大阪フィルハーモニー交響楽団「第5
51回定期演奏会」で、ブリテンのヴァ
イオリン協奏曲に挑戦する辻彩奈に聞

20世紀を代表するベンジャミン・ブリテンのヴァイオリン協奏曲を、人気と実力を併せ持った若手ヴァイオリニスト辻彩奈が弾くという。
舞台は9月に行われる大阪フィルハーモニー交響楽団の「第551回定期演奏会」で、オーストリアのヴァイオリニスト、ベンヤミン・シュミットがコロナによる渡航規制で来日出来なくなった代役だとか。技巧派にして、作り出す音楽のスケールが大きいと評判の辻彩奈、そして大阪フィルの事務局長・福山修氏に、あんなコトやこんなコトを聞いた。
ヴァイオリニスト 辻彩奈  (C) Makoto Kamiya
―― 2019年2月に、スイス・ロマンド管弦楽団 日本公演のソリストとして取材させて頂きました。その時に、2019年9月からパリに留学して、レジス・パスキエに師事すると仰っていました。現在はパリにお住まいですか。
辻彩奈 2020年2月、大阪フィルの定期演奏会に出演するために一時帰国したのですが、その直後からコロナ騒動が始まって、パリで生活していた寮が閉鎖されてしまい、隔離期間の問題もあるので、いまだフランスに戻れない状態が続いています。

コロナによる自粛前、最後の演奏会(「第535回定期」2020.2 フェスティバルH)  (c)飯島隆
―― 大阪フィル2月定期は、秋山和慶指揮でプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番でしたね。あれがコロナ前、最後の演奏会だったのですか。
辻 そうです。あの後、3月から5月までは、全ての公演が延期もしくは中止となりました。当初は演奏会が無くなっていくこと自体に悲しみを感じてしまっていましたが、途中からは発想を変えて、新しいコンチェルトなどのレパートリー開拓に時間を充てることが出来ました。予定に追われることも無く、実家でこれほどゆっくり過ごしたことは、これまでに無かったですね。

新しいコンチェルトなどのレパートリー開拓に時間を充てることが出来ました。  (c) Kazunari Tamura
―― パリでのパスキエのレッスンはいかがでしたか。
辻 大阪フィルとやったプロコフィエフの2番は、完全なパスキエ仕込み。しっかりレッスンを受けました。パスキエ先生は、まだまだバリバリ弾かれていて、間近で先生の音色や音楽性に触れる事が出来て幸せです。コロナによる自粛以降、頻繁に連絡を取り合い、オンラインによる指導を受けています。コロナが落ち着いたら、1日も早くパリに戻りたいと思っています。先生もお年ですから、学べるうちに多くの事を学びたいのです。

プロコフィエフの2番は、パスキエ先生仕込み!(「第535回定期」2020.2 フェスティバルH)  (c)飯島隆
―― 今年3月にピアニストの阪田知樹さんとのリサイタルを聴きました。そこで弾かれていた権代敦彦さん作曲の無伴奏の作品は、辻さんご自身が権代さんに委嘱された曲だと伺いました。

辻 私にとって初めての委嘱作品です。実は、リサイタルやコンチェルトの後に弾くアンコールピースを1曲書いて頂くつもりでお願いしたところ、権代さんのアイデアが1曲に収まりきらなかったようで、3曲の組曲形式になりました。リサイタルでは全曲通して弾きましたが、もちろん、1曲ずつでも演奏出来ます。
この日のメインプログラムは、フランクのヴァイオリンソナタ。 (2021.3 紀尾井ホール)   (c) Hikaru Hoshi
―― 権代さんに曲を委嘱された経緯を、差し支えなければお聞かせください。出来上がった楽譜を見てどう思われましたか。
辻 スイス・ロマンド管弦楽団のジュネーブ公演へ飛び立つ前に、在日スイス大使館にて壮行会を開催して頂きました。そこで作曲家の権代さんと初めてお会いしました。私はJ.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」を弾いたのですが、権代さんがとても興味を持ってくださって、演奏後の懇親会で色々と話をさせて頂きました。後日、アンコールピースが欲しいとなった時に、権代さんの事を思い出してお願いしたところ、喜んでお引き受け頂くことができました。出来上がった「Post Festum」(祭りの後)という曲は、ヴァイオリンの高音から低音まで、そして、弱音から強音までを駆使して、妄想的で形の無いものを表現している曲です。現代曲からすれば、比較的聴き易い曲だと思います。この曲を弾くと、クラシック関係の皆さんは決まって「権代さんっぽいよね」と仰いますね(笑)。

