立山ひろみ(演出)×大沢健(主演)
「新 かぼちゃといもがら物語」第5弾
『神舞の庭』は神楽を通して地方都市
や地域、都会が持っている問題が浮き
彫りにする

黒テントでデビューし、ひとりユニット「ニグリノーダ」を主宰する演出家・立山ひろみ。2015年10月から、故郷・宮崎県のメディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)の演劇ディレクターを務めている。就任時からスタートしたシリーズ「新 かぼちゃといもがら物語」第5弾の『神舞の庭』で同シリーズとしては初めて東京公演を行う(残念ながら昨年12月の東京公演はコロナ禍のために中止になり、オンライン配信することになった)。
しっかり者の女と、頼りなくお人好しな男のことを表す宮崎の方言「ひゅうがかぼちゃ」と「いもがらぼくと」をもじって名付けられた“新 かぼちゃといもがら物語”。宮崎を舞台に、宮崎に暮らす人びとの姿を描きつつも、国内の地方都市や地域が抱える課題など、日本の“今”が見えてくるような普遍性の高い作品づくりを目指してきた。
『神舞の庭』は長田育恵が書き下ろし、2018年にこふく劇場の永山智行(前演劇ディレクター)が演出して評判となった。今回は立山の新演出、大沢健ら新キャストによって上演され、新たな作品の魅力を掘り起こした。田舎を捨てた兄と家を守る弟のリアルな葛藤が、神楽をめぐるファンタジーによって溶解していく物語は、脚本を読むだけでも泣けてくる。神楽が引き継がれている地域は日本中にあり、ぜひともツアーしてほしいと願わずにはいられない。
このほど、立山(演出)と大沢(主演)に話を聞いた。
[ストーリー]
宮崎の山間にある集落で、代々その地区の神楽を受け継いできた中崎家。祭りの前日、実家で暮らす次男・亮二夫婦のもとに、東京在住の長男・俊一が妻子を連れて帰って来る。同日、老母・登志子が倒れて昏睡状態に。混乱の中、中崎家の人びとが抱える悩みが明らかになっていき……。

――「新 かぼちゃといもがら物語」第5弾、初の東京公演が実現します。今の気持ちから教えていただけますか。
立山 私が演劇ディレクターに就任した時に5年分の計画を立てていたので、これは一つの集大成という感じですね。このシリーズは日本の演劇界の第一線で活躍されている劇作家の目を通して、宮崎を描いていただく、宮崎の宝になるような作品をつくろうとスタートしました。これまで土田英生さん、長田育恵さん、戌井昭人さん、シライケイタさんに脚本を手がけていただいています。
 『神舞の庭』は長田さんに何度も宮崎を視察していただいたんですが、私も同行したときに、丁寧に取材されていたのを思い出します。この作品にはめぐった先々のお話が入っているし、シリーズの一つの答えを出してくださったような素晴らしい戯曲です。
――脚本を拝見しましたが、もちろん宮崎の物語として読んだわけですけれども、自分自身にもとても刺さる作品でした。これは広島とか岩手、長野とか神楽が盛んなところでも公演してほしい思いました。
立山 ツアーの話はよく言われます(笑)。うれしいですね。連綿と続く人びとの営みが、身体性をともなった神楽とともに続いている、生活に入り込んでいるところが素敵だなと思うんです。生活に根ざした伝統芸能は都市部では少ないものかもしれません。それを東京に出ている兄と地元に残って頑張っている弟、お互いの葛藤を主軸に描いていただいた作品で、非常にうまく編んでもらえたと思っています。そしてこのシリーズでは、宮崎をモチーフにしているけれど、いろんな地方都市や地域、都会が持っている問題が浮き彫りになるといいなあという思いを持っているので、物語に共感していただけるのもうれしいです。
『神舞の庭』再演の舞台より
――大沢さんはこの企画に参加してみていかがでしたか?
