大事なことはネコが教えてくれる 『
隈研吾展 新しい公共性をつくるため
のネコの5原則』記者内見会レポート

MOMATこと東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリーにて、日本を代表する建築家の一人・隈研吾の展覧会が開催されている。2021年6月18日(金)から2021年9月26日(日)まで行われている本展のタイトルは『隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則』。ネコの原則、とは一体……? この記事では、開幕前日に行われた記者内見会の様子をレポートする。
建築家・隈研吾、というと何を思い浮かべるだろうか? 氏の活躍は多岐にわたり、意識せずとも誰もが生活の中でその作品に出合っているのではないだろうか。やっぱり最旬、隈が設計に携わった《国立競技場》や、山手線ユーザーなら《高輪ゲートウェイ駅》かもしれないし、個人的には所沢の《角川武蔵野ミュージアム》が激熱だ。なかでも、スコットランドの《V&Aダンディー》と答える人はきっと建築通だろう。米TIME誌により「2019年世界で訪れるべき最も素晴らしい場所100選」に選出された同博物館は、隈の代表作のひとつだ。
《浮庵》2007
展覧会エントランスではオバケのような《浮庵》がお出迎え。超軽量素材をヘリウムバルーンで持ち上げることで形作られる、モバイル型の茶室だ。中に入ってみたい!
『隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則』では、氏の手掛けた作品の中から公共性の高いものを中心に68件が紹介される。ちなみに作品選び・解説はすべて隈本人によるそう。5原則とは一体なんなのか。そしてそれは、私たちに新しい公共性や都市のあり方をどう考えさせてくれるのか。さっそく、展示の紹介に入ろう。
で、5原則って?
展示風景
第1会場では、イントロダクションとして《国立競技場》のスタディ模型約40点が勢揃い。これらが展覧会として公開されるのは、本展が世界初の機会なのだそう。難しいことは置いておいて、まずレイアウトがカッコいい。本展の展示デザインはもちろん、隈研吾建築都市設計事務所によるものだ。
さて、本展で隈が提唱する “人が集まる場所のための5原則” とは、以下の5つ。展示はテーマごとにチャプター分けされている。
“人が集まる場所のための5原則”
1 孔
2 粒子
3 斜め
4 やわらかい
5 時間
それぞれの冒頭では、隈がこれらをネコの嗜好・ふるまいと絡めて解説するパネルがあるので要チェックだ。話題にネコが登場するだけで、脳内がほっこりして理解が深まるからありがたい。
1「孔/HOLE」
最初のチャプターは「孔」。隈にとっての「孔」は単なる “穴” というより、トンネルのようだったり、建物と建物の間の空間だったりを表現しているようだ。氏によれば、中庭もアトリウムも「孔」である。
展示風景
いくつかの作品の中で、特に「孔」の力が分かりやすいのは《アオーレ長岡》だろう。映像作家・藤井光による映像インスタレーションでは、交流型市役所《アオーレ長岡》が地元住民に受け入れられ、生活の一部となっている姿を建築ディティールとともに編集してある。2面スクリーンの前に立つと、まるで実際に市役所や広場を訪れたような感覚だ。
《アオーレ長岡》(2012 新潟県長岡市)模型
隣には《アオーレ長岡》の建築模型も。内部を覗き込めば、棟と棟の間に造られた吹き抜け広場の「ナカドマ」が、この建築の鍵だということがわかる。これが隈の言う「孔」。外に向かって開かれると同時に、包まれて安心できる場所なのだ。
ちなみに……本展で展示されている数々の建築模型では、あちこちにネコの姿を見つけることができる。作品を堪能しつつ、ネコ探しを楽しむのもいいかもしれない。
《V&Aダンディー》(2018 英国、ダンディー)模型
《V&Aダンディー》の建築模型を見ると、こちらも建物の間に「孔」が企まれている。これは神社の鳥居に想を得たもので、街と、建物の向こうにある川をつなぐ役割を持っているのだという。さらに、模型の奥ではアイルランドの映像クリエイター・マクローリン兄弟による《V&Aダンディー》タイムラプス映像を見ることができる。アヴァンギャルドなイメージ映像、といった趣だ。
「粒子/PARTICLES」
会場内の注意書きもネコ仕様!