「Post Festum」を聴かれた関係者の皆さんは、決まって「権代さんっぽいね!」と言われます!  (c) Kazunari Tamura
―― 初めて、自分の曲を手にしてみて、どんな気分ですか。

辻 権代さんから楽譜を渡された時に「試し弾きをして、ちゃんと弾けるか確認してあります。弾ける事しか書いていませんので、よろしくお願いします」と言われました(笑)。出来上がってから暫くは、この曲は自分の曲!という意識が強かったのですが、3月にショット・ミュージックから楽譜が出版されてからは、自分が弾いて曲を広めたいという気持ちと、他の人に弾いていただいて、広まって行くのも嬉しいという気持ちになりました。

―― 大阪フィル9月定期演奏会で、コロナで来日出来ないベンヤミン・シュミットに代わってブリテンのコンチェルトを弾くとお聞きしました。ブリテンは初めてですか。
辻 はい、初めての経験になります。とても難しい曲です。私、譜読みは早い方ですが、この曲は複雑過ぎて、もう気が遠くなりそうでした(笑)。冒頭にはメロディックな所もありますが、象徴的なメロディが全体を通してある訳ではありませんし、技術的にも難しく、感情的に歌い上げるタイプではない作風の曲も、これまであまりやって来なかったので、この夏はじっくりブリテンに取り組むチャレンジングな夏です。

ブリテンは難曲です! (2021.3 紀尾井ホール)   (c) Hikaru Hoshi
―― 今回、大阪フィルの事務局長 福山修さんにも取材に立ち会って頂いています。ベンヤミン・シュミットに替わる、ブリテンのヴァイオリン協奏曲のソリストを、辻彩奈さんに依頼されたのはどうしてですか?
福山修 辻さんはこれまで3度、現在の音楽監督・尾高忠明、元首席指揮者の井上道義さんに秋山和慶さんという、大阪フィルにとってはゆかりの深いマエストロたちと、見事な演奏をして来られました。特に直近のプロコフィエフの2番は、技巧的な曲ですが、辻さんは曲の内面に踏み込んだ演奏で、とても衝撃を受けました。ブリテンの協奏曲は、高度な技巧とともに、音の質や内面が音に出ないと表現出来ない音楽だと思うのです。この曲の代役をお願いするとしたら辻さんだろうと、真っ先に名前が挙がりました。
プロコフィエフの2番は秋山さんはじめ楽員も大絶賛でした!(「第535回定期」2020.2 フェスティバルH)  (c)飯島隆
―― ブリテンのヴァイオリン協奏曲は、演奏機会の少ない曲だと思うのですが、大阪フィルはこれまでに演奏されているのでしょうか。
福山 2008年の定期演奏会で、大植英次指揮、ダニエル・ホープのヴァイオリン独奏で演奏しています。前プロがヴォーン=ウィリアムズの「タリスの主題による幻想曲」、メインがエルガーの変奏曲「エニグマ」という、イギリスプログラムでした。

ブリテンの代役は辻さん! 真っ先に名前が挙がりました。  (c)H.isojima
―― この曲、オーケストラも難しいですよね。

福山 そうなんです。今回、選曲するにあたって、スコアを見ながら聴き直してみたのですが、聴きながら緊張感が(笑)。決して容易に演奏できる曲ではありません。

―― ところで、辻さんは大阪フィルの事をどんなオーケストラだと思われていますか。

辻 楽員の皆さんも、事務局の方たちも、とても優しくフレンドリーに接して下さいます。私の言った冗談もきちんと拾って下さいます(笑)。その上で本番の集中力がとんでもなく高いオーケストラだと毎回感じます。リハーサルと本番では、オーケストラの雰囲気がガラッと変わり、皆さんのアンテナが、突然何メートルも伸びる感じです。
大阪フィルは、本番の集中力がとんでもなく高いオーケストラですね。  (c) Kazunari Tamura
―― 今回の定期の指揮者アンガス・ウェブスターは、エサ=ペッカ・サロネンの秘蔵っ子で、まだ21歳の指揮者だそうです。辻さんより若いのではないでしょうか。
辻 21歳ですか⁈ 私はいま23歳なのですが、年下のマエストロとご一緒するのは初めてです。どんなブリテンになるのか、益々楽しみです。
―― 今回の大阪フィル定期もそうですが、コロナの影響を受けて、代役でコンチェルトを弾く機会も随分増えたのではないですか
辻 とても有難いことに演奏させて頂く機会は多い方だと思います。昨年12月の名古屋フィルでは、これまで弾く機会の無かったシマノフスキの協奏曲第2番を弾きました。こちらは、1カ月前にオファーを頂きました。この時は、指揮者もオーケストラもシマノフスキの2番は初めてで、リハーサルから手探り状態。とても刺激的でした。
マエストロ、21歳ですか⁈ 年下のマエストロ、初めてです!  (c) Kazunari Tamura
―― コロナの自粛期間にレパートリーを広げようと勉強されていたと伺いましたが、初めての曲をオファーされる機会は多いでしょうね。
辻 まだ23歳なので、初めての曲に当たるのは自然な事だと思っていますが、それでも私に代役を任せてみようと思っていただける事は、本当に有難いことだと感じています。代役の場合、大体1〜2か月くらい前の正式依頼が多いですね。短期間で曲を仕上げる為の集中力が必要となりますが、おかげ様で随分鍛えられました(笑)。最近では、井上道義さんの指揮で東京交響楽団と「サン=サーンス:協奏曲第3番」を、角田鋼亮さんの指揮で仙台フィルハーモニー管弦楽団と「ラロ:スペイン交響曲」を、共に初めてのレパートリーである2曲ですが、弾かせて頂きました。

