パリで研鑽を積み、演奏活動60周年を
迎えるピアニスト池田洋子に聞く

クラシックファン、とりわけショパンやシューマンなどロマン派のピアノ曲が好きな人にとって、アルフレッド・コルトーという名前は、特別な名前ではないだろうか。
1905年には、パブロ・カザルス、ジャック・ティボーと共に「カザルス・トリオ」を結成して名声を高め、後進の育成という点では、ディヌ・リパッティやサンソン・フランソワなどの名ピアニストを育てたことでも知られる。
そんなコルトーが創立したパリ・エコール・ノルマルで、直接コルトーから指導を受けたピアニスト 池田洋子が、演奏活動60周年記念演奏会で、大阪フィルをバックにショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏するという。
大阪フィルハーモニー交響楽団と共演(2016.11.6)  写真提供:みつなかホール
池田洋子にコルトーとの思い出など、当時の貴重な話を聞いた。
―― コルトーのショパン、特に「24の前奏曲」や「バラード」はよく聴きました。
コルトー先生の演奏スタイルは大変独特で、即興的な表現力を持っておられます。それが演奏会では、とても魅力的な自然に生きた音楽として伝わりますが、CDでは作為的な表現に聴こえることがあり、余り好きではありません。
―― 確かにテンポルバートや間の取り方なんかは、やり過ぎのようにも思います。
先生自身は、そういう左右をずらしたりするような演奏をとても嫌っておられました。生徒がそういう演奏をすると、ちゃんと楽譜通りに弾くように指示されていましたね。しかしご自分で弾く時には気分的にそうなるのでしょうか(笑)。
―― 池田さんは日本では、井口愛子さんに師事されていたそうですね。中村紘子さんのエッセイなどにも頻繁に登場する、レッスンが厳しい事で有名な方ですね。
評論家 野村光一さんの紹介で、高3の時に門下生にしていただきました。井口先生が何か弾いてみなさいと言われたので、ショパンのエチュードを弾いたのですが、開口一番「あなた、ピアノ弾くのを怖がらないわね」と言われ、たいへん可愛がってもらいました。日本音楽コンクールの時は1週間ほど、東京芸大の受験の時も発表まで3週間、先生のお宅に泊めていただき、本当に厳しくも可愛がっていただきました。
大阪フィルと共演。コンサートマスターは田野倉雅秋(2016.11.6)  写真提供:みつなかホール
―― 大学は井口さんがおられた桐朋学園ではなく、東京芸大を受験されました。
はい、井口先生には学外で見て頂けるので、桐朋ではなく芸大を受験しました。芸大では作曲家でもある宅孝二先生に師事しましたが、先生はあまり学校にお越しにならず(笑)、そのうち、井口先生も病気になられ、誰にも教わることが出来なくなりました。こういったハプニング、私の人生にはつきものです(笑)。そんな時に、父親の勧めもあってフランスに留学する事に決めました。
―― いきなりその展開でフランス留学というのもすごいですね。
「文化の都はパリにあり!フランスにでも行ってみるか⁈」と父親の勧めでフランスに行くことにしました。今から思うと、あの時代に一人娘をフランスにやる父親もすごいですね。しかも、行きたいからと言ってフランスに自由に行ける時代ではありませんでしたから。
―― 文部省の留学試験が有ったそうですね。まさに国を代表して留学する感じですね。
文部省の試験を受けて行くのですが、当時フランス留学をしていたのは田中希代子さんや、日本の音楽コンクールで優勝して、何度もリサイタルを開いているようなすごい人ばかりでした。フランスの事は何もわからないので、原智恵子先生に相談して、ジュル・ジャンティ先生を紹介していただいたのですが、このジャンティ先生との出会いが無ければ今の私は無かったでしょう。今の私のテクニックの基本を教えて頂き、大変お世話になりました。
コルトー先生、ジャンティ先生には、本当にお世話になりました。  写真提供:みつなかホール
―― パリではコルトーが創立したパリ・エコール・ノルマルに入学されました。
パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)に入りたいと思ってパリに渡ったのですが、ここでもハプニングがあって、すんなり入学できませんでした(笑)。その時に、ジャンティ先生が、コルトー先生に会わせてくださって、あなたはコンセルヴァトワールよりパリ・エコール・ノルマルの方が向いているよとアドバイスをくださったのです。コルトー先生は私にはあまり細かなことは仰らず、音楽的にのびのび弾かせて下さいました。ジャンティ先生が最終的に、パリ・エコール・ノルマルの入学手続きを進めてくださいました。