大沢 宮崎に長期滞在して作品をつくったのはすごく有意義でした。モデルになった山間部の集落や神社にも出かけましたが、その集落から見た街、都会というものが脚本から僕が抱いていたそれとは全然違うんですよ。その感覚が味わえたのは大きくて。集落は(天照大神がこもったとされる岩戸がある)高千穂町からさらに山奥に入ったところにあって、高千穂に戻ってきた時にさえ、すごい街に来たという気持ちになりました。でもその先に延岡市や宮崎市があり、さらに東京がある。おそらく上京すると言っても決して気軽なことではないと思います。僕の演じる俊一は都会ならではのストレスを抱えていて、しかも吐き出せずにいる。俊一を演じる上で、集落を訪ねて空気を感じたことはすごく大きかったですね。
――大沢さんはじめ新たな出演者の皆さんをキャスティングした意図を教えてください。
立山 初演は宮崎県立芸術劇場だけの公演でしたが、すごく好評を得ました。でも上演したからこそ感じたのは、神楽が根づいている地域で神楽をお見せすることをもっと大事にしたいと思ったんです。だからこそ今回はより身体的な表現をされている方にお願いしました。神楽のシーンだけでも泣けると、かなり評判は高いです。その柱として健さんに出ていただけたのはめちゃくちゃありがたいことでした。
大沢 神楽に関しては、僕は日本舞踊をやっていますが、それはエンタテインメントですから美しく見せることを重視しているんです。神楽は神様に対してやるもの。多少荒々しく表現することで土臭さ、土着的な雰囲気が出せるようにと意識しています。
『神舞の庭』再演の舞台より
立山 この作品はとにかくやるべき要素が多いんですよ。その第一歩が方言ですが、健さんの宮崎弁の入り方がすごいんです。このシリーズに出ていただく東京の俳優さんは、宮崎弁を覚えても、役の感情を入れた時にうまくいかなくなることで苦労をされるんです。それを何度も繰り返して上演にたどり着く。皆さんが躓くそういうポイントを早い段階でクリアできていらした。特に俊一は東京の家族には標準語、宮崎の人としゃべる時は宮崎弁と行ったり来たりする役ですから、さすがだと思いました。
大沢 宮崎弁はこちらに来てからは食事や飲みに行った時に、地元の皆さんの会話の雰囲気を感じるようにして聞いていました。イントネーションを音符で取ってしまうと多少のズレでも気になって違和感になってしまうんですよ。僕からすると宮崎県の方同士の会話でも、その人の個性で多少ずれるのを感じるんです。だから雰囲気を大事にすることで、その領域内でしゃべればオッケーだというふうに覚えているんです。
――初演はこふく劇場の永山さんが、ある意味リアルな空間や演技で演出されたと伺っています。立山さんの演出はもう少しファンタジー性が高まっているのかなという想像をしていますが、いかがですか?
立山 初演の永山さんは装置も家屋をリアルに再現されていたし、戯曲とまっすぐ向き合って演出されていました。私の場合は美術も引き算で、柱と梁ぐらいです。幕開けはほぼ素舞台から始まります。何もないところに120年続いている家の存在感を表現しようと考えました。長田さんがおばあちゃんとお家の話を書きたいとおっしゃっていたので、生死を彷徨うおばあちゃんの視点だったり、兄弟やその家族の人生だけでなく連綿と続く時間の流れという視座から俯瞰することで能のようなイメージになるんです。そこに神楽がフィットしてくる。ファンタジーという部分では、幽玄を見せられるように思いました。また現代の人たちが抱えている問題を登場人物みなが背負っているんですけど、一つ一つにスポットを当てていくと現代人のよりどころのなさに辛くなるんです。家族や夫婦という近しい関係の中ですれ違いが起こった時にはなかなか解消されないんだけど、でも限界集落の中にもコミュニティがあって近所のおばさんの存在によって救われたりすることもある。私たちは長い歴史の中の今を請け負っていると考えると、現代劇でありながら、もっと広く考えられるのではないかという意図をもって演出しています。
『神舞の庭』初演の舞台より
――大沢さんはお酒好きですが、劇中に出てくる焼酎も飲まれましたか?