集中力は随分鍛えられました。(2021.3 紀尾井ホール)   (c) Hikaru Hoshi
―― やはりブリテンの協奏曲は、通常オファーされる曲とは少し違うように思います。現在勉強中だと思いますが、もう少し、ブリテンの話を聞かせて頂けますか。
辻 そうですね、一般的なヴァイオリン協奏曲なら、第3楽章は華やかな技巧で、アップテンポの明るい曲調が多いのですが、ブリテンは消え入るように終結する。自分がそこに何を感じ、どう弾きたくなるのか、まだ具体的なイメージを掴み切れてはおりません。私は協奏曲を弾く時に、自分の弾いているバックで、他の楽器がどんな音型を奏でているのか。自分が弾かない時に、どの楽器がどんな音を出しているのかを、スコアを見て掴んでおきたいタイプです。そういう意味では、まだまだ勉強が足りていないのも、正直なところです。

福山 もちろんブリテンに関する参考文献などを読んで予備知識を入れたり、スコアを勉強して曲の構成を知る事はとても大切ですが、辻さんにはその先の、曲の内面に踏み込んだ部分、自分がその瞬間に何を感じ、どうしたいのかといった即興的な感性を大切にして、演奏していただけたらと思っています。辻さんのその感性こそ、辻さん最大の武器だと思いますので。
―― うーん、なるほど。こんな感じで、楽団の思いがしっかりと独奏者に伝わる事はとても大切ですね。辻さんは、こんな感じで楽団の事務局長と話す機会はありますか。
辻 いやー、中々ありませんね。とても有難いことに福山さんは、若い音楽家ともきちんと会話してくださいます。やはり大阪フィルさんはその点でもフレンドリーなオーケストラだと思います。とても勉強になりました。ありがとうございます。
大阪フィルはとてもフレンドリーなオーケストラです。  (c) Kazunari Tamura
―― 負けず嫌いの辻さんの事ですから、この機会に一丁やってやろう!的な熱い思いを持たれている事だと思います(笑)。ぜひ思いの一端をお聞かせください。
辻 そうですね、ブリテンはとても難曲で、挑戦し甲斐のある曲ですし、弾いていて燃えます。この曲を代役で、フェスティバルホールのステージで、見事に弾き切ったら格好イイだろうな。何となくそんな光景をイメージしながら、この夏はブリテンに取り組むチャレンジングな夏です。どうか、若きマエストロと大阪フィルの皆さまと共に作り上げるブリテンのコンチェルトをぜひ、フェスティバルホールでお聴きください。お待ちしています。
若きマエストロと大阪フィルによるブリテンのコンチェルトにご期待ください!  (c) Kazunari Tamura
―― 福山さんも最後にメッセージをお願いします。
福山 今回、辻さんが引き受けて下さらなかったら、プログラムを変更していたかもしれませんが、結果として、21歳のマエストロと23歳のソリストによるフレッシュなブリテンに出会えることとなりました。メインのチャイコフスキーの交響曲第5番は、大阪フィルが得意とする演目です。クラシック音楽をあまり聴いたことがないという方にもぜひ一度、大阪が誇るフェスティバルホールにお越しいただき、ライブの迫力を体感していただければと思います。
クラシック初心者も、このプログラムならおススメです。ぜひフェスティバルホールにお越しください。  (c)飯島隆
―― 辻さん、福山さん、ありがとうございました。コンサートの成功を祈っています。
取材・文=磯島浩彰

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