―― なるほど。実際にフランスでジャンティやコルトーから、何を学ばれましたか。
脱力してピアノを弾くことですね。日本人はみんな、肩や手首に力が入り過ぎます。もちろん、脱力しただけではピアノは弾けません。どの瞬間にどのくらい、どこに力を入れるのかを学びました。もちろん、長年に渡って自分なりに工夫して来ましたが、今の年齢までピアノを弾き続けていられるのは、それがあってのことだと思います。私がフランスに渡ったのは1956年のこと。コルトー先生が亡くなられたのは1962年。見て頂いたのは、先生の晩年のことでした。ご自身のメソッドも出版されていますが、技術はあくまでも、音楽を表現するための手段であって、メソッドを強制されることはありませんでした。大切なのはその楽譜に秘められた感情や情景を感じ取って、それをいかに聴衆に伝えるか。すなわち、演奏する本来の意味をいろいろな曲を通して、示して下さったように思います。
シューマンの「アベック変奏曲」を診て貰った時には、「とてもいい音楽なので、是非あなたのレパートリーに加えなさい」と言って頂きました。この曲、久しく弾いていなかったのですが、昨年のリサイタルで演奏しました。さらっていると、多くの新しい発見がありましたが、当時のことを懐かしく思い出しました。
―― 今、話に出ましたが、コロナ明けの昨年10月にもリサイタルをされているのですね。
そうです。この歳になって、こんなにも演奏する機会をいただけていることに感謝しかありません。先ほども申し上げた通り、ここまで、色んなハプニングを経験して来ましたが、必ずその状況を救ってくれる、大切な人との出会いもありました。最近では、田野倉雅秋さんとの出会いも特別なものです。田野倉さんが大阪フィルのコンサートマスターをされていた2016年に、秋山和慶さんの指揮でモーツァルトの21番のコンチェルトを演奏したのですが、「室内楽はお好きですか?」と田野倉さんから気さくに声をかけていただきました。それが本当に形となって、2019年のリサイタルでは、モーツァルトのヴァイオリンソナタ第40番と、ベートーヴェンの「大公トリオ」を田野倉さんと大阪フィルのチェロトップ奏者の近藤浩志さんと一緒に演奏させて頂きました。
田野倉雅秋とヴァイオリンソナタを共演する池田洋子(2019.1.27)  写真提供:みつなかホール
そして昨年は、シューベルトの「鱒」を、田野倉さんと素敵な若手演奏家の方たちと一緒に演奏させて頂きました。どちらも、大変楽しかったです。田野倉さんには、拠点を東京に移された今でも、リサイタルに花を添えて頂き、本当に感謝しています。
池田洋子ピアノトリオ(2019.1.27)  写真提供:みつなかホール
―― 素敵な出会いの数々、それはすべて池田さんのお人柄によるものだと思います。お話を伺っていてそれを実感しています。成功される方々は、必ずその人をサポートをする方が現れるものですね。
ところで、今回のリサイタルはオールショパンプログラムですが、ショパンはお好きですか。
大好きです。ショパンの音楽は、よく言われるように美しいだけでなく、ポエムがあると思います。常に祖国ポーランドを思いながらも、病弱なショパンはそこに居れなかった。ショパンは武器ではなく、音楽で祖国解放のために闘っていたんだと思います。マズルカやポロネーズといったポーランドの民族音楽をあのような美しい芸術作品に昇華させました。私自身、パリで勉強中にも当然ショパンの作品は弾いていましたが、やはり、一度ワルシャワに行ってみたいと思い、日本に戻る直前の1960年に、ショパンコンクールに出場しました。
―― ええ、ショパンコンクールですか!1960年というと、ポリーニが優勝した年ですね。
はい、そうです。当時、ポーランドに入国する事は難しかったのですが、ショパンコンクールに出場すればビザが取れることを知りました。「それじゃ、受けよう!」本当に思い付きです(笑)。ちょうど前年に行われたマリア・カナルス国際コンクールで1位なしの2位を受賞していたので、書類審査は通りました。コンチェルトを用意する必要があったので、ショパンの2番のコンチェルトを選びました。2次まで通過しましたが、そのことより、本来の目的であるショパンの生家や聖地を見学出来たことが嬉しかったですね。
大阪フィルとの演奏を終えて。指揮者 秋山和慶と握手をする池田洋子(2016.11.6)  写真提供:みつなかホール
―― そして翌1961年2月に、朝比奈隆指揮の大阪フィル定期演奏会で、ショパンの協奏曲第2番を演奏されました。
