開幕! 新国立劇場オペラ《ニュルン
ベルクのマイスタージンガー》が問う
芸術の使命とは?~ついに完結【201
9-20オペラ夏の祭典】

「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World」の一環として2020年に上演が予定されていたワーグナーの大作《ニュルンベルクのマイスタージンガー》。新型コロナウィルス感染症の影響で上演が延期となり、今年(2021年)8月の東京文化会館での公演も中止となった。このプロダクションがついに11月18日(木)、新国立劇場で幕を開けた。
《ニュルンベルクのマイスタージンガー》は東京文化会館、新国立劇場、ザルツブルク・イースター音楽祭、ザクセン州立歌劇場(ドレスデン)の4者による国際共同制作で、すでに上演されたザルツブルクとドレスデンでの評判も伝わり、東京における初演が待望されていた。ここでは先日行われた舞台総稽古(ゲネプロ)の様子をお伝えする。
ワーグナーが台本と作曲を手がけた《ニュルンベルクのマイスタージンガー》は、16世紀のドイツ、ニュルンベルクにおけるマイスタージンガー(歌の匠たち)の物語だ。歴史上実在の人物でもある詩人ハンス・ザックスを中心に、ニュールンベルクの歌の芸術の継承と、そこに他所からやってきた若き騎士ヴァルター・フォン・シュトルツィングによってもたらされた新しい風を描く。
演出を担当するイェンス=ダニエル・ヘルツォークはベルリン出身のドイツ人。ヨーロッパで活躍する演劇とオペラの演出家だが、加えて劇場支配人の仕事もしており、現在はちょうどこのオペラと同じ都市、ニュルンベルクの州立劇場総監督を務めている。ヘルツォークはハンス・ザックスに自らを投影し、このオペラの舞台を現代のドイツの劇場に設定することを選んだ。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
幕が上がると、舞台の両脇には歌劇場の桟敷席があり、中央奥には舞台、その手前には劇場の一階席の赤い座席が数列見える。桟敷席はドレスデンのゼンパーオーパー(歌劇場)の内部を忠実に再現したものだ。この劇場で上演準備中のオペラはおそらく《ニュルンベルクのマイスタージンガー》そのもので、舞台は聖カタリーナ教会の内部になっており、16世紀の衣裳をつけた登場人物たちが行き来している。劇場の総監督であり演出家でもあるハンス・ザックスは彼らに色々と指示を出しているところだ。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
マイスタージンガーの一人であるポーグナーは宝石商で劇場の大口スポンサー。ビシッと背広を着こなしてオペラのリハーサルを見学しているが、ひっきりなしに仕事の電話が入ってきて邪魔されている。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
ポーグナーの娘エーファと騎士ヴァルターも劇場の中で出会う。マイスタージンガーの一人で書記のベックメッサーは音楽評論家という役回りになっている。ハンス・ザックスの徒弟ダーヴィットは舞台の裏方の一人のようだ。ザックスはおそらく劇場で一から修行した叩き上げの支配人である。監督としての彼の執務室には2021/22年シーズンのオペラと演劇の上演スケジュール表が貼ってある。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
劇場内部を再現したマティス・ナイトハルトの美術は精緻で美しく、回り舞台を使用した素早い展開で、全曲で約5時間(休憩込みで約6時間)という長丁場のオペラを飽きさせない。舞台、客席、リハーサル室、ハンス・ザックスの執務室、その上階にあるメイク室、ザックスが靴を直す時に使う履き物部門の部屋などが次々と目の前に現れるのが愉快だ。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
毎年、夏至に行われる聖ヨハネ祭を翌日に控えて、劇場では次々とハプニングが起こる。大道具や照明などのスタッフに加え、衣裳をつけた人々が歩き回り、中には太った天使の着ぐるみを着た三人の女性や、リアルなクマの着ぐるみも登場する。
第二幕で起こる派手な喧嘩騒ぎでは、ベックメッサーとダーヴィットのなぐりあいが手を触れないジェスチャーで示されたり、第三幕のダンスや合唱がディスタンスを守りながら演じられるのを見ると、まだコロナの影響で動きの制限があることを思い出すが、それ以外は出演者たちの演技は自然である。大きな満月や、緑の茂みなどの幻想的なシーンも違和感なく挿入されており、この作品の大きなテーマが、芸術が社会に果たす役割を示すことにあると考えれば、〈劇場〉への読替えは成功と言えるだろう。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
もっとも、ヘルツォークの読替え演出を説得力のあるものにしているのは、ワーグナーの偉大なる台本と音楽の力に他ならない。そして今回の上演の素晴らしさは、それを具現化しているオーケストラと出演者たちの存在である。
新国立劇場オペラ部門芸術監督であり、オペラ夏の祭典のプロデューサーでもある大野和士は、手兵の東京都交響楽団を指揮してめざましい演奏をくりひろげた。ワーグナーはこの作品の前に《トリスタンとイゾルデ》を完成させている。半音階を主体とした《トリスタン》と全音階的な《マイスタージンガー》は対照的な音楽として語られることもあるが、《マイスタージンガー》の中には《トリスタン》を書いたからこその響きが内包されており、ハ長調で書かれた前奏曲も例外ではない。大野の指揮は堂々として、テンポは速すぎないが活力に溢れており、前奏曲の終わりは特に荘厳な響きがあった。
音楽の流れを重視した流麗さはオペラ全体に言えることであり、また弱音部分では歌を決して邪魔しないのに、盛り上がる場面ではしっかり鳴らして迫力十分であった。各楽器のソロ・パートもそれぞれ音色が溶け合って美しい。弦が主体となる第三幕への前奏曲は、ザックスの諦念と葛藤などの内面を示す、深い精神性を感じさせる美しさが白眉であった。
大野自身が「ドラマを構成しているもっとも重要な要素は二重唱」と言うように、二重唱による対話はこの作品の極めて大事な部分となっている。第2幕のザックスとエーファの二重唱、エーファとヴァルターの二重唱、ザックスとベックメッサーの二重唱、第3幕のザックスとダーヴィットの二重唱、そして名場面ザックスのモノローグからザックスとヴァルターの二重唱、ベックメッサーとザックスの二重唱、ザックスとエーファの二重唱と、聴きどころは枚挙にいとまがない。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
そして極め付けが、これらに続いてのザックス、エーファ、ヴァルター、ダーヴィット、マグダレーネによる有名な五重唱(第3幕 第4場)である。ここでは照明が静止した5人をくっきりと照らし、妙なるハーモニーを際立たせていた。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
ハンス・ザックスを歌うトーマス・ヨハネス・マイヤーは《リング》ヴォータン役などを得意とするワーグナー歌いであり、気品のある美声と理知的な歌い方が適役。ポーグナーのギド・イェンティンスはよく響くバスの声に加え、市の有力者の風格も十分。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
今回の素晴らしいキャストの中でも特筆すべきはベックメッサー役のアドリアン・エレートだろう。ザルツブルクの初演からこのプロダクションで歌っているエレートは、ベックメッサーを単に腹黒く滑稽な男としてではなく、町の名士でありながらエーファを獲得したい気持ちで次第に我を失い、ついにはザックスのものと信じたヴァルターの歌を歌うという過ちをおかし大敗を喫するまでを、共感を持って演じた。特に最後の求婚の歌は声の響きも演技も素晴らしく、ベックメッサーに同情したい気持ちが湧いてくる。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
ヴァルターのシュテファン・フィンケはヘルデン・テノール(英雄的テノール)の輝かしい声を持っており、勢いのある歌唱。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
エーファは林正子。ドイツ・オペラに良くマッチする音色の美声と、芯の強さを感じさせる演技で「現代のエーファ」を演じた。歌合戦の勝者の花嫁になるという設定はオペラを現代に置き換えて演出する時のネックになり得るが、彼女のエーファは最初からはっきりと強い意志を持った女性に見え、それがこの演出の結末にも結びつくことになる。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
今回、ダーヴィット役の代役となった伊藤達人は若々しい明るい声を持ち、音楽的にも他のキャストに遜色ない優れた歌唱を聴かせてくれた。マグダレーネの山下牧子も艶のある声で演技も巧み。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
このオペラの題名にもなっている「Die Meistersinger マイスタージンガーたち」は多くの男性ソロ歌手を必要とするが、今回の舞台には粒ぞろいの歌手たちが揃った。コートナーを歌った青山貴がたっぷりとした声のボリュームと美しさで役を務めたほか、村上公太、与那城敬、秋谷直之、鈴木准、菅野敦、大沼徹、長谷川顯、妻屋秀和と一流の歌手たちが揃いアンサンブルにも隙がない。そして夜警の志村文彦の歌も闇を照らす明かりとなった。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)

