破壊と否定からはじまる芸術。美術家
マン・レイと作曲家エリック・サティ
が見せた意外な化学反応とは

知られざる音楽と絵画の関係を紐解いていくこの連載。今回は絵画から少し離れて、美術作品、オブジェや写真に踏み込んでいきたいと思います。というのも、音楽と美術はいつの時代もつながっていますが、20世紀前半にかけて美術の表現から絵画からさらにオブジェや映像に広がるとともに音楽とのつながりも広がっていきます。

その中でも興味深い化学反応を見せたのが、作曲家エリック・サティと美術家マン・レイでした。二人とも音楽・美術の分野でその奇抜さで歴史に名を残すアーティストです。20歳も年の離れた2人の出会い、彼らに共通する「ダダ」の精神、そしてその交流から生まれた芸術作品をご紹介していきます。
破壊そして皮肉から生まれるアート
「ダダ」は第一次世界大戦の最中に誕生します。戦争という怪物を生みだした社会や文化に、あからさまに「ノー」を突きつけた芸術運動、それがダダでした。その強いエネルギーはチューリヒ、ニューヨーク、パリでそれぞれ発展し多くの芸術家を生みだします。ニューヨーク・ダダの美術家マルセル・デュシャンの有名な作品『泉』(便器にサインをしただけのアート)は最もアイコニックな作品でしょう。
デュシャン『泉』(出典:テート・モダン美術館)
表現方法は伝統的な絵画ではなく、既製品を使ったオブジェや写真といったものに展開していきます。デュシャンによってマン・レイはダダに引きこまれ、その後パリで作曲家サティと出会います。そのときサティは55歳、すでに音楽界の反逆児として奇抜な音楽で注目され、詩人コクトーなど名だたる芸術家との共作も手がけていました。
20歳年下のマン・レイが、サティから刺激を受けたことは言うまでもありません。なぜならサティへの思いは作品としてしっかり残されているからです。
ではここから、二人のアート作品と個性的なエピソードをご紹介してきます。
パリに来たばかりの若者マン・レイと、奇妙な男サティ
アメリカ・フィラデルフィアに生まれたマン・レイは、建築家になるため製図などを学ぶ中で美術に目覚めていきました。彼は写真をアートに取り入れ成功をおさめます。その手法はレイヨグラフ、ソラリゼーションなど革新的なものでした。ニューヨーク・ダダをけん引していた芸術家マルセル・デュシャンとの出会いにより、彼のアートは世界に広がります。
1921年デュシャンの母国フランスに誘われたマン・レイは、ついにパリ・デビューを果たします。サティとの出会いは、ある展覧会で自身の作品を展示していたときに訪れます。マン・レイはその第一印象をこう回想します。
五十がらみのよくしゃべる奇妙な小男がよってきて、わたしを絵のひとつのところへ引っ張っていった。奇妙なというのは、彼よりは若い人々のこの集まりのなかでは場違いに見えたからだ。あごひげをすこし生やし、旧式の鼻眼鏡をかけ、黒い山高帽子を被り、黒い外套を着て傘をもち、葬儀屋かそれとも格式の高い銀行の人みたいだった。‐略‐(サティは)わたしの腕をとって画廊を出て角のキャフェにつれていき、ラムのお湯割りを注文した。エリック・サティだと自己紹介してからフランス語に戻ったので、フランス語は判らないと伝えた。彼は眼をきらりと光らせて、かまいませんと言った。
        マン・レイ著『セルフ・ポートレート マン・レイ』より抜粋
ラム酒を酌みかわしたあと、二人は家庭用品店の前を通ります。そこで新たなアートを思いついたマン・レイは、サティを連れて店に入り、アイロンと釘と接着剤を買います。オブジェ『贈り物』の誕生です。一列の釘が張り付けられただけのアイロン、それがマン・レイがパリで最初に作ったダダの作品でした。
マン・レイ『贈り物』(出典:クリーヴランド美術館)
実際『贈り物』は作ったそばから盗まれてしまいますが、マン・レイはこのオブジェをとても気に入り何度もレプリカを作りました。言葉もそれほど通じなかったであろうサティとの出会いによって「ダダ」作品が生まれた、というのも二人の間に何か響き合うものがあったことを感じさせます。
『眼をもった音楽家』サティ
サティは名だたる歴史上の音楽家の中でも、かなり目立つ存在といえるでしょう。『ジムノペディ』などの名曲ももちろんですが、奇抜なアイデアこそサティのおもしろさではないかと筆者は考えます。たとえば『家具の音楽』という楽曲は、聴衆に「聴かれる」ことを拒絶し、まるで家具のように生活の中に存在する音楽として作られました(黙って音楽を聴いていると「聴くな!」とサティが怒ったとか)。
