大阪交響楽団名誉指揮者に就任した外
山雄三に聞く

ブラームスの交響曲第1番 第4楽章の最終音のフェルマーターを左手で制し、一呼吸おいた後、ザ・シンフォニーホールに鳴り響く拍手喝采。
その中央で聴衆の拍手に応えるのは、現役最高齢指揮者 外山雄三だ。
コロナ禍の現在、ブラヴォーコールを控えるようにとのホール側の要請を受けて、聴衆のひと際大きな拍手が印象的だった。
大いに盛り上がったコンサートの翌日、待ち合わせていたホテルロビーに現れた外山に、疲れた様子は見られなかった。
大阪交響楽団における4年間のミュージック・アドヴァイザーのポジションを今年3月末で離れ、新たに今シーズンより名誉指揮者に就任となった巨匠 外山雄三にあんなコトやこんなコトを聞いた。
大阪交響楽団の第一印象は、たいへん好感の持てるものだった     (c)H.isojima
――ミュージック・アドヴァイザー就任前の大阪交響楽団の印象は、どのようなものでしたか。
外山雄三 第一印象は、ある意味、若いオーケストラだなというものでした。これは悪い意味ではありません。私にはとても好ましい印象でした。つまり、みんなが余計な先入観なしに音楽と向き合っている。自分たちの演奏を先へ進めたい。これで良いんだとどっかり座っている者は一人もいない。良いオーケストラだと思いました。
―― 指揮者とオーケストラの関係は、就任当初から上手くいっていたのでしょうか。
外山 オーケストラのメンバーは、指揮者が練習場に入って来る姿を見ただけで、「今日の練習はこんな感じで来るつもりだな」というのが大方予想出来る。指揮者と奏者の関係はそういうものです。色んなタイプの指揮者がいると思いますが、基本的に指揮者は多くを語らないものです。「諸君、今日の作品はこういう曲だから、こういう風にやってくれ!」とか、「これだけは慎んで頂きたい!」と言ったことを3分も話をしたら、まあ誰も聞いていません。聞いているふりはするかもしれませんが。そしてその後はオーケストラ全員がシラケてその日の練習はだめです。
そんな関係を踏まえた上で、信頼関係は生まれていくものです。外山はどんな音楽を作るのか、メンバーは注意深く見ています。4年間、皆さん本当によくやっていただいたと思います。
満面の笑みでゲネプロを終える外山雄三     (c)飯島隆
―― 確かに、外山さんの本番前のゲネプロを拝見しましたが、「よろしくお願いします。」の一言だけで、いきなり曲が始まりました。
外山 それが普通です。練習の仕方ですが、私は大阪交響楽団が現在持っている音楽的な力量を十全に発揮出来るように整える事が責任を持つ指揮者の役割だと思って指揮をしています。中には、あえて厳しい注文を言って、上手くいけば新たな何かが引っ掛かって来るみたいなやり方を採る指揮者もあるとは思いますが、私のやり方とは違います。
―― 二宮光由さん(楽団長・インテンダント)、外山さんにミュージック・アドヴァイザーとして求められた事は、どんな事だったのでしょうか。
二宮光由 2016年から外山さんにミュージック・アドヴァイザーとしてオーケストラの土台作り、基礎固めをお願いしました。それまでの大阪交響楽団は、前音楽監督の意向もあり、普段取り上げられる機会の少ない隠れた名曲の数々を演奏する事で、他のオケとの差別化を図って来ましたが、いちばん大切な演奏の土台がしっかり出来ていないように私は感じていたのです。外山さんには、それまで3度、大阪交響楽団を指揮していただき、相性の良さを感じておりましたので、思い切って外山さんを訪ね、私の考えをお話したところ、ご快諾を頂きました。
―― 外山さんにベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーといったスタンダードな曲を指揮していただくことで、オーケストラの自力を付ける狙いだったんですね。
二宮 はい、そうです。それに加えて、外山さんご自身の作品を含めた邦人作品を取り上げる事もお願いしました。それから4年、確実にオーケストラの実力も向上したように思います。その成果の一つとして楽団創立40周年の今年、チャイコフスキー後期の交響曲のCDを同時に3作品、リリースしましたし、年末にはベートーヴェンの交響曲全集もCD化する予定で、現在調整中です。将来的には、外山さんの作品を集めたCDも発売したいと思っています。ミュージック・アドヴァイザーとしては今年の3月で契約は終了しましたが、まだまだ外山さんの指揮で聴きたい曲は沢山あるので、名誉指揮者として引き続きお付き合い頂くことになっています。
―― CDのハナシは最後に改めて聞かせてください。外山さんはコロナの自粛期間はどのように過ごされていたのでしょうか。
