しなの椰惠 過激でいてピュアな共感
性を放つシンガーソングライター「ど
んなに傷ついても、いま私はそれを歌
にしてお金を稼ごうとしている(笑)

1stフルアルバム『世間知らず』の1曲目「16歳」から凄まじく心の奥深くをえぐり、揺さぶるような歌が全開でぶつかってくる。過激でいて、ピュアな共感性を放っている。生身の人間の怒りや悲しみや諦め、大人への反抗、束の間の幸せの裏にあった裏切り。そんな焦燥感に駆られながらも、生きるしかないんだという切実なる思いを、身を削るような生々しさで訴える。驚異のシンガーソングライター、しなの椰惠(読み:しなのやえ)に話を訊いた。
――初めまして。音源やYouTubeライブからは陰気でぶっ飛んだ人をイメージしていたんですけど、全然違いますね。
よくいわれます(笑顔)。ライブはステージに立った瞬間にスイッチが入って、“こっち見てんじぇねぇ”って、もっとゴリゴリした感じが出るんですけど。普段はこんな感じなんです。ふはははっ。
――……いまギャップに戸惑ってるんですが。まずは、なんて呼べばいいですか?
“椰惠ちゃん”でお願いします。普段“おい、しなの”としか呼ばれないので、こっちのほうが可愛いかなと思って。
――そんな乙女な部分もあるんですね。見た目も、こうして会うとCDジャケットやステージと違ってモデル系の美人さんですもんね。
ありがとうございます。痩せたらもっと綺麗になれますかね(ニッコリ)。
――こういう反応は普通の女子ですけど、やっている音楽を聴くと印象がガラッと変わって。自分は「16歳」にあるような、家にパパの彼女がきて、お金を握らされて家に戻るな、みたいな過激な人生経験はないですけど。聴いていると心がえぐられるような強い共感性が引き出され、感情がヒリヒリしだす。そんな衝動に満ちた表現力が爆発しまくってる音楽だと思うんですよ。
嬉しいですね。そんな風にいわれると。特に「16歳」は自分をえぐって、自分で自分の身を削って、その削られたカスで曲を作んなきゃという衝動で作った曲なんですよ。だから、これは作ってるときも歌ってるときもキツいものがあって。ライブで歌うと、その当時の自分に一瞬にして戻っちゃうんです。それを自分だけがしているのかと思っていたら、聴いた人にもそんな風に届くんですね。
――自分はそうでした。そんな椰惠ちゃんが音楽をやろうと思った理由は?
それこそ「16歳」に出てくるような環境の時期に、音楽が一番身近にあったからだと思います。パパが音楽がすごく好きだったので、ちっちゃい頃からいつも家では音楽が流れてたんですよ。中でもラッツ&スターが流れてたのはよく憶えていて。でも中学1、2年生になると、自分が興味を持ち出した音楽を自分から積極的に聴き出だすから、ラッツ&スターの記憶はどんどん薄れていって。パパとママが別れた頃には、家で音楽も流れなくなってたんですね。だけど、この「16歳」に書いた体験をして傷ついている当時、なぜか昔に家で流れてたラッツ&スターの「Tシャツに口紅」を思い出しちゃって。そのときやっと、この曲に含まれた意味も理解できたんです。それからは、パパのCDラックからCDをパクってきては自分の部屋で聴いていて。
――パクってって(苦笑)。
隣りの部屋にパパはいても断絶してたので、当時はパパのCDを聴いてるほうがパパを身近に感じたんですよね。それでアスワド、ボブ・ディラン、BOOWY、尾崎豊……と聴いていたら、その辺りから“好き”が“音楽って凄い”に変わっていったんですよ。音楽は変わらずCDラックの中にあるのに、歳ともに歌詞の意味やそのよさが分かっていくって凄いなと思って。それで、中学2年の頃、当たり前のことのように音楽を始めたんですよね。最初は人の曲をギターで弾いて。
――ギターは家にあったんですか?