これはワーグナーを代表とする「聴かれる」ための音楽へのある種のアンチテーゼであり、古典派・ロマン派といったヨーロッパの伝統を真っ向から否定するものでした。サティの新しさは当時のフランスでは批判の的になることも多々ありましたが、その後フランス六人組やアメリカの作曲家ジョン・ケージと共鳴し、現代音楽が発展していく原点となったのです。
サティの人脈は、詩人コクトーや画家ピカソ、ブラック、ピカビア、デュシャンやマン・レイなど幅広いものでした。画家が集まる場所に頻繁に出入りしていたサティは、音楽仲間よりも美術家と交流することを好んでいたようにも見えます。お互い刺激しあった美術家たちは、サティの肖像画やイラストを多く残しています。
ピカソ『エリック・サティの肖像』(出典:wikiart)
マン・レイはサティの死後、彼へのオマージュとしていくつか作品を発表します。こちらはサティへのオマージュとしてマン・レイが描いたリトグラフです。
マン・レイ『エリック・サティの洋梨』リトグラフ (出典:Sotheby’s)
真ん中に描かれた大きな洋梨は何を意味しているのでしょうか。実はサティのピアノ連弾曲『梨の形をした3つの小品』からとられたモチーフなのです。
サティ:ピアノ連弾曲『梨の形をした3つの小品』
この曲の誕生にはおもしろいエピソードがあります。先輩作曲家ドビュッシーに「もうちょっと形式のある音楽を書いたら」と言われたサティは、わざとらしいほど、調性と拍子のしっかりあるピアノ曲を作曲しました。しかも3つの小品と言いながら、実は7つの曲でできています。さらにフランス語で言う「梨」には「まぬけ」といった裏の意味があり、ドビュッシーからの指摘を皮肉っているのです。
これはデュシャンが便器にサインをして、「絵筆で手間暇かけて描かれた絵だけが芸術ではない。これだってアートだ!」と主張したことと似ています。それまでの美の固定概念に対して、皮肉たっぷりに反撃しているのです。そう考えると『梨の形をした3つの小品』はサティ音楽作品の中で、かなり「ダダ」的だといえるでしょう。また、この曲はマン・レイから見てもっともサティらしい作品だったのかもしれません。
もうひとつマン・レイのサティに関する作品をご紹介します。
マン・レイ『エリック・サティの眼』(出典:「エリック・サティとその時代展」)
サティの肖像写真から目元を切り取って、マッチ箱に貼ったものです。この作品の由来は、マン・レイがサティのことを『眼をもった唯一の音楽家』だと讃えていたから、と言われています。美術と深くかかわり、美術作品を創作するかのように音楽を生みだしたサティは、マン・レイにとって偉大なインスピレーションだったのでしょう。その敬愛は、自身の展覧会のカタログにサティのインタビューを載せるほどでした。サティが「音」と言った部分をマン・レイは「色彩」に変えて引用したといいます(マン・レイ著『セルフ・ポートレート マン・レイ』)。
反骨精神にあふれたアーティストたち
世界戦争が勃発した20世紀前半に生きた芸術家たちは、既存の概念を真っ向から否定し破壊しようとしました。その根底にはブルジョワへの反抗、社会や権力者への怒りがありました。人々が妄信していた伝統や考えを問い直したのです。表現の方法は絵画のみならず、オブジェ、コラージュ、写真、そして映画といった映像へと広がります。
サティはお金や名声に目もくれず、ただ「おもしろい」と感じるものに挑戦し続けました。ピカソやコクトーと共作したバレエ『パラード』の音楽、映像作品『幕間』への出演と音楽制作などは、今見てもその前衛的なセンスに驚かされます。
マン・レイの写真はファッション誌でも重宝され、彼は商業的に成功したアーティストです。自著を読むとよく分かりますが、彼は世の流れを読み、周りの人々を一歩引いた視点から観察することができる人でした。一方でサティは同業者や批評家と言い合うのは日常茶飯事で、誰にどんな目で見られようと我が道を突き進みました。
二人の生き様はずいぶん違っていますが、マン・レイは初めて出会ったときからサティに刺激を受け続けていたのでしょう。『眼をもった唯一の音楽家』という言葉は、美術を愛したサティにとって喜ばしい誉め言葉だったに違いありません。
今回はいつもと少し変わって、歴史の中でも近代に近く、前衛的な作品をご紹介しました。一見わかりにくい音楽やアート作品であっても、そのメッセージや主張を知ると、作品そのものが訴えるものに気付くことができる、それが現代アートの醍醐味なのではないかなと筆者は考えます。ぜひとも新しいアートの楽しみ方を発見していただければと思います。

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