大沢 暁という焼酎ですね。僕が通っていた立ち呑み屋さんに置いてあって、これは飲んで置かないとと思いましたので(笑)。いろんな焼酎が置かれているお店でしたが、芝居に出てくる35度だけなかったんです。その後も行くたびに必ず暁のお湯割を飲むようにしていたんですけど、そのうち素性もばれ、35度を用意してくださったんです。そのお店の方々も舞台を観にきてくださって、暁の差し入れもいただいてしまいました。こちらに来てわかったんですけど、知り合いでもいないとなかなか演劇を観るきっかけがないんですよね。お店の方の中にも初めて演劇を観たという方もいらして、また他の演劇も見たくなったとおっしゃっていただいたのは本当にうれしかったですね。何度か伺ったおでん屋さんの大将も70歳過ぎなんですけど、日常では味わえないものを観てみたいと来てくださって、宮崎の後の延岡公演にも行くと言ってくださったのもありがたかったです。
 立山さんもおっしゃったんですけど、やらなければいけない要素も多いし、さまざまな問題を抱えた登場人物のキャラクターが緻密に描かれていてごまかしが効かないので、必死でした。感動したというお客様の反応にはホッとしました。いい作品に出会えたことに感謝したいですね。
『神舞の庭』再演の舞台より
――立山さん、東京公演は初めてなんですよね?
立山 このシリーズでは本当に宮崎でしかできない組み合わせで作品づくりをしてきたんです。すごく面白かったけれど、地域から発信していることを知っていただく機会がないことはもったいないと思っていました。日本全体の演劇界を見据えて活動しているので、宮崎でつくった作品を東京で上演したいということはずっと考えていたことです。そういう意味では、東京やオリンピックの話題も入っているし、この作品は適していると思います。宮崎に限定せず、でも宮崎の方に向けてやっているんですけど、宮崎のことを知っていただく機会になればいいなと思っています。
大沢 まだまだ演劇を見ることを控えている方は多いかもしれませんが、皮肉にも今にすごくフィットしている作品です。初演の時はオリンピックのことも誰もがなくなるはずはないと思っていたわけですが、僕が演じる役もオリンピックにまつわることで周囲に翻弄されたりする。オリンピックが延期になったということがわかってご覧になるわけですが、そこに生きていく上での大事な要素がかえって浮き彫りになっているように思います。山間部の限界集落ならではの神楽、そして家を継いでいく悩みも含めて、本当に宮崎の文化を知っていただくにはぴったりの作品だと思います。
『神舞の庭』再演の舞台より
立山 健さんがおっしゃったように、初演時は好むと好まざるとにかかわらず、先に決められたゴールに熱狂的に、大きなうねりで向かっていくような空気があって、それは決して人間の力では止められないものです。言い換えれば世界全体が経済の大きなうねりの中で、何か問題があっても止まれない時代だった。それが、コロナというもっと大きな力で世界全体が一度止まってしまった今これを再演できることは、とても大きな意味があることだと思っています。絶対あると思っていたものが人間の力ではないところでなくなっている意味では、すごく皮膚感覚で刺さってくる作品だと思います。たった一晩の物語ですけど、いろんなことが重なり合って溶け合ったところに生まれる希望が、そのバックボーンに神楽がある世界観の中で描かれている。東京に住まわれていても地方出身の方が多いし、それぞれに故郷やルーツであると思います。何か信じられる大きな物語がない中で、忘れてしまっているような小さいものの積み重ねで救われるポイントが人生にはあるんじゃないかなと思うんです。ぜひいろんなお客様に見ていただきたいと思います。
取材・文:いまいこういち

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