スピッツが一夜限りのワンマンを収め
た"映画"『スピッツ コンサート 202
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スピッツ コンサート 2020 “猫ちぐらの夕べ”』
現在、12月21日から1月31日まで、映画『スピッツ コンサート 2020 “猫ちぐらの夕べ”』が毎日上映中である。そもそもこのコンサート、11月26日に東京ガーデンシアターで収録された、いわゆる“配信ライブ”なのだが、“映画”と呼ぶには理由がある。これはスピッツにとってほぼ1年近く振りの有観客ライブで、リアルタイムの生配信は行われていない。あくまで一夜限りのコンサートだったものを、編集作業を経て一本の映像作品に仕上げる工程を踏んでいる。中身はほぼノーカットのはずだが、その姿勢はやはり“映画”と呼ぶにふさわしい。だから通常配信ライブのようにアーカイブという形をとらず、毎日決まった時間に合わせて“上映”される。どこかアナログな、しかしスピッツらしい、こだわりの映像作品というわけだ。
コンサートは、おそらく(いや、彼らのことだから間違いなく)マスク着用で着席限定の観客を意識したのだろう、座っていても楽しめるような、ゆったりとしたグルーヴの楽曲で幕を開ける。1曲目は「恋のはじまり」。ステージ後ろには、ジャングルジムを大きくしたような、アート作品のような、立方体のオブジェがでんと構える。サポートのクジヒロコ(Key)も含め、メンバー全員がモノトーンのシックな装いで、草野マサムネ(Vo/Gt)は黒いハットで決めている。
久々の有観客コンサートで「要領がわからない(笑)」と、マサムネはこのあとのMCで語っていたが、それがかえって丁寧で聴きやすい歌に繋がっているかもしれない。「ルキンフォー」「空も飛べるはず」と、とにかく音がクリアで、楽器の音もよく聴こえてくる。カメラワークは「かゆいところに手が届く」といった感じで、メンバーの手元や表情も鮮明に映してくれる。美しく透明度の高い照明が、目に優しい。やはりこれは“映画”だと思う。
「楽しい夜にしますので、最後までごゆるりとお楽しみください」
セットリストは、実に幅広い。1995年の「あじさい通り」をやったかと思えば、2013年の「小さな生き物」に飛んだり、1999年初収録の「魚」に戻ったりする。しかも、シングルヒットというよりも、アルバムの人気曲や隠れた名曲、といったスタンスの曲がかなりあって、近年のファンはもちろん、年季の入ったファンにも新鮮に響くのではないか。そしてどの年代であっても、スピッツの楽曲には独特の隙間がたくさんあり、聴きながら思い出にひたっても、ぼんやりと空想を広げても、すべてを包み込んでくれる包容力がある。
「スピッツは結成33年、来年(2021年)3月でデビュー30年になります。続けてこられたのはみなさんのおかげです。ありがとうございます」
デビュー当時の昔話に花が咲き、マサムネと三輪テツヤ(Gt)が軽妙なトークを繰り広げるMCタイムに、田村明浩(Ba)が「これが楽しい」と、本音のひとこと。メンバー自身も、久々のコンサートを心から楽しんでいるようだ。メンバーいわく、およそ10年、いや20年ぶり?に演奏する曲「ハートが帰らない」がある。「猫になりたい」のような、スピッツの得意技の、マサムネがリフを弾き、三輪がアルペジオを刻む、ネオアコ風のシンプルな味わい深さがじんわりと胸に沁みる曲もある。MCではマサムネが、なぜか「緊張を解くための正しい呼吸法」について語っている。吸うよりも、吐くほうを意識するのがいいらしい。なるほど。観客はみんな、マスクの下に笑顔をしまって、このゆるやかな時間を堪能している。
中盤で披露された新曲「猫ちぐら」は、2020年にスピッツがリリースした唯一の曲で、ステイホーム期間中にリモート制作された、まさに2020年の思いを集約した1曲だ。それが「元気を出そう」でも「明日がある」でもなく、「猫ちぐら」というのがいかにもスピッツらしい。猫ちぐらとは、稲わらを編んで作った猫用の寝床のこと。猫ちぐらのように、平和で安全な場所をコロナ禍に奪われそうになっても、「優しい景色描き加えていこう」とゆったりと歌う。これがスピッツ、これぞスピッツ。
後半は、「楓」で、クジヒロコがスポットを浴びて華麗なプレーを披露したり、「みなと」で、ミラーボールがキラキラきらめいたり、1曲ごとに華やかな見せ場が訪れる。そんな中で終始一貫、タイトなリズムを刻み続ける、﨑山龍男(Dr)は本当に頼もしい男だ。「正夢」など、立ち上がらなくても盛り上がる曲もやってくれる。きっと誰もが、マスクの下で、心の中で、口ずさんでいるだろう。アンコールも含めておよそ2時間近く、猫が猫ちぐらで過ごすような、平和で安全なひとときがそこにあった。そういえば、マサムネいわく、この東京ガーデンシアターというできたばかりの会場は、全体の丸っこいフォルムが、猫ちぐらに似ているらしい。なるほど。
「いい空間をいただいて、一人一人にありがとうと言いたいです。こんなゆるいバンドですけど(笑)、これからも面白い歌を届けようと、頑張っていきます」
アンコールでは、1991年の「ウサギのバイク」を歌って、筆者のような古いファンを喜ばせつつ、ラストは「ハネモノ」で、にぎやかなフィナーレ。座っていても、声を出せなくても、会場いっぱいのクラップが、会場を埋めた観客のときめく思いを雄弁に物語る。ひとつ前のMCで田村が語った、「いろいろ制約があるから、いつもと違うと思ったけど。みんながいてくれるだけで、ライブだよ」という言葉が、素直にすとんと胸に落ちる。
この映画は、2021年1月31日(日)まで、連日上映される。そして1月4日(月)からは、TBS『NEWS23』の新エンディングテーマを、スピッツが担当することも発表された。ゆっくりと、少しずつ、平和で安全な日々を取り戻すための確かな歩み。そこにスピッツの優しい歌が流れていれば、それはとても素晴らしいことだと思う。

取材・文=宮本英夫 撮影=中野敬久

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