お兄ちゃんが持ってて、“お前に売ってやるから金出せ”っていわれて買いました(笑)。
――家族間でパクったりお金巻き上げられたり。タフな環境で育ったんですね(笑)。
でも、それがなかったらギターは弾いてないですからね。エレキだったんですけど、それでパパのCDラックにあったザ・ブルーハーツとかRCサクセションを、それが有名なのかとか全然分かんないままコピーしてたんです。当時はまだネットも普及してなかったので。
――いや。いま22歳ってことは、その当時はもうネットは普通に普及してたと思いますよ。
えっ!? ウチだけ遅れてたのか(笑)。だから私は音楽もずっとCDプレーヤーで聴いてたんですよね。それで、高校1年のときに急にパパが安いアコギを“やる”って買ってきてくれたので、それで曲を作り出したんです。
期末テストよりもバイトできたら生活も楽になるのになってことを考えるようになったので、“ああ、これはもうダメだな”と思って高校は辞めました。
――なんで曲を作りたいと思ったんですか?
私は自分が好きだったり共感できる曲、“私だけじゃないんだ”って自分の気持ちを代弁してくれてるような曲をカバーしていて。当時は阿部真央さんとか尾崎豊さんとかめちゃくちゃ歌ってたんですけど。あるとき、誰のどんな曲を歌ってもいまの私とはちょっと違うと思っちゃって。自分を代弁してくれる曲がないなら自分で作んなきゃって作ったのが最初です。
――曲は言葉が先ですか?
いえ、メロです。自由帳に思いついた言葉を書き留めてあるんですけど。メロが浮かんだ瞬間、“あ、これはあの言葉だ”って思い浮かぶので、ノートのなかからその言葉を探して。そこから組み立てていく感じです。
――「16歳」には高校も辞めたというフレーズがありますけど。学校はあまり好きではなかったんですか?
中学はめっちゃ馴染んでましたよ。それは、私が通っていた中学がめちゃくちゃ頭がよくて、そこには自分をひけらかすような人間はいなくて、みんな真面目で優しい子たちだったから、楽しくて友達もいっぱいいました。だけど、私は学校では勉強ができないほうだったので、みんなはいい高校に行ったんですけど、私は偏差値が低い高校に進学して。高校に行ったら、周りがみんな子供っぽかったんですよ。自分の将来のことは何も考えずに“今日タバコ吸っちゃったぜ”“酒飲んじゃったぜ”って、くだらないことで盛り上がってるのが気持ち悪くて。私はすでにライブハウスに出入りしてたから、周りの誰かがタバコを吸ったりお酒を飲んだりしてるのは非日常ではなかったんですよ。だから、高校でそういうことを“こんなことやってる俺、すごくね?”って私にいってくるお前、ダサって見てたから。だんだん向こうも近寄らないし、私も近寄らない、みたいな感じになって。高校は楽しくなかったです。
――それで辞めちゃったんですか?
辞めた理由は人間関係ではないです。高3の夏。私はメンタル崩壊絶頂期で、家にも帰ってなかったんですね。うちのママは嵐のようなすっごい人で。そのママが去った後、私はパパとお兄ちゃんと3人で暮らしてたんですけど。それが超楽しかったんです。なのに、高2の頃、新キャラとしてパパの彼女が家に来だしたら、それまでの環境がガラッと変わっておかしなことになってしまって。お兄ちゃんは都内で一人暮らしをしだして、私は家でパパと彼女の生活音が聞こえるのさえすっごい嫌になっちゃって。もう家にはいられないなと思って、学校とバイト先とライブハウスを転々とするような生活をしだしたんです。でも、本当は心の底ではパパに心配して欲しくてそういうことをしてたんですど、家に帰らなくてもなにも連絡はなくて。それで、さらに私は“なんで?”ってなって。その辺で彼氏ができたんですよ。年上だったんですけど。
――それが「はじめてのキス」の人ですか?
あ……その人は別の人で、最悪な男でした(苦笑)。で、そのときにできた彼氏は年上のバンドマンで、一緒に暮らしだすんですよ。でも、私は高校生だったので夜10時までしか働けないから、そこまで稼げないんですよ。高3になると進路のことを聞かれるんですけど、そのときの私にとっては、未来のことよりも明日のご飯代をどうするかのほうが重要で。期末の数学のテストなんてどうでもいい、この時間バイトできたら生活も楽になるのになってことを考えるようになったので、“ああ、これはもうダメだな”と思って高校は辞めました。
――お父さんに援助を求めることはしなかったんですか?