外山 私は都会から離れた山の中に住んでいるので、普段の生活とさほど変わりはありません。長い間、指揮をして来ましたし、色んな経験もしてきているので、コロナに関してはそんなに心配する事は無いと思っていました。無観客という事では、昭和天皇が亡くなられた時、NHK交響楽団の演奏会でしたが、観客を入れずにやりました。やってみると演奏会には聴衆の存在が大事だって、よく分かりました。聴衆の反応があるからこそ、練習の成果を発揮出来るんだなぁと気付きましたね。
―― その時のN響の演奏、ブラームスの交響曲第4番やバーバーのアダージョをYouTubeで拝見しました。無観客による映像配信の先駆けですね。コロナの今、同じ事を経験しているオケマンは多いので、その感覚はよく判るでしょうね。観客の反応と同じように、評論家の反応というのは気にされるものですか。
外山 難しいですね。評論家の先生方の批評に対しては、「貴方にはそう聴こえたんですね。よくわかりました。」とだけ思うようにしています。評論は大切な事だと承知しています。ただ、一歩進んで、こういう所が足りないのでこうしてみたら、と言って下されば、耳が痛くてもお話を伺いますが、あまり作品の事などご存じないのに書かれている評論を拝見すると、逆に気の毒だなぁと思う事もあります。評論なんかどうでもいいという同業者もおられますが、評論が新聞や専門誌に出ると、あまりオーケストラの事など関心の無い方などが、「ふーん、そうなんだ。大阪交響楽団って下手くそなんだ。」って思い込む方も出て来る。これは厄介です。
エドゥアルト・ハンスリックと誰某といった論争のような事は、理詰めに芸術論など戦わすことの少ない日本人にはあまり馴染みがありません。私の年代で評論家と言うと、野村光一、山根銀二、吉田秀和、園部三郎、もう少し下の世代では遠山一行あたりでしょうか。現在なら何方になりますか。なるほど!と思わせて下さる評論も偶に目にしますが、いずれにしても、現場の苦労を知らずに色々と仰るのは、ちょっと勘弁願いたいなぁと思う時も、たまにはありますね(笑)。
大阪交響楽団名誉指揮者 外山雄三    (c)三浦興一
―― 今から6年前に、大阪フィルを久しぶりに指揮された演奏会がありました。メインはチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」だったのですが、その1曲目で外山さんが2012年に作曲された「前奏曲」が演奏されました。当日のプログラムに、最近は何かにつけてベテランと言われるが、私はまだまだこんなものじゃない!という思いを込めて「前奏曲」を作ったと書かれていたのが印象的でした。当時83歳(作曲時は81歳)にして、その熱い思い。たいへん衝撃を受けたことを覚えています。
外山 「前奏曲」はこれからが始まりだ!というサインを込めて、当時作った曲だったと思います。あれから、何が始まったのか。もしかしたら何も始まっていないんじゃないかと、自分に突き付けられるご質問ですね(笑)。
―― いやいや、まさにその間に、大阪交響楽団の音楽を根底から構築し直された訳で、ああ、そういう事だったのかと感慨深いものがあって、今お話させて頂いた次第です。
外山 正直、年齢を感じないと言えば嘘になりますが、仕事は夜、この時間までにしておこう、と言ったことはありません。確かに今、自分の身に何かあっても「ああ、そうか!」と納得される年齢なのは間違いないので、「前奏曲」に対して言うなら、いよいよ本編に突入したなぁという思いではあります。
この年齢になっても、指揮する曲は選んでいった方が良いのか。まだまだオファーのままに、あれもこれもやっていった方が良いのか、考える事は沢山あります。自然と楽な方へ走ってもおかしくない年齢だとは思いますが(笑)。
それは即、現在私が関わっている大阪交響楽団に何が必要か。必要なのにやって来なかったトレーニングは何か。まだやっていなかった作品は何か。など、色々と思いを巡らせてしまう事にも繋がります。それはオーケストラの責任あるポジションに就く者の、常日頃の在り方だと思います。
厳しいことで知られる外山雄三のリハーサル    (c)飯島隆
―― 来年、卒寿を迎えられます。周囲は、朝比奈隆やスクロヴァチェフスキが93歳、ヴィンシャーマンが最後にマタイ受難曲を指揮したのが94歳、といった年齢的な事を、すぐに意識してしまうと思うのですが、ご本人は如何でしょうか。
(ニンマリと黙ったまま答えようとしない外山雄三をフォローする形で、二宮が答える)
二宮 外山さんは本当に年齢的な事を意識されていないと思いますよ。練習中、椅子を用意しても「立っているのが仕事だから」と言って決して座られません。本番中、立って指揮されるマエストロでも、練習中は座られる方が多いと思います。本当にコチラがびっくりするほどお元気です。
―― なるほど。外山さん、これから新たにやってみたい曲はお有りですか。
