ゴダイゴの初期傑作
『DEAD END』に見る
汎用性の高いメロディーと
充実のアレンジ力

『DEAD END』('77)/ゴダイゴ

『DEAD END』('77)/ゴダイゴ

昨年5月に逝去した浅野孝已がゴダイゴ楽曲をセルフカバーしたナンバーを、アコギ、エレキそれぞれのに分けたセレクションCD、『ACOUSTIC COVERS OF GODIEGO BEST SELECTION』と『GUITAR COVERS OF GODIEGO BEST SELECTION』とがリリースされた。国民的な人気を誇ったバンド、ゴダイゴの偉大なギタリストを偲んで、今週はそのゴダイゴの実質的な1stアルバム『DEAD END』を取り上げてみた。大ヒット曲とは少し手触りが違う作品としてコアなファンには今も人気の高い本作だが、のちに大ブレイクを果たすスーパーバンドのポテンシャルを十分に感じることができる、これも名盤である。

1970年代の最重要バンド

“勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし”という言葉がある。肥前国第9代平戸藩主・松浦清が家督を息子に譲った後、松浦静山の名で執筆した剣術書にある言葉だそうで、南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督を歴任した野村克也氏が広めたと言われる名言だ。言うまでもなく、その意味は、どうして勝ったのか分からない勝利がある一方で、負けた時にはそこに必ず敗因があるということ。ひいては、勝った場合でもそこには負ける要因があったかもしれないので、勝利に奢って、その要因を見逃してはならないという注意喚起も含まれた言葉である。この言葉は武道、スポーツに限らず、さまざまな分野でも当てはまると言われる。

確かに、音楽、エンタメ業界においても“不思議の負けなし”という事例はあるように思う。例えば──自分は制作サイドの人間ではないので、そこに具体的な何があったのかは分からないけれども、一発屋には一発屋になる要因があったのだろうし、鳴り物入りでデビューしつつも鳴かず飛ばずなんてケースも何らかしらの敗因が潜んでいたのだろう。それでは、“不思議の勝ち”はどうだろうか? まったくないことではないだろうが、案外その事例は少ない。もしくはあってもそれが持続することはほとんどないような気がする。例えば…と、ここで具体名を挙げるのは流石に控えるが──いや、というよりも、実例が即座に思い浮かばないし、頭を絞り出して名前を上げてみたとしても多くの読者はそれを認識できないかもしれない。それこそが不思議の勝ちがそれほど多くない証拠ではなかろうか。

先に挙げた一発屋と呼ばれる人たちの一部には不思議の勝ちがあったかもしれないが、その人たちがそれ以後、二発、三発と続かなかったこともそうであろう。つまり、音楽、エンタメ業界においては“勝ちに不思議の勝ちなし”と言えるのかもしれない。もっと簡単に言えば、俗に“売れた”と言われる人たちには、それを裏付けることができるだけの要因が必ずあったとも言えるはずである。これも具体名は避けるが、メジャーとインディーズを行き来しながらもシーンからフェードアウトすることなく、長年活動を続けているアーティストには、それができるだけの要因が間違いなくあるのであろう。また、それまで鳴かず飛ばず…とまでは行かないまでも、今ひとつ伸び悩んでいたバンドがちょっとしたきっかけで一気にブレイクを果たし、その後シーンに欠かせない存在になった…なんて事例にも、必ずやその勝因があると言える。

“ある”がないとか“ない”があるとか、自分で書いてて訳が分からなくなってきたので、この辺で話題を、本題であるところのゴダイゴ『DEAD END』へと移させていただく。これまた説明するまでもなかろうが、1978年から1979年にかけて、シングル「ガンダーラ」「Monkey Magic」「ビューティフル・ネーム」「銀河鉄道999」とヒットを連発して絶大なる人気を誇ったバンドである。当時の人気もさることながら、1990年代半ばに小沢健二がゴダイゴへのリスペクトを公言したり、2000年代にはその影響をモロに受けたバンド、MONKEY MAJIKが登場し、EXILEが「銀河鉄道999」をカバーして今や彼らの代表曲になっていたりと、後年へ及ぼした影響も計り知れない、邦楽史における重要バンドである。

全盛期の国民的人気がどんなものであったのかは、以前、当コラムで『西遊記』を取り上げた際に書かせてもらったので、そちらをぜひご参照いただければ幸いであるけれども、そこでも書いた通り、1975年結成のゴダイゴはデビューして即座にブレイクしたわけではない。「ガンダーラ」、「Monkey Magic」までは3年かかっている。わずか3年と思う人がいるかもしれないが、彼らはデビューから全編英語詞にこだわっていたこともあり、業界内で一定の評判はあってCMや映画でその音楽が重宝されていたものの、当初は今ひとつパッとしなかったと聞く。いわゆるチャート上で流行曲と闘えるほどの状況にはなかったのである。それがドラマ『西遊記』とのコラボレーションによって一変(そこら辺の顛末も以前のコラムをご参照いただきたい)。それにはドラマのプロデューサーの慧眼があったことは疑うまでもないけれど、実質的にゴダイゴの1stアルバムである『DEAD END』を聴き返してみると、“見る人は見てるんだなぁ”というか、世界的なヒットドラマを制作したスタッフだけあって、ゴダイゴというバンドの本質を的確に見抜いていたのだろうと思わざるを得ないのである。自分の場合は、今となってそう思う…という完全なる後付けだけれども、『DEAD END』にはのちに国民的な人気を獲得することになる“勝因”が確実にあることが分かる。
■これだけはおさえたい邦楽名盤列伝
『西遊記』/ゴダイゴ
https://okmusic.jp/news/102641

OKMusic編集部

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