続いてのチャプターは「粒子」。これは建築を素因数分解して、手に負える構成単位(粒子)まで還元するアプローチと言えるだろう。それこそが “建築をひらく” ことなのだと隈は語る。建築も、まわりの雑多なモノも、同じく “粒子の塊” と捉えられる。小学校の理科で「すべては原子で出来ている」と知った時に感じた、世界に対する親しみやすさをふと思い出した。会場では実際に様々な形状に木材を組み上げたものも展示され、幾何学的な美しさを間近で観察することができる。
《梼原 木橋ミュージアム》(2010 高知県高岡郡梼原町)模型
例えば《梼原(ゆすはら)木橋ミュージアム》では、杉の集成材を組み合わせることで、粒子が集合したような木橋を実現している。こんな長い橋が柱一本で支えられていることに衝撃を覚えるが、構成単位をよくよく意識すると力の流れが見えて腑に落ちる。
《国立競技場》(2019 東京都新宿区)模型
隈がデザインに参画した《国立競技場》の模型も。この巨大スタジアムだって、小径木と呼ばれる身近なスケールの木(105mm角の杉材)の集合体だという。観客席がモザイク風にランダムカラーなのもまた、「粒子」の集まりをイメージさせる。
「やわらかい/SOFTNESS」
3つ目の「やわらかい」チャプターに進むと、展示室の雰囲気がグッと優しくなるのを感じる。天井から吊り下がっているのは、《国立競技場》の競技後のインタビューゾーンのために隈がデザインしたオリジナル照明だ。これは行灯や御簾といった日本的な光にインスパイアされているのだとか。
展示風景
《やわらかい》は直感で理解できるいちばん分かりやすいテーマだろう。コンニャクを塗った和紙や、蚕の吐き出す糸……さまざまな素材を駆使して、建築を感覚的・物理的にやわらかくしていく試みは驚きの連続だ。
《高輪ゲートウェイ駅》(2020 東京都港区)模型
膜構造の大屋根を持つ《高輪ゲートウェイ駅》の建築模型。展示台はバウムクーヘン状に巻かれた布素材が用いられており、これが空気をやわらかくする立役者だ。この展示室そのものが、素材を変化させることで場の硬度を操る好例となっている。
「斜め/OBLIQUE」
いよいよ4つめまでやって来た。今一度確認しておくと、今たどっているのは隈研吾が提唱する “人が集まる場所のための5原則” である。
「斜め」のチャプターでは、取り上げられている建築作品の数が多いので、息切れしないようご注意を。流れで鑑賞していくより、チャプター冒頭の隈による解説文をしっかり読み込んだ上で、心に響く模型を探すのがオススメだ。
展示風景
20世紀後半以降の建築界では、「斜め」のデザインは「水平(農業・田舎の原理)」VS「垂直(工業・都市の原理)」の対立を解決するものとして、価値を見出されてきたという。しかし、隈にとっての「斜め」の意義はそれと大きく異なる。「斜め」はそもそもの地形の回復で、ひいては “ハコに拘束される以前の、自由なホモ・サピエンスへの回帰” なのだと氏は語る。
確かにリアルな地面は水平じゃないし、崖も垂直ではない。改めて見ると、斜面にランダムに並んだ解説パネルたちが、自然豊かな丘の風景のようにも見えてくるから不思議だ。
《ダリウス・ミヨー音楽院》(2013 フランス、エクサンプロヴァンス)模型
模型を近くで眺めると、そのものの造形の美しさにハッとすることも。南フランス《ダリウス・ミヨー音楽院》の大樹は葉脈で表現されていてロマンチック。
なお、この「斜め」と次の「時間」との間に小展示室があり、写真家・映像作家の瀧本幹也による映像インスタレーションを見ることができる。高知県梼原に点在する6つの隈建築をハイスピードカメラで撮影した詩的な作品だ。ヒートアップ気味の脳に、坂本龍一の音楽が心地いい。
「時間/TIME」
最後の原則は「時間」。正直、時間と言われてもなかなかピンと来なかったのだが、隈本人がはっきりと解説に記していた「ボロくする」という言い換えがすごく分かりやすい。
展示風景
「ボロくする」は、「小さくする(粒子化する)」「やわらかくする」「斜めにする」と同種のアプローチなのだ。建築をある意味で弱くする・負けさせることで、公共空間はもっと楽しくなり、人間のものになるのだと隈は解説する。なるほどと納得しつつ、「ちょっと弱みを見せた方がモテる」という説と似ているな……なんて思ってしまった。
《下北沢てっちゃん》(2017 東京都世田谷区)模型
焼き鳥屋《下北沢てっちゃん》の場合、外壁には装飾として古いアルミサッシを取り付けて “昭和感” を醸し出し、内部には古いスキー板やスノーボードを利用して階段・カウンターを作成している。ぴかぴかのリノベーションを施すのではなく、あえてエイジングさせることで雑多な親しみやすさが生まれた。
展示台代わりに積まれているのは、RPFという木材やプラスチックなどの廃棄物を資源とした固形燃料だそう。ここにもネコが……!
