パリ・オペラ座バレエ シネマ 2022『
シンデレラ』~パリ・オペラ座ならで
はの大人のファンタジー、パケット引
退公演を大スクリーンで

2021年12月24日(金)から、東劇(東京都)をはじめ、各地でパリ・オペラ座バレエ シネマ 2022『シンデレラ』の上演が始まる。稀代のダンサーにしてパリ・オペラ座の芸術監督も務めたルドルフ・ヌレエフがシャルル・ペローのおとぎ話を、1930年代のハリウッドを舞台に振り付けた作品だ。継母や義理の姉らにいじめられ虐げられる娘が映画スターとしてチャンスを掴み、王子ならぬスーパースターとハッピーエンドを迎える物語は、まさに現代の「シンデレラ・ストーリー」。しかもこの華麗な物語世界には、時の移ろいや現実と夢の狭間の虚飾、だからこそ美しい瞬間の美なども描かれ、時にはコミカルなエスプリの効いた、大人のファンタジーに仕上がっている。
またこの本映画の収録日2018年12月31日の公演は、パリ・オペラ座の人気エトワール(最高位ダンサー)カール・パケットの引退公演として話題を呼び、動画配信やテレビでも放映された。この華やかな舞台が大スクリーンでも楽しめる、絶好の機会をぜひお見逃しなく!

■ハリウッドを舞台に繰り広げられるシンデレラ・ストーリー
パリ・オペラ座『シンデレラ』初演は1986年。初演時はシルヴィ・ギエムが主演シンデレラを、王子たる映画スターをシャルル・ジュド、仙女にあたるプロデューサー役をヌレエフ自身が演じていた。撮影スタジオには「チャップリン」「キングコング」などが登場し、また1人で留守番をするシンデレラがチャップリンを模して愛嬌たっぷりに踊るなど、随所にハリウッド映画へのオマージュも盛り込まれ、遊び心にもあふれている。
物語はおとぎ話をほぼ踏襲したもの。シンデレラ(ヴァランティーヌ・コラサント)の義理の姉妹たち(ドロテ・ジルベール、リュドミラ・パリエロ)が夢見るのは映画スター。シンデレラが継母(オーレリアン・ウエット)や義姉たちの騒ぎの傍らでこっそりと眺めるのはチャップリンの映画「キッド」のポスターであるように、彼女も映画の夢世界に憩いや憧れを感じている。継母役は男性がポワントを履いて踊るため、配されるダンサーによって味わいが変わるのだが、ウェットの継母は高身長が放つ異形的美しさが独特の存在感を放ち、迫力満点だ。2人の姉も下品ギリギリの寸止めテクニックが絶妙で、さすが人気エトワールといったところである。
そうした継母や姉たちが騒々しい騒ぎを繰り広げるなか、バイクの事故だろうか、一人の男(アレッシオ・カルボーネ)がシンデレラの家に飛び込んでくる。彼は実は映画プロデューサー。怪我をしたプロデューサーを介抱するシンデレラに何かを感じたのか、彼は彼女をスカウトするのである。シンデレラはかぼちゃの馬車ならぬアメ車に乗ってハリウッドへ向かい、映画スター(パケット)と出会い恋に落ちるのだ。衣装デザインは森英恵。一瞬ギョッとする謎衣装もあるが、このスタイリッシュでエレガントな世界感はパリ・オペラ座唯一無二。男性の群舞も圧巻だ。

■カール・パケットの華やかなるアデューと門出
この上演作品のもうひとつの見どころは、やはりこの公演で引退する映画スター役、パケットの姿だ。
そもそもパリ・オペラ座のダンサーは国を代表する芸術家としてパリ・オペラ座に勤務する、現実的な言い方をすれば公務員であり、42歳で定年を迎える。「勤務」とはいえ、ダンサー達はパリ・オペラ座バレエ学校を含めた幼少時代からの大変な競争を潜り抜け、自らを研鑽し、時には運も味方にしながら、スターダムへ向かって一歩一歩階段を上り、狭き門を潜り抜けてきた選ばれし者たちばかりだ。パケットも1987年に10歳でパリ・オペラ座のバレエ学校に入学後、1994年にパリ・オペラ座バレエ団に入団。1996年にコリフェ、2000年にスジェ、2001年にはプルミエ・ダンスールに昇格し、2009年12月31日、ヌレエフ振付『くるみ割り人形』を踊り、エトワールに任命される。華やかなテクニックというよりはクレバーで誠実、細やかな役作りや献身性といった存在感が、彼の魅力のひとつだ。
このエトワール昇格と同じ日に行われた引退公演『シンデレラ』の演目はパケット自身が選んだものだという。『シンデレラ』の王子――ヌレエフ版では映画スターは、登場するのは物語の中盤である2幕。継母や姉たちが大騒ぎをして舞台が十分すぎるくらいに温まったところに、絶対的な存在感と輝きと説得力とともに、燦然と輝く太陽の如く登場しなければならない。加えてヌレエフならではの難易度の高い振り付けも満載の難役ではあるが、敢えてその作品を、バレエ人生区切りの、そして新たな門出に選んだパケット。その雄姿はやはり大スクリーンで見ておきたいところだ。

■夢は美しいからこそ儚い。瞬間の「美」を心に刻みたい
パリ・オペラ座の『シンデレラ』は、華やかな夢世界である反面、移ろう時や「芸能界」という虚飾――いわば華やかな光によって生まれる影の部分も連想させるのも魅力の一つだ。時は常に流れ、若さも美しさも一瞬だ。今は幸せなシンデレラと映画スターも20年、30年先はどうなっているだろう? では何が永遠なのだろうか。それは「美」であり、だからこそ舞台は最後に2人のダンサーが醸す「美」をフィルムに収め、永遠のものとして封じ込めるのだ。
思えば1930年代のハリウッドは「黄金時代」とは言われるが、その繁栄の裏には1929年に起こった大恐慌の不安から逃避せんがための「夢の大量生産工場」の役割もあった。さらに『シンデレラ』を作曲したプロコフィエフはアメリカに亡命するも、自由の女神には微笑まれることなくその後パリへ、そして望郷の思いを募らせ1935年にはソ連に帰国。この『シンデレラ』には、西洋文化へのオマージュやノスタルジーがこめられているという。そしてヌレエフもまた自由を求め1961年にソ連からパリへと亡命し、生涯「美」を追い続けた。
様々な立場からの逃避、望郷や憧れや夢に象徴される「美」が、この『シンデレラ』には結実しているのかもしれない。そしてそれをヌレエフが育てたダンサーらが継ぎ、今へと伝えている。パリ・オペラ座は世界に誇る美の殿堂であり、ダンサー達はその体現者だ。本物の芸術家たちが醸す美しき瞬間を、ぜひ心に刻み込みたい。
文=西原朋未

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着