熊谷和徳に聞く~ニューヨーク在住の
タップダンス界の先駆者が来日し、入
魂の新作『In-Spire』を披露

ニューヨーク在住のタップダンサー熊谷和徳が来日し、2020年11月1日(日)~3日(火・祝)横浜赤レンガ倉庫1号館 3階 ホールにて『In-Spire』を上演する。熊谷は15歳でタップをはじめ19歳で渡米。現在はニューヨークと日本を拠点として世界的に活躍している。2006年に米ダンスマガジン誌より「世界で観るべきダンサー25人」に選ばれ、2014年にタップ界のアカデミー賞とも称されるフローバート賞を日本人として初受賞。さらに2016年にベッシー賞(正式名称:New York Dance and Performance Award)を獲得し、2019年にはニューズウィーク誌の「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた。音楽シーンでも上原ひろみ日野皓正Omar Sosaらと共演し話題を呼ぶ鬼才だ。「SPICE」では、『In-Spire』のために来日した熊谷にオンラインで取材し、コロナ禍のニューヨークでの日々のことや公演に向けての抱負を聞いた。
■パンデミックに揺れるNYでの日々
ーー熊谷さんはニューヨーク(以下、NY)在住です。2020年3月以降、新型コロナウイルスの感染者数が増え猛威を振るいました。今も予断を許さない状況かと思いますが、コロナ禍をどのように過ごしてこられましたか?
NYでは最初は呑気でした。3月の公演に向けてリハーサルをしている時に感染者が急増し、公演前日にキャンセルになりました。3月下旬頃には1日に700~800人が亡くなるような状況で、自宅のアパートメントの住人も感染したり、タップダンス関係者が亡くなったりして、もの凄く身近に迫っているという感じでした。
ほとんど強制的にロックダウンになりました。最初は「ゆっくりすればいいか」といった感じもありました。しかし自宅でタップを踏むことがほとんどできなくなり、「すぐに終わる話ではないなと」と自分自身の気持ちが変化していきました。1か月、2か月経つと、どんどん塞ぎこんでいくような感じになっていきましたね。
ーートレーニングはどのようにされていたのですか?
家では靴を履かずに練習していました。誰もいない場所となると墓地しかなくて。墓地といっても日本とは違い公園みたいになっています。でも、やはりお墓なので、そういうところでずっと練習していると、コロナの状況と重ね合わせて神妙な気持ちになったりもしました。
ーーNYはタップダンスの中心地ですが活動ができなくなりました。関係者とはインターネットなどを介して情報交換をしているのですか?
ニューヨークにいては何もできず、ブロードウェイは来年夏までクローズしている状況です。自分も92nd Street Yという場所のアーティスト・イン・レジデンスとして活動していましたが、そこもずっと閉鎖しているのでNYにいると何もできない。NYにいればヨーロッパも近いのでマーケットなのですが、そちらもひどい状況です。
リモートやオンラインで発表するものを見てはいましたが、あまりそういったモチベーションにはなりませんでした。クリエイティブな気持ちにはあまりなれなくて。自分の中では「そういう時期なのかな」という感じで受け止めてはいました。
今、日本に帰ってこられて一歩前に進めたかなと。まだ公演ができる状況にあるから。向こうにいると、少し感覚が麻痺して「無理なんじゃないかな」と思っていたので、とにかく帰ってこられてホッとしています。お客さんの前で踊っていない時間が半年以上続いているので、どうなるかと思ったのですが、リハーサルが始まるとモードが切り替わるというか、日本に戻ってきての隔離期間中に感覚を大分取り戻せてきました。
■「コアな本質的なものだけをやりたい」
熊谷和徳
ーーNYと日本は状況が違うと思いますが、帰国された今、何を感じていますか?