パパの彼女にいえばしてくれたでしょうけど、いいませんでした。だって悔しいじゃないですか。その人から何かをもらうなんて。だから、家でご飯を出されても1回も食べなかったんですよ。“外で食べてきた”って嘘ついて。
大人になったらいつかは絶対この嫌いなパパのことを許したい。それを願って書いた曲です。まだ無理ですけど。
――そうでしたか。学校を辞めてからは音楽にどっぷりと?
いえ。超バイトしてました。生きていくために。それでいっぱいお金を稼いで、休みの日はご飯を作って彼の帰りを待って。おかずは全部もやしだけど(笑)、貧乏なりに誰かと食べるご飯って美味しいんですよ。家を出るまでは一人でコンビニ弁当を食べる毎日だったから、誰かのために料理をしたり、誰かと一緒に食べたりというのがすっごい幸せで。でも、幸せだと曲が書けなくなって、音楽から一時期離れちゃってたんですよね。
――日々が幸せで満たされ過ぎて?
ええ。部屋は床がコンクリートで周りは全部窓だったから、冬とかめっちゃ寒いんですけど。それでも2人でくっついて暖をとっていれば幸せで。そのときは2人で尾崎豊さんの「Oh My Little Girl」を永遠に聴いてました(笑)。
――幸せじゃないときのほうが曲は生まれるものなんですかね。
だと思います。自分が暗いときって明るいものが欲しいじゃないですか。だから、自分がしんどいときは明くなるような曲、誰かを抱きしめてあげたくなるような曲、スキップして帰りたくなるような曲ばっかり作るんですよ。「駄目なあなたのまま」に入ってる言葉はそういうものからとってきました。「16歳」は、自分のダークなところがめちゃくちゃ入ってますけど。ああいうものは、自分が一番しんどいときじゃなくて、それがちょっと落ち着いた時期にやっと書けるんです。あのときの痛み、苦しを自分に貯金しておいて。苦しいときにそれを出しちゃうと止まらなくなってしまうから、冷静にそのことを見られるようになったときに初めて書けるんですよ。
――「父の唄」はどんなときに書いたものですか?
これは優しい歌なので、パパのことが一番嫌いな時期に書いた曲ですね。“家に帰って来るな”っていわれているこの状況、パパは私のことどう思ってるんだろう?って。“嫌い”ばっかりが募って私も家に帰らないから、本人にはそれを聞けなかったんです。けど、大人になったらいつかは絶対この嫌いなパパのことを許したい。それを願って書いた曲です。まだ無理ですけど。音楽活動をしていることも知らないんですよ。でも、ライブで歌うときは、いつ届くか分からないパパのこともちょっと考えて歌っちゃうかな。「父の唄」はこのアルバムの中で一番若い頃に書いた曲だから、なんか恥ずかしいですね(照笑)。
――そういう可愛らしい部分がありながらも、「ライアー」とか、巻き舌でいかつく歌っちゃうのはなぜなんですか?
「ライアー」、巻きまくってますよね(笑)。たぶん怒ってるからだと思います。
――“あの子”を選んだ男に対して。怒りながら、ファンデも下着も新しいのに変えてやるという発想はバリバリ女子で(笑)。
下着はみんな変えますよね。? 別れたら。次に好きな人ができたら、悪いことしてる気分になりません? 洗濯はしてるけど、お下がりを見せてる気がして。だから、別れると下着を全部新しくするのでお金がかかるんですよ。
――この曲のタイトルはなぜ「ライアー」なんですか?
