三谷幸喜演出で開幕したニール・サイ
モン『23階の笑い』の作品背景に迫る
~「ザ・ブロードウェイ・ストーリー
」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

☆番外編『23階の笑い』

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 
2020年12月5日、 シス・カンパニー公演/上演台本・演出=三谷幸喜の『23階の笑い』が、東京・世田谷パブリックシアターで開幕した。連載「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」では番外編第2弾として、その『23階の笑い』をフィーチャーしよう。脚本は、アメリカの国宝的コメディー作家ニール・サイモン(1927~2018年)。テレビのコント作家としてショウビズの世界で活躍を始めた、彼の想い出をベースにしたコメディーで、ブロードウェイでは1993年に上演された。ここでは、作品の舞台となる1950年代の放送業界を中心に、作品のバックグラウンドを解説しよう。
劇作家ニール・サイモン(1960年代中頃)
■黎明期のテレビジョン
 最初に、テレビの歴史を簡単に説明しておこう。アメリカ3大ネットワークの中で、まずNBCとCBSが1941年7月に本放送を開始。ABCは、少し遅れて1948年に開局する(日本では1953年に、NHKと日本テレビが放送開始)。
 草創期は番組編成に苦労した。ニュースやスポーツ中継だけでは、時間枠が持たないのだ。そこで登場したのがヴァラエティ番組。人気歌手やコメディアンら、文字通りヴァラエティに富んだ顔触れを次々に出演させ、幅広い視聴者層の獲得を狙った。ただ、様々なエンタテインメントの形態を見せるこのスタイルは、1800年代末から1930年代にかけて一世を風靡した、ヴォードヴィルの舞台やブロードウェイのレヴューがルーツ(本連載VOL.1&2参照)。歴史は繰り返す。
本放送を開始する前に、試験放送を行っていたNBCのスタジオ(1938年頃)。左端は、俳優のエディ・アルバート(映画『ローマの休日』のカメラマン)。
 テレビが生んだ最初のヒット番組が、1948年にNBCが放送開始した『テキサコ・スター・シアター』(テキサコは石油、燃料メーカー)。ホストはコメディアンのミルトン・バール(1908~2002年)で、アメリカでは「ミスター・テレビジョン」と謳われた大スターだった。バールが司会を務め、ゲストのソング&ダンスや持ち芸を紹介するこの番組では、彼自身コントにも登場し、珍妙な衣装に身を包み派手なドタバタを展開(好んで女装した)。またヴォードヴィル出身で百戦錬磨の彼は、観客やゲストをイジり倒すアクドい芸風で鳴らした。
ミルトン・バール。葉巻がトレードマークだった。
■シド・シーザーの時代
 そしてバールに続き、テレビ界を席巻したコメディアンがシド・シーザー(1922~2014年)だ。彼こそが、放送作家時代のニール・サイモンが参加した、NBCのコメディー・ヴァラエティ番組『ユア・ショウ・オブ・ショウズ』(1950~54年)と、『シーザーズ・アワー』(1954~57年)の主役。『23階の笑い』は、シーザーをモデルにしたコメディアン、マックス(今回上演の翻訳版では小手伸也)のオフィスに集い、彼を中心にコント創作に明け暮れた日々が綴られる。
シド・シーザーの名場面で構成されたDVDのジャケット(輸入盤)。右がシーザー、隣は『シーザーズ・アワー』(1954~57年)で共演したナネット・ファブレイ(映画『バンド・ワゴン』)。
 バールとシーザー。アメリカのテレビ黄金期を代表する2大巨人だが、その芸風はやや異なる。ヴォードヴィルで鍛えた悪達者なMCと身体を張った体技を得意としたバールに対し、シーザーの芸はややインテリ向け。素で喋るのが苦手だった彼は、多彩な役を演じ分けられるコントで精彩を放った。十八番は、かつてのタモリのようなインチキ外国語。ドイツ語にイタリア語、フランス語を、コントの中で、いかにもそれらしく操り好評を得た(もちろん英語が時折混じる)。ちなみに日本語もレパートリーに入っており、あのピンク・レディーが1980年に渡米し主演した番組では、ミー&ケイを相手にサムライ・コントを演じていた。