二宮 外山の指揮で聴きたいと言って下さるのなら、どんな曲でもやらせていただきますが、でもちゃんとしたオーケストラではやりたくない曲というものも、数曲あります。「ペルシアの市場にて」という曲、あんな品の無い曲は、何十人もの音楽家を煩わせて演奏する必要はないんじゃないかとは思っています。しかし、どうしても「ペルシアの市場にて」をやってくれないかと頼まれれば、やらない訳ではありません。その程度の事です。音楽の格付けは個人的に好きではありません。アメリカの音楽はダメだと、ヨーロッパで学んだ音楽家で言う人がいますが、「アメリカのどこがダメなの? アメリカでも色々ある。バーバー、バーンスタイン、グロフェ……。何が気に食わないの?」と聞きたくなります。
例えばブルックナーをやってくれないかと言われたら、ブルックナーの大家の方たちが、総じてテンポはゆっくりだと思うけれど、そういうのでなくても良いか?と聞く可能性はありますが、やらせて頂きます(笑)。あれはイヤ、これがイイというのは無いですね。
大阪交響楽団名誉指揮者 外山雄三     (c)飯島隆
―― 昔、大阪フィルで朝比奈隆を支える形で、朝比奈が指揮しない現代曲なんかをよく指揮されていましたね。外山さんが朝比奈隆をどう見ておられたのか、個人的に大変興味があるのですが、お聞きしてもいいですか。
外山 朝比奈先生は日本の音楽家としては、飛びぬけた知識人でした。その事はご自身でも意識しておられましたし、その強みを生かされていました。しかし音楽に関しては、先生の次の世代から始まった音感教育を受けておられなかった事もあり、聴こえていない音もあったと思います。しかしあれだけ立派な演奏を続けて来られたことは本当に凄い事だと思います。
また、先生はあまり楽譜をスラスラ読める方ではありませんでしたが、楽譜を拝見すると、書き込みの量がもの凄い。どの曲も、ハーモニーが変わるとどう変わったかを下の余白に丁寧に書かれている。あれを書くだけでも大変です。先生は凄く勉強されていましたね。
恵まれた立派な身体と京都大学卒業という高学歴を誇る指揮者は、日本には他におりません。常に大家であり続けるためには大変なご苦労があったように思います。
―― 今回、チャイコフスキーのCD3作品が同時に発売となりますが、どんな感想をお持ちでしょうか。
外山 CD化されることを前提に演奏したわけではないので驚いています。売り物になるかどうかはレコード会社が判断されたのでしょう。演奏は一回限りのものです。音楽は鳴った瞬間から消えていくものですが、記録として残すことは一つの方法だとは思います。
そんなことを言いながら、私も昔の偉い人のレコードを随分大切に取っていますが(笑)。
フルトヴェングラーやトスカニーニのレコードを聴きながら、「トスカニーニの練習はとても厳しく、一瞬たりとも間違いを許さなかったそうだ。だからあいつはトスカニーニではなくトスカノーノだ。」なんてハナシを、若いころによくしていましたね。
一挙にチャイコフスキー後期交響曲3作品がリリース     (c)飯島隆
―― フルトヴェングラーは “振ると面食らう” みたいなコトですね(笑)。ちょっと違うかな⁈ 外山さん、色々な話を聞かせて頂きまして、ありがとうございます。最後に「SPICE」読者にメッセージをお願いします。
外山 現在指揮者は、若く優秀な方の台頭もあり、余っています(笑)。そんな中、私の指揮で演奏したいと言ってくださる大阪交響楽団にはたいへん感謝しています。この4年間、オーケストラの皆さんには色々と厳しい事も言ってきましたが、経験を重ね、技術的にも安定しています。どうぞこれからも大阪交響楽団をよろしくお願いします。
これからも大阪交響楽団をよろしくお願いします     (c)H.isojima
―― 外山さん、二宮さん、ありがとうございました。

来年の卒寿を控え、今後は指揮するすべての公演に益々の関心が集まると予想される巨匠 外山雄三。晩年の朝比奈隆というと、演奏を終えた後、鳴り止まないファンの拍手で、無人のステージに何度も呼び戻される熱烈なカーテンコールを思い出すが、外山は自分一人だけが聴衆の拍手を受ける状況を、極力回避しているように見受けられる。
控えめな外山の性格によるものだとは思うが、堂々とした巨匠テンポで終始音楽を推進して行く真っ直ぐな音楽作りを目の当たりにすると、ブラヴォー!と叫んでしまいたくなる気持ちを理解いただき、ステージの中央、指揮台に立ってファンの声援や拍手喝采を一身に受けて貰いたい。
これからは、外山雄三の指揮する全てのステージが、新たな伝説となる。
外山雄三と大阪交響楽団の演奏を、聴き逃すわけにはいかない!
巨匠 外山雄三と大阪交響楽団の演奏は聴き逃せない     (c)飯島隆
取材・文=磯島浩彰

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