コロンえりか(ソプラノ)、オール・
スパニッシュプログラムで贈るリサイ
タル『オペラ・ラティーナ』に込めた
想いとは

オペラを見ているようなライブ感覚でスペイン、イベロ・アメリカの知られざるクラシックの名曲を紹介するシリーズ『オペラ・ラティーナ』。ヨーロッパ人の父と日本人の母を持ち、ベネズエラで生まれ育ったソプラノ歌手コロンえりかならではのコスモポリタンな世界観を感じられる本リサイタルが、2021年10月3日(土)浜離宮朝日ホールにて開催される。ラインナップに込められた思いや聴きどころをご本人に伺った。
――『オペラ・ラティーナ』は昨年に続いての開催ですが、今回の演奏会にかける意気込みをお聴かせください。
今回のプログラムは、イベロ・アメリカ(かつてのスペインポルトガル植民地でスペイン語、ポルトガル語圏の地域)のマニアックな歌曲作品で固めてみました。私にとっても初めての挑戦です。今、このエキスの濃いプログラムに毎日どっぷり浸っています。
――昨年(2019)の『オペラ・ラティーナ』の趣向や内容とは、また一味違いますね。
前回は弦楽アンサンブルの作品や大使夫人たちによるコーラスもありましたが、今回はソロ歌曲のみのプログラムで構成しています。ほとんどが組曲形式のもので、連作作品の中に一人の人物の一生や人生の各シーンがドラマティックに描かれています。なので歌曲と言っても、オペラを見ているような感覚にさせられるものばかりで、臨場感あふれる色彩やオペラティックなストーリーを少しでもお客様に感じて頂けたらと願っています。
――このようなプログラムを通して、聴衆に何を一番感じて欲しいと願っていますか。
私自身、ヨーロッパ系の父、日本人の母のもと、南米のベネズエラという全く異文化の国に生まれ、幼少期を過ごしました。そのようなバックグラウンドを持つ人間としては、昨今のコロナ禍で国際間での往来も難しくなり、異質なものに出合ったり、感じたりする機会が極端に少なくなってしまったように思えるのです。私自身、自分だけの想いや価値観、世界の中でがんじがらめになっている自らの姿に気づかされることもあります。
同じ時間や同じドラマを生きていても、世界を見渡せば、まったく違う価値観や文化背景を持った人たちがたくさん存在しますし、皆さんにも、ぜひその楽しさを感じて欲しいと思っています。そのような意味で、音楽を通してラテンのスピリットやラテン人の生き方、ドラマに触れることで、少しでも気分転換や息抜きをして頂けるようにと、このようなプログラムを組みました。
――今回取り上げられるエルナーニ・ブラガ(1888~1948)、エルネスト・レクオーナ(1896~1963)、カルロス・グアスタビーノ(1912~2000)、マリア・ルイサ・エスコバール(1903~1985)。アントニオ・ラウロ(1917~1986)などの近代の作曲家の作品については、2000年代まで生きた人物もいますが、南米のクラシック音楽史の中では、ヨーロッパの芸術家に影響を受けた“古典的な”作品と言ってよいのでしょうか。
今回ラインナップした一連の作品が生まれた20世紀初頭から同世紀後半のほぼ50年は、南米の歴史にとって興味深い時期でした。音楽的にも、ヨーロッパから伝統的なクラシック音楽が入ってきたり、ヨーロッパで実際に作曲法を学んだのちに、南米へ戻ってきた作曲家もたくさんいました。同時に、南米大陸の人々は自らのアイデンティティに目覚めはじめ、自分たちの属する民族的なバックグラウンドに誇りを感じるとともに、自らの原点へと回帰し始めたのです。このような動きを背景に、民族主義的な音楽と、伝統的なヨーロッパのクラシック音楽が融合した興味深い作品が数多く生まれました。私自身、このような事実を、歴史における過去の点として捉えると同時に、斬新で、新しいものの芽生えであったとも捉えています。
例えば、ベネズエラでは、先日の東京オリンピックのBMX種目で銀メダルを取った選手のパフォーマンスに合わせて、オーケストラによる演奏とビートボックスを組み合わせた不思議なコンサートが行われるなど(笑)多くのジャンルを超えたコラボレーションが勢いを見せています。そのようなものへの憧れや原動力というのは、すでに今回ご紹介する作曲家たちが活動していた時代に(主に20世紀初頭からの50年くらいの間に)芽生えていたもので、そのエネルギーの潮流が現代にも息づいているのでは、感じています。
――エルナーニ・ブラーガの「ブラジル民話による5つの北東(ノルドエスチ)歌曲集」は、民族音楽の研究者でもあったこの作曲家らしく、ブラック・アフリカの民俗的要素や色彩が色濃く反映されていますね。
すべての作品というわけではありませんが、特に一曲目の「O’ Kinimba」などはそのような背景から生まれています。南米というのは民族のルーツが非常に複雑です。カリブ、ブラック・アフリカ、そしてヨーロッパ文化や土着の文化、そのすべてが混ざっています。
ただ、私個人としては、すべての人々が多様性を持っていると感じています。日本社会では、どうしても多様性というと民族的な違いや外見が取り上げられてしまいますが、例えば、北海道のお父さんと九州のお母さんから生まれたということだけでも十分な多様性だと思うのです。このような作品に触れることで、身近にある多様性、ルーツの違う要素が混じり合っていることに対して、少しでも親近感を持ってもらえたら、このコンサートは成功かなと思っています。
コロンえりか (c)キングレコード