シーザーとバールが出演した、コメディー映画『おかしなおかしなおかしな世界』(1963年)の一場面。左端がシーザー、右から2人目がバール。中央はブロードウェイの女王エセル・マーマン。
 一方、2人の共通点はアドリブのスキルだった。当時彼らの番組は生放送。本番中に頻発するアクシデントに即対応し、それを笑いに転化出来る芸人の腕が高く買われたのだ。特にセリフ覚えの悪いシーザーは、アドリブで繋ぐケースが多かったようだ。
■コメディー界を担う大物が集結
 現在ではバールの番組より、シーザーによる前述の2番組の評価が高い。これは、本作『23階』にも大きく関わる事実だった。ヴォードヴィルの時代から受け継いだ、ベタなコメディーに徹したバールに対し、シーザーの許には若く優秀なギャグ・ライターが集ったのだ。彼らは、公開中の映画や人気番組を皮肉を効かせてパロディー化し、テレビならではの新しい笑いを追求した。
 さらに特筆すべきは、彼らの中から、後に大成する逸材を何人も輩出した事。ブロードウェイで成功したサイモンを始め、『ヤング・フランケンシュタイン』(1974年)など、喜劇映画の秀作を監督したメル・ブルックス、映画『トッツィー』(1982年)の脚本でアカデミー賞にノミネートのラリー・ゲルバートら、アメリカのコメディーに貢献した面々がしのぎを削った。
 またシーザーの才能に心酔したサイモンは、後年ブロードウェイ・ミュージカル『リトル・ミー』(1962年)の脚本を手掛けた際、7役を演じ分ける難役に彼を推薦。シーザーも期待に応え名演を披露し、トニー賞主演男優賞にノミネートされた。
『リトル・ミー』(1962年)のオリジナル・キャスト盤(輸入盤CD)。〈リアル・ライヴ・ガール〉など佳曲が多く、シーザーは味のあるヴォーカルを聴かせる。作曲はサイ・コールマン。
■追憶の愛すべき変人たち
 本作では、生放送のプレッシャーから暴飲暴食を続け、やがてアル中、ドラッグ漬けとなるマックスをライターたちが気遣うが、これも事実に即したエピソードだった。後にシーザーは自叙伝で、彼同様にアルコールと薬物に溺れ、47歳の若さで急逝したジュディ・ガーランドと、同病相憐れむ仲で親しかった事、加えて常習癖を完全に断ち切るまで、30年以上を要した事実を告白している。彼にとってテレビ出演は、局の上層部のクレームや視聴率に翻弄され、神経をすり減らしながらの仕事だったのだ。
1982年に出版されたシーザーの自叙伝「俺は一体、今までどこへ行っていたのだろう?」。
 しかしさすがはサイモン。個性的なコメディアンとライターたちが、高射砲の如くジョークの応酬を交わしながら、同僚の発言に執拗にツッコみ、揚げ足を取り、それに相手も負けじと報復する件は、上質のコントを観るような爽快さ。爆笑必至なのだ。普段の会話を、コメディーに昇華させるサイモンの作劇術は、喧嘩別れしたコメディー・チームの物語『サンシャイン・ボーイズ』(1972年)などで実証済みだが、その巧みさに改めて感嘆する。加えて、「自分にとって最も面白かった時代を、記録しておきたかった」と彼が語ったように、20代の頃に遭遇した、才気溢れる変人たちへの眼差しが温かく、観ているこちらも胸が熱くなる。
ネイサン・レインが再び主役を務めた、テレビ版『23階の笑い』(2001年)。日本では上記の長いタイトルでビデオ・リリースされたが、惜しくも未DVD化。
 最後に上演歴に触れておこう。『プロデューサーズ』(2001年)のネイサン・レインが主役のマックスに扮した、1993年のブロードウェイ初演以降、2001年にはスタジオ収録のテレビ版が放映(こちらもレイン主演)。その後1996年にロンドンでは、メル・ブルックス作品の常連ジーン・ワイルダー主演で上演されている。
 日本ではテアトル・エコーが、熊倉一雄のマックスで1999年に初演。以降、錦織一清演出、ふぉ~ゆ~の主演で2016年に上演された(翌年再演)。そして今回は、ニール・サイモンを敬愛して止まない三谷幸喜の上演台本・演出。放送作家としてスタートした彼にとっても、自らの経験と重なる、思い入れの強い作品となりそうだ。
シス・カンパニー『23階の笑い』より。左から小手伸也、浅野和之、山崎一、瀬戸康史、梶原善、鈴木浩介、松岡茉優 (撮影:宮川舞子 写真提供:シス・カンパニー)
文=中島薫

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