原作の冒頭部分はカットされ、妖精たちの世界から物語が始まるが台本はシェイクスピアの台詞をそのまま使っている(分量は約半分に)。ブリテン自身が創設した英国のオールドバラ音楽祭で1960年に初演された。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
このオペラの特徴は、妖精たちの世界、若い貴族の恋人たちの世界、職人たちの世界、という三つの世界を音楽の違いで際立たせているところにある。第一幕は、弦楽器の低音の響きがまるで糸を寄り合わせるように重なり合い、そこにチェレスタやハープ、そしてパーカッションの夢幻的な音が加わって始まる。歌はオペラの定石で合唱からだが、それが児童合唱であることによって観客は妖精たちの世界にひきこまれてしまう。もう一つの特徴は、妖精の王オベロン役が男性がファルセットで歌うカウンターテナーのために書かれていること。そのことによって威厳と不思議な色気がこの役に備わっている。ちなみに、オベロンの従者パックは歌ではなく台詞を話す俳優の役だ。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
ブリテンの音楽は、言葉を尊重し、独特な美しい響きを持つが、この《夏の夜の夢》には、それまでのオペラの歴史を皮肉るような粋な遊びも散見される。第二幕の恋人たちの争いは、情熱の発露がこれでもかと大仰に強調されるし、第三幕でアテネ大公の婚礼の余興で職人たちが演じるドタバタ劇には、“フルート”という名前の職人が演じるヒロインが、ドニゼッティの《ルチア》に出てくるあまりにも有名な(フルートが伴奏する)「狂乱の場」のパロディ・ソング(?)を歌ったりする。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
演出は2004年にベルギーのモネ劇場でデイヴィッド・マクヴィカーが手掛けた原演出をレア・ハウスマンが新演出したもの。新型コロナウイルス感染症対策を講じた“ニューノーマル時代の新演出版”として、なんと、英国とオンラインでつないでのリモート稽古で作り上げたものだという。とはいえ、レイ・スミスによる美しい舞台・衣裳は元の通りで、登場人物たちの動きも自然である。開演前から緞帳の代わりに飾られているモノトーンで蜘蛛の巣のような意匠の紗幕が開くと、そこは天井の高い屋根裏部屋だ。左手奥には大きな満月も見える。ここは妖精たちの王国なのだ。第三幕の余興劇以外は、すべてがこの屋根裏部屋で演じられる。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
さて、今回、予定されていた外国人キャストをすべて日本人の歌手たちが代わって演じた。そのことによって明らかにされたのが彼らの確かな実力である。中でも、もともとオベロン役に予定されていた藤木大地が群を抜く存在感をみせてくれた。声自身の艶やかさとともに、オベロンの音楽と魅力がはっきり示され、舞台はその力に完全に支配された。オベロンの妻タイターニアは美しい佇まいの平井香織。貴族の恋人たちは村上公太、近藤圭、但馬由香、大隈智佳子が演じ充実の出来栄え。職人たちも粒揃いで、特にロバ頭のボトムの高橋正尚がとぼけた味で活躍した他、フルートの岸浪愛学は鈴を振るような声、そしてクインスの妻屋秀和がさすがの歌と演技で楽しめた。最後に出てくる、当時の社会の支配者を表現するシーシアス大公と妻ヒポリタは大塚博章と小林由佳が堂々と演じた。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
パック役はバレエかアクロバティックな動きをこなす俳優が演じることが多いと思うが、今回はバリトン歌手の河野鉄平が演じた。アメリカ育ちという河野の台詞は鮮やかで、いたずら者のパックの雰囲気をよく表していたし、ほんの少し歌う歌はもちろん上手い。生き生きとした舞台を見せてくれた。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
このオペラで重要な役割を果たす児童合唱にはTOKYO FM 少年合唱団が出演。ソロを務めた4人を含む子供たちの声は美しく、舞台での可愛らしい動きも見どころだろう。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
マクヴィガーの名舞台をひきついだハウスマンの演出は、どこがニューノーマル時代の演出なのか気をつけて見れば、演者たちがお互いの距離をしっかりとっているのが確認できる。だが、それも演出の一部分だと捉えれば、なんだか人間が妖精たちに操られて離れ離れにさせられているかのようなおかしみがある。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
飯森範親指揮の東京フィルハーモニー交響楽団は、ブリテンの音楽の精緻なハーモニー、言葉の抑揚に連動した旋律、弦、木管、金管、多彩な打楽器など、様々な楽器の聴かせどころを的確に描いていた。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
《夏の夜の夢》は、生涯を通じて「無垢の完璧性」を捉えようとしたブリテンの世界観がもっともよく反映したオペラだという。奇妙な魔法の世界にあらがうことはどのような人間にもできはしない。だが、舞台の魔法は浮世の憂いを一時、忘れさせてくれる。コロナの時代の私たちは、だからこそよりいっそう芸術の力を必要としているのではないだろうか。
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
新国立劇場 オペラ『夏の夜の夢』(撮影:長澤直子)
取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

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