“お客様の声” こそ、オーラルヒストリー
さて、同フロアにある別会場へ移動しよう。なんとこちらの第2会場は無料で入場することができる。
展示風景
ここでは「復興と建築」をテーマとした4本のインタビュー映像が放映されている。アーティスト・津田道子が南三陸町と熊本市を訪れ、隈建築の施主やユーザーの言葉、そして隈研吾本人の言葉をカメラに収めたものだ。
建築は竣工したところで終わりではなく、むしろ始まりにすぎない。人が利用して、そのリアルな声を含めて初めて建築は評価されるべきという、建築家サイドの誠意を感じる展示である。
展示風景
《南三陸さんさん商店街》のインタビューでは、最初にプランを見せられたときを振り返って「なんで斜めになってるの? まっすぐでいいんじゃない? という声も結構あがりました」と、びっくりするほど率直な思い出が語られるのが面白い。歴史資料として残っていく自負があればこその、真摯な語り口だ。
なお、《TOYAMAキラリ》の360度VRの体験は、30分ごとの入替制(各回定員4名)で整理券が必要となる(詳細は東京国立近代美術館ウェブサイトで確認を)。富山県《TOYAMAキラリ》の吹き抜けをドローンで撮影した映像は、他の映像と同じくモニターで鑑賞することができるようになっていた。
茶目っ気あふれるニャンニャンプロジェクト
「で、ネコって何だったの? ただ場内の注意書きがネコになってただけ?」とお思いだろうか。第2会場の奥に、最後の展示が待っている。デザイン・イノベーション・ファームのTakramとの協働で実現した、《東京計画2020:ネコちゃん建築の5656原則》である(読み方は《東京計画ニャンニャン ネコちゃん建築のゴロゴロ原則》だ)。
展示風景
新しい都市空間づくりのために、本企画で隈が提案するのは “ネコの目線で街を再認識すること”。自宅近くのカフェに出入りしている半ノラのネコ2匹にGPSを装着し、行動パターンを分析した成果が展示される。
リサーチに協力したネコの「トンちゃん」と「スンちゃん」近影
ちなみに半ノラとは、ハコ(コンクリートと鉄でできた箱型建築)に閉じ込められた家ネコとも違い、完全な野良とも異なる生き方のネコだ。複数の人間からエサをもらいながら、ハコから脱出して都市を自由に生き抜く存在として、隈から熱い視線を向けられている。
展示風景
5656原則は「テンテン」「ザラザラ」「シゲミ」「シルシ」「スキマ」「ミチ」だ。
展示風景
「ザラザラ」のパートでは、ツルツルで取っ掛かりのないコンクリートの路地を歩くネコと、異なる質感に身体を擦り付けながら楽しそうに歩くネコの姿が3DCGで描かれる。映像の前には、側面が粗く毛羽立った質感の《ザラザラチェア》が配されていた。
展示風景
5656原則で気になるのは「スキマ」だ。プロジェクションマッピングを用いて、ネコが室外機の上→屋根→雨樋へと飛び移るシルエットと、それぞれの視点が投影される。身幅✕4ほどの広さの屋根から、ジャストフィットな雨樋に落ち着くさまは、見ているだけで気持ちがいい。ただ単純に広さが豊かさにつながるのではなく、自分の身体のサイズに合った空間が必要なのかもしれない、という気付きにつながりそうだ。
ハコからネコへ
《住箱》2016
展覧会場を後にすると、前庭にはアウトドアブランドの「スノーピーク」とのコラボレーションで生まれた木のトレーラーハウス《住箱》が展示されていた。
東京国立近代美術館
本展で開陳された “人が集まる場所のための5原則” は、いずれも公共建築をいかに親しみやすく、チャーミングにするかというアプローチだ。もしかしたら、“愛されの原則” とも言えるかもしれない。何よりも、ネコという斬新かつ可愛い切り口を提案するところに、向き合う人にリラックスしてほしいという氏の思いを感じられる展覧会だ。みんなが自分ごととして新しい生活様式を模索する中で、「いかめしいハコから逃げ出して、ネコのようにゆるく自由に居場所を持てたら最高じゃない?」と、建築家は気さくに語りかけるのだ。
『隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則』は、東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリーにて、9月26日(日)まで開催中。
文・写真=小杉美香

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