――女流作曲家のマリア・ルイーザ・エスコバールは、作曲家、音楽学者、ピアニスト、歌手でもあり、ベネズエラの赤十字総裁も務めたという多才な人物ですね。
はい、今回取り上げる作曲家たちは、彼女にしても、ヴィラ=ロボスにしてもブラーガにしても、とにかく多才なんです。特にマリア・ルイーザ・エスコバールとアントニオ・ラウロは私の両親の友人でもあるのですが、1956年に初めてベートーヴェンの第九が演奏された時にもバリトン・ソロをラウロが歌っていたということを知って驚きました。
――エスコバールの作品は二曲予定されていますが、一曲目は「絶望」というタイトルですね。
確かにそうなんですが、ラテン人にとって、“絶望”という言葉はあり得ないんです。これは「あなたをどれだけ愛してたかわかってる?」ということなんです。ラテン人らしいですよね。この曲は、ジャズ風やポピュラーソングのように少し大衆的に歌われることもありますし、クラシックの歌い手も好んで歌うメランコリックで情熱的な作品です。
二曲目は、ベネズエラのバレンシアという街の物売りの少女を描いた歌です。オレンジ売りの少女が、「オレンジはいらんかね~」と言って歩いている、そのリズムに音をつけたものです。マヌエル・デ・ファリャが民謡に色付けしてクラシック作品とした楽曲を数多くのこしていますが、この曲にも‟ホローポ”という民謡的なリズムが用いられていて、ファリャの手法に似ているところもあります。
――アルゼンチン出身の作曲家、カルロス・グアスタヴィーノについても教えて頂けますか?
基本的に明るく色彩が豊かな作品を数多く書いています。そして、同じ作曲家と感じられないほど多彩で幅広いスタイルの作品をのこしてします。今回も多くの作品から対照的な曲を並べてみました。南米大陸というのは、どうしても文化的一括りにされてしまいがちなのですが、国によって全く国民性や色が違います。キューバ、ベネズエラなどカリブ海に面した明るく陽気な国々と、タンゴが生まれた内陸のアルゼンチンやウルグアイなどの国々とでは音楽の雰囲気も全く違います。グアスタビーノは、アルゼンチン出身ながら、明るい音楽を好んだ稀なケースです。
――プログラムの最後に予定されているヴィラ=ロボスの「サンバ・クラシコ」は、メロディだけ聴いていると、一般的に日本の多くの人が持っている陽気なサンバのイメージとは全く違いますが、サンバとは、本来、どのようなものなのでしょうか?
サンバは多様なスタイルを持つ音楽で、時代によっても、歌う人々が属する階層などによっても様々な曲調があります。このヴィラ=ロボスの作品は「カーニバルで陽気に踊る音楽」というステレオタイプなサンバのイメージとはまったく違って、故郷を想うメランコリックな哀愁が漂っています。私自身、サンバはブラジルの人々にとって、自らの体内に宿る血であり、肉であり、アイデンティティそのものだと感じています。いつの時代も、どのようなスタイルであっても、その普遍的な想いは変わらないのだと思います。
――歌詞はどのようなことを歌っているのですか?
「我らの人生は響き 我らの魂は生きる
我らの心臓は鼓動を続ける サンバの音に合わせて
我らはこの大地を愛し続ける。
見よ!我が故郷を!この大地が永遠にあれ
我がブラジルの大地よ!進め!高みへと!サンバ!」
(演奏者任意の翻訳。一部抜粋)
というような内容の歌詞です。歌詞が本当に素晴らしく、プログラムの最後に持ってきました。
――このラインナップを拝見すると、昨年の『BRIDGE』に続いてCDもリリースされるのでは、と予感しているのですが、ご予定は?
オペラ・ラティーナの第二弾は、民族色の強いものをやりたいという思いがあって、昨年の第一弾では、そこまでやらないように溜めていました。なので、今回すべてを出し切れる感じで本当に嬉しいです。もし、CDも第二弾の企画があれば、ぜひこの演奏会のプログラムのような、一つの視点にフォーカスした濃厚な民族色のある作品集でお聴かせできたらと思っています。
――『オペラ・ラティーナ』は、シリーズ化されつつありますが、コロンさんご自身の中では、どのように進化していくと感じていますか?
『オペラ・ラティーナ』というタイトルは、マネージャーが閃いたもので、最初、私は「へ~」という感じだったんです(笑)。オペラのアリアは一曲も歌っていなかったのに、オペラを聴いているように感じたということなんですね。昨年も、今回もそうですが、決してオペラ作品を取り上げるコンサートではないのですが、「オペラを見ているような感覚で」、これからも皆様に楽しんで頂けたらと思っています。
特に今後は、今まであまり歌われることのなかったスペイン語圏の歌曲作品を取り上げていきたいと思っています。今回演奏する作品もそうですが、どの曲も、小さな作品の中に小宇宙があって、宝石のような美しい作品ばかりです。今まで皆さんが聴いたことのない曲を今後もたくさんご紹介していきたいですね。
――最後に読者にメッセージをお願いします。
音楽は、食べること、呼吸するのと同じくらい身体に作用するものだと思います。イベロ・アメリカの小品を通して、より多くの方々に新しい音楽や世界との出合いを、そして、オペラのようにドラマティックな「オペラ・ラティーナ」のひとときを楽しんで頂けたら嬉しく思います。
取材・文=朝岡久美子

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