ショパンのコンチェルトでは、2番の方が好きです。第1楽章の冒頭から、壮大で華やか、はっきりしているのは1番だと思いますが、第2楽章、第3楽章の美しさと云ったら断然2番ですね。今回、演奏活動60周年の演奏会ということで、60年前にこの曲を弾いた大阪フィルをバックに、当時と同じ2番のコンチェルトを演奏させて頂けるのは大変光栄です。指揮は私から牧村邦彦先生をリクエストさせて頂きました。牧村先生はオペラを得意とされている指揮者らしく、歌心に溢れた音楽的な指揮をされます。一緒に演奏出来たら楽しいだろうなぁと思っていたら、プロデューサーの方が、私の願いを叶えてくださいました。
ザカレッジオペラハウス管弦楽団 正指揮者 牧村邦彦
―― それは演奏会が楽しみですね。池田さんは60年もの間、第一線でピアノを演奏して来られました。長きに渡りピアノを弾き続けられる秘訣を教えて頂けますでしょうか。
それはもう、ピアノが好きだということに尽きる思います。70歳を過ぎると指が動かなくなると言われていますが、自分に合った弾きやすい形を見つけると、比較にならないほど弾きやすいです。そこから現在までは、とても良い状態が続いています。ピアノは誰かと一緒にアンサンブルするのも楽しいのですが、一人で完結出来るところが好きです。自分の指で変化に富んだ音色を作れます。あの世でも、また、生まれ変わってもピアノを弾きたいと思います(笑)。
―― 最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。
60年も現役で演奏して来れたのは、ここまでの間に出会った皆さまのお陰です。全ての出会いに感謝し、大好きなショパンの作品を一生懸命演奏させて頂きます。今は、なかなか演奏会などには出掛けにくい状況だと思いますが、もしよろしければ、会場にお越し頂けると嬉しいです。みつなかホールで、皆さまのお越しをお待ちしております。
大変な時期ですが、皆様のお越しをお待ちしています。  写真提供:みつなかホール
取材終了後、ピアノを演奏している写真撮影をお願いしたところ、何を弾きましょうか⁈と呟きながら演奏されたのが、ショパンのピアノ協奏曲第2番の第2楽章の一部。そのみずみずしい音楽といったら…。思わずため息が漏れたほどだ。
ショパンの初恋の物語。2番第2楽章のみずみずしい響きに心を奪われ…     (c)H.isojima
その池田洋子が、今回の演奏会の指揮者に指名したのが、オペラ指揮者として知られる牧村邦彦。日本でいちばんオペラを指揮している牧村が、昨年、コロナ明けに指揮した みつなかオペラ の景山伸夫作曲「満仲~美女丸の廻心」は、昨年度の文化庁芸術祭賞優秀賞を受賞した。
自身、還暦を超え、指揮者として充実の一途を辿る牧村邦彦が、今回のコンサートに向けてメッセージを送ってくれた。
「池田先生からのご指名で、有り難くも共演させて頂きます。しかも大阪フィルを初めて指揮をさせて頂くことになりました。大変光栄です。僕はずっと劇場付きの指揮者に憧れていたのですが、外国で勝負する根性も知力も縁も財力も無かったので(笑)、地道に国内でオペラの道を歩んでいたら、還暦を過ぎてしまいました。ヨーロッパの劇場付きの指揮者なら10年程でレパートリーに出来そうな曲も、日本でやっていると何十年もかかります。普通にヨーロッパの指揮者が歩む道を求めて、これだけオペラを振ってきたことを、実は、結構満足してるんです、自分の来た道を。
そして、なんと今頃になって、心からシンフォニーを振ってみたいと思って来ました。恥ずかしながら…(笑)。今回、メインは池田先生ですから、先生に輝いて頂けるように全力でサポートします。大阪シンフォニカー(現在の大阪交響楽団)にいた頃、100人以上のソリストと様々な協奏曲をご一緒しました。至福の時間も、スリル満点な時間も沢山ありました。今この歳になってソリストの影武者として作品の魅力を掘り下げる事が出来るのがとても嬉しいです。この歳、なんて書きましたけど、池田先生は音楽界の大先輩ですし、ビックリするくらいみずみずしい音色で攻めまくって来られます。先生の膝下にも及ばない芸歴ですから、まだまだ僕も攻めますよ(笑)。」
池田洋子さんが奏でるピアノを、全力でサポートします!
池田洋子の演奏生活60周年を記念するリサイタルは、前半にオペラ指揮者 牧村邦彦の指揮、大阪フィルの演奏で、ショパン作曲、ロイ・ダグラス編曲「レ・シルフィード」、池田洋子のピアノ独奏で、ショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」を演奏した後、後半、ショパンのピアノ協奏曲第2番が演奏される。
齢80を過ぎても、みずみずしさを失わない池田洋子のピアノの響きを、ぜひコンサートホールでお聴きいただきたい。往年の巨匠アルフレッド・コルトー譲りのロマンチックかつ気品あふれるピアノの響きは、聴く者を魅了することだろう。
取材・文=磯島浩彰

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