祝祭的な性格を持つ《マイスタージンガー》だが、現代の上演において問題となるのが最後の場面だ。歌合戦で皆の賞賛を勝ち取ったヴァルターが、マイスタージンガーの一員になることを求められ拒否しようとするのを、ザックスが説得する。それまで明るさに満ちていた音楽がにわかに曇り、ドイツは外敵から脅かされているが芸術によって守り抜かねばならぬ、と歌う場面である。この演説に含まれる政治的なメッセージは、20世紀にナチスによってドイツ礼賛に使われてきたという過去もある。ここをザックスがどう歌うか、そしてその内容を演出のヘルツォークがどう結末に繋げていくかが注目である。
ちなみに、この草原における歌合戦の場面での主役たちの衣裳が興味深い。ハンス・ザックスだけが燕尾服。他のマイスターたち(スポンサーたち)は黒いタキシード、そしてヴァルターは白いタキシードだが、ジャケットの前を開け、黒い蝶ネクタイを結ばずに首にかけただけで登場する。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)
劇場の未来をヴァルターに託したかったザックスの熱い想いは若い彼に通じるのか?それはぜひ、舞台を観て確認していただきたい。結末の鍵を握るのはエーファである。女性の影響力が強いのは何も現代に限ったことではないのだから、これも物語の当然の結末と言えるのかもしれない。
《マイスタージンガー》はワーグナーの作品の中でも合唱が魅力だ。三澤洋史指揮の新国立劇場合唱団、二期会合唱団は、通常のこの作品の上演よりは人数をしぼっているものの、その歌と演技の鮮やかさで最後の歌合戦の場面のみならず、オペラ全体にエネルギーを与えていた。エキストラの俳優たちも合唱と一丸となって、劇場で働く人々の個性を活き活きと演じている。芸術を愛する人がいる限り、劇場文化の未来は常に明るいに違いない。
新国立劇場オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ゲネプロ)

取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • SUPER★DRAGON / 「楽楽★PAINT」
  • OLDCODEX / 「WHY I PAINT ~なぜボクがえをかくのか~」
  • みねこ美根 / 「映画の指輪のつくり方」
  • POP TUNE GirlS / 『佐々木小雪のイラスト花図鑑』
  • POP TUNE GirlS / 『涼水ノアの、ノアのはこぶ絵』
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』

新着