「ライアー」は“クソーッ”て怒ってる曲だけど、本当はまだその男の子のことが好きで。まだ好きだっていいたくないから「ライアー」なんです。私はなにかに対して怒っているとき。マイナスな感情から曲が書くことが多いから、恋愛ソングは悲しいものが多いんですけど。
――「世界は、どうかこのままで」も、幸せなのに主人公は彼に“何度も聞いてごめんね”といって2人の未来を確認しまくる。
これは「Oh My Little Girl」を聴いていた頃の歌ですけど(笑)。この歌の主人公は、永遠はない、いつか別れはくる、だからいまを生きようとする切実な歌ですね。でも、最近は恋愛ソングはあまり書いてないんですよ。そんなことよりも、普段生きていて世の中は悲しいニュースばかりだし。自分が考えなきゃいけないことも多いし。
――アルバムラストの「素晴らしい世界」は、まさにそういう曲ですよね。
これが一番最近書いた曲で、いまはそっちにいってます。誰もいわないけど、誰でも知っている感情が世の中にはたくさんある気がしていて。それをどうにかこうにか自分なりに曲や歌詞にしたいなというのが最近の曲作りですね。たぶん、恋愛してないからだと思うんですけど(笑)。
――はははっ。「素晴らしい世界」は詰め込んだ歌詞を語るような歌が独特でしたね。
これはいいたいことがありすぎてメロディに入りきらなかったんです。だけど言葉は一つも削れないから、メロをなしにしたんです。
全曲、超応援歌です。どんなに傷ついても、いま私はそれを歌にしてお金を稼ごうとしているし(笑)。こんなに人間図太く生きられるんだから。
――「16歳」のように傷ついていたり、「舌を噛んでしねるほどには、」のように誰にも見せられない醜いコンプレックスを抱えていたり。アルバムに出てくる主人公は様々な痛みや悲しみを抱えていますけど。
悲しいこととか傷ついたこととか、痛みは誰しもが持っていて。私も“あなたより大変な思いをしてる人はたくさんいるよ”というコメントをもらったりしますけど。どっちが辛かっただとか、痛みを誰かと比べるのは本当に不毛で、なんの意味もないんですよ。もっと辛い人がいるといわれても、いま私これが辛いんだよ、キツイんだよっていう歌なんです、私の歌は。だから“分かるわ、その辛さ”っていう共感じゃなくてもいいんです。“ああー、そういうときがあったな”ぐらいでいい。キツイとき、その辛さを自分で受け止めるのがしんどい人に“私はこんなことあったぜ。でも、今日もこうして生きてるよ”というのが「16歳」や「世界よ、どうかこのままで」とかで伝えられたらなと思ってます。
――ああ。そこは「駄目なあなたのまま」で一番感じました。生きてればなにかある。だからもがきながら生きるよって。結局はどんなことがあっても、人はこうして生きていく。このアルバムはこんなにヒリヒリしながらも、もがいて生きろっていうことを伝えてる作品なんですね。
はい。全曲、超応援歌です。どんなに傷ついて、当時世界は終わったと思っていても、いま私はそれを歌にしてお金を稼ごうとしているし(笑)。こんなに人間図太く生きられるんだから、絶対みんな大丈夫だよというアルバムです。
――将来、どうなりたいですか?
私には目標があって。自分が好きになったバンド、アーティストができると、この人は昔、誰が好きだったんだろう?って遡るじゃないですか? そこにしなの椰惠があったら私はその人の音楽の歴史の一部を作ったことになるじゃないですか。そういう風になりたいです。
――椰恵ちゃんのなかの尾崎豊のような。
そうですね。私が生まれる前に亡くなってるから、人生は少しもかぶってないんですけど。それなのに、例えば「ダンスホール」の歌詞。ダンスホールなんて私たちの時代では行ったことないんですけど、この曲でなにを伝えたいかというのはすっごい分かって。生きた時代は一瞬もかぶってないのに私に分かるって、この人ヤバくない? っていうのが私の尾崎の始まりなので。そんな風に、聴いた人の音楽人生の一部になるのが目標です。
――そして、12月4日には初ワンマンが控えていますが。ここではどんなライブをしたいですか?
私もバンドメンバーもバッキバキに仕上げていって、出せるもの全部出すので観に来てほしいです。人生初のワンマンライブなので、どうなるか分からないですけど。でも、ライブも人生も、どんなにミスってもなんとかするので。なんとかしてきたし、いままでも。っていうのがあるから、全然なにがあっても大丈夫です。昔、貧乏すぎて水道止められたときは、茹でる前の蕎麦の乾麺をそのまま食べてたときもあったし(笑)。私はどこに行っても絶対に生きていける自信はあります。もう何があっても大丈夫。そういうのを考えると、苦労しといてよかったなと思います。そんじょそこらのことでは傷つかないし、絶対にへこたれませんから。なので、ライブも楽しみにしてて下さい。

取材・文=東條祥恵
しなの椰恵

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