NYに住んでいても自分は日本人ですし、帰ってくると安心できる。それが日本の良さだと思います。でも、そういう中でも今年は自殺者が多く、住んでいれば何かあるんだろうなと。日本はアメリカのように貧しいから苦しむとか、人種差別とかとは違うのですが、なにか窮屈に感じて言いたいことも我慢しなきゃいけないみたいな状況がある気がするんですよね。辛い時にそれを言い出せなかったりとか、自分のやりたいことがやれなかったりとか、そういうことがあるのかなと。自分がNYに移住しようとした理由もそこにあります。向こうは我慢しないというか、物事をはっきりして白黒させていくところが過剰にある。日本ではそこを穏やかに丸く収めようとして、言えないがゆえに我慢をしなければいけない。そこの良し悪しを今感じます。
ーー11月1日(日)~3日(火・祝)横浜赤レンガ倉庫1号館 3階 ホールにて『In-Spire』を上演します。公演が決まった経緯、そのために日本に戻ろうと思われた気持ちについてお話しください。
本当は夏にやる予定で1年前くらいから動き出していました。当初は共演者がいるコラボレーションで、自分のスタジオでやっている『表現者たち』というスタジオパフォーマンスを拡大しようと思っていました。11月に延期となった段階で、NYでずっと隔離されてきた自分の状況に向き合って再出発をしたいという気持ちになり、コンセプトを変えてソロにしたいと思いました。その思いは関係者の皆さんも理解してくれました。
とにかく今回は「やる」ということに重きを置いています。自分の中のプロセスとして、プロフェッショナルとしてはある程度のクオリティや基準を大事にしてきましたが、身体的にもメンタルに関しても経験したことがない未知の状況で、まずは「やる」という原点に立ち返りたい。自分がタップダンスというものに再びどう向き合うのか、そして今の状況をどう乗り越えていくのか。みんな苦労しているし、お客さんも会場に来るまでが大変だと思うんです。今まではお客さんを盛り上げることも考えていましたが、今はそういう状況ではない。ここはもう一度自分にがっちりと向き合おうと。そういう場の中で、お客さんと空気をどう共有していけるかがチャレンジだと思っています。
ーー『In-Spire』を創るにあたって込めた思いをお聞かせください。
去年の段階である程度自分の中で決めていました。パンデミックの前から自分の中で制作していたものが、今に繋がってきているところがあります。マヤ・アンジェロウ(MayaAngelou)という黒人の詩人の詩を今回のメインの演目としてやるんですね。「Life Doesn't Frighten Me」という、人生はちっとも怖くないよという詩で、黒人たちが差別されてきた状況を絵本として子供たちにも分かりやすく書いてあります。3月のキャンセルになったショウの中でやる予定でしたが、黒人差別も含めて今の時代を反映しているようになりました。
マヤ・アンジェロウの詩は凄く普遍的なんでしょうね。それに今の皆が恐怖を抱えて生きている状況を象徴しているというか、それを去年くらいから少し感じていたのかなと。本質はそこまで変わっていなくて、黒人差別はずっとあったし、時代の不安感というのもパンデミックで皆が共有するものになりましたが、じわじわと来ていたことです。去年くらいからコンセプトとして創ってきたものが今フィットしている感じがします。だから、ある意味、夏にやろうとしていた公演がシャープになるというか、もっとコアな本質的な部分だけをやりたいと思います。
■「自分に向き合い、使命として踊りたい」
ーーお一人で集中してリハーサルを進めていらっしゃるそうですが、どんな感じですか?
もの凄く孤独ですね……。いつも以上に。差し入れをしてくれる人もいないし(笑)。一人で笑ったりもしていますから。そこまで自分と向き合う時間があるのは試練で、アーティストにとって必要な時でもあるのかなと。今までお茶を濁すとは言わないけれど、なんとなく曖昧にしていた部分とがっちりと向き合うタイミングになったという気がします。今回の自分の裏テーマとしては、「自分がこれで生きていく」というところの腹を決めた決意みたいなものがより強く出るものになるんじゃないかなと。
そこでの良し悪しも出ると思うんです。制約の中でやっていることだから。でも言い訳ではないですけれど、こういう状況だから「自分がそこに最大限向かっていく」という心の底を自分なりに受け入れたい。自分を褒めるというか、そういうことがあってもいいのかなと思います。今まで自分に厳し過ぎるところがあったような気もするので。この公演をやるにあたって、失礼なものを出したくないとかそういうことも考えたんです。でも精一杯やればいいというか、そういうふうに自分に言い聞かせています。今アーティストのみんなは凄く大変なはずです。時に批判されたりするのも自分たちの仕事の一部でもあると思うんですけれど、大変な状況の中で、自分たちが自分を褒めてあげるというのも凄く大事なことではないかと今考えています。
ーー公演が迫っています。あらためて意気込みをお聞かせください。
日本では人前で踊ることができる状況が少しずつできています。ニューヨークにいて「無理かもしれない」というところからここまで来られたことに感謝していますし、凄くうれしい。夏頃でも今年中は踊るのが無理かなと思っていましたから。ダンサーというものは、お客さんがいて初めて成り立ちます。数か月前、この公演をどうしようかとオンラインでスタッフの人たちと話し合った時、「やろう!」と言ってくれて凄くありがたかったです。当り前ではないというか、今までとは違う感情になりました。会場が大好きな場所である横浜赤レンガ倉庫になったことにも縁を感じます。自分の使命としてやらせてもらうというか、そういう気持ちです。自分たちのフィールドにとっても辛い試練が続きますが、それを乗り越えていきたいですね。会場は、万全の安全対策でやりますので是非、ご来場ください​。
オンライン取材・文=高橋森彦

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