松本白鸚「俳優として、人間として幸
せ者です」~ミュージカル『ラ・マン
チャの男』製作発表レポート

1969年の日本初演以来、セルバンテス/アロンソ・キハーナ/ドン・キホーテ役を演じ続け、『ラ・マンチャの男』をライフワークとしている二代目松本白鸚。“見果てぬ夢”を追い続け、上演回数は1300回を超えた。白鸚の半世紀以上におよぶ“遍歴の旅”が、2022年2月、いよいよ終焉の時を迎える。
2021年12月16日、都内で本作の製作発表会見があり、主演の白鸚ほか、2012年公演以来にアルドンザ役を務める、娘の松たか子らが登壇。製作発表の様子を写真とともにお伝えする。
白鸚「本当に俳優として、人間として幸せ者です」
二代目松本白鸚
ーーまずは一言お願いします!
 
白鸚​:師走も半ばになりまして、お忙しいところ、お集まりいただきましてありがとうございます。東宝の皆様が2月6日から『ラ・マンチャの男』を上演されます。それにセルバンテス/ドン・キホーテ/キハーナと一人3役を演じることになりました。どうぞよろしくお願いします。
 
初演は26歳でございました。ブロードウェイに参ったのは27歳でした。もう50年以上経ちます。本当に感無量でございます。とにかく初日から千穐楽まで皆さん方にご迷惑をかけないように、無事に千穐楽を迎えたいと思います。
 
長きにわたりこの作品を上演できたのは、東宝の皆様、スタッフ・キャストの皆様方、家族、友人たちのおかげだと思っています。本当に自分は俳優として、人間として幸せ者です。2月、1ヶ月間という長期間でございますが、無事千穐楽を迎えられるよう務めたいと思っております。
 
松:また出演させていただくチャンスをいただける日が来るとは本当に思っていなかったので、できるのか、やっていいのか、いろいろ自分なりに考えましたが、いただいたチャンスを生かして、自分を使い果たして、この公演に臨みたいという思いで、出させていただくことにしました。
 
私はまだ稽古に合流しておりませんが、とにかく今回のカンパニーの皆さんは、長く出演されている方々もいれば、初めて参加されている方もいて。いろいろな人が混ざり合ったカンパニーとともに、自分を捧げて、ベストを尽くしたいなと思っています。どうぞよろしくお願いします。
松たか子
ーー久しぶりに娘の松たか子さんがアルドンザ役です。どのように思っていらっしゃいますか?
 
白鸚:初演の当時、たか子はまだ生まれておりませんでした。最初は1995年にアントニア役から参加して、アルドンザは2002年の博多座公演からだそうです。僕は演出も兼ねておりますが、それまでのアルドンザは、どちらかというと女性の中でも姉御肌のようなアルドンザだったんです。でも、たか子がやる場合は、野良猫のような、目ばかりギラギラ光っている下働きの娘のシチュエーションにいたしました。
 
今回2月に上演することについては、皆さん、お分かりにならないかも知れませんが、なぜ自分がブロードウェイに行ったのかが分かりました。『アナと雪の女王』で、彼女が歌う「Let It Go」の歌声を聴くために、ブロードウェイへ行ったんだな、と。いや、分かりにくいかもしれませんが(笑)、そういう気がいたしました。(今月の)10日から稽古に入っていますので、若さに負けないように頑張りたいと思います。
 
ーー『ラ・マンチャの男』は、松さんにとってどんな作品ですか?
 
松:小さい時は、とにかく怖い作品だと思っていました。自分がそれまで触れた舞台に比べると、とにかく舞台が暗くて、汚しをたくさんしたひげモジャの人たちが出ていて、舞台を見ても怖いし、楽屋行っても怖い人しかいなくて。楽屋の角を曲がるたびにドキドキしていたことを思い出します。ひげモジャのあらくれ男たちに楽屋で会うとすごくニコニコ微笑みかけてくるのが、それがまた怖くて(笑)。
 
怖い、暗い。でも綺麗な瞬間があって。何か人の心が動いている様を見ているということに感動させられるんです。不思議と引き付けられる舞台ではありました。私にいろいろなものを見せてくれた舞台でもありますし、スピード感だったり、必要なものしかない舞台の中で話が進んでいく感じとか、こういう表現もできるんだなということを、たくさん教えてもらった作品かもしれないです。
松たか子「尊敬しかない」
二代目松本白鸚
ーー長い役者人生の中で、1回しかやらない役もあれば、何回も演じる役もある。なぜこの作品は何回も演じたいと思えたのでしょうか?
 
白鸚:いろいろ考えたんですけど、普通、夢がかなったり、思いがかなう人が多い中で、この『ラ・マンチャの男』は劇中劇ですので、囚人たちは夢がかなわないんです。負けると分かっている。でも、あるべく姿のために戦う心を失わない。それを喚起させてくれるのが、牢獄に放り込まれたセルバンテスだと思っております。
 
先ほど、関係者の方々にお礼を申し上げたんです。今日ご来場のジャーナリストの方々もそうです。それから一番、やっぱり切符(チケット)を買って『ラ・マンチャの男』を見にきてくださったお客様がいたからこそ、このラ・マンチャは続いているんだと思います。お客様の力だと思います。
 
ーーひとつの役を長年演じてこられたお父様から、どんなことを学ばれましたか?
松:私のようなまだまだな人間から見ると、同じ役をやり続けること、そしてやり続ける役に出会うことは、恐怖でしかなくて。素直に尊敬をします。やっぱりやり続けると、いつかやらなくなる。いつまで続けるのか。いろいろな声と、自分の状態と、全部含めた中で、ただただその日の舞台に向かう強い気持ちと、もちろん見てくださるお客様があって成り立つのですが、尊敬しかないですね。
 
私はまだまだそうはなれないし、できればそういう役に出会いたくないと、ぐずぐず思っているような人間。でも勇気とか、すごいということだけではないと思うんです。やっぱり役があって、舞台があって、見る方がいるからやる。とてもシンプルな姿を、父を通して見せられている気がします。
 
今だけなんですけどね。稽古に入ると、そんな想いに浸っている余裕はないと思うんですけど(笑)、いろいいろやっている姿を見ていてすごいなと思います。
松たか子
ーー長年演じることで感じた、『ラ・マンチャの男』の魅力はありますか?
 
白鸚:整理いたしますと『ラ・マンチャの男』は26歳の時に初めてやりまして、50年以上やってきたので、『ラ・マンチャの男』というミュージカルのテーマと、俳優・白鸚という生き方が一緒になっちゃったんですね。あるべく姿のために戦う心を失わないように、失わないように、これまでやってまいりました。
 
皆様の力のおかげで、今日のような会見を行うことができた。そのことこそが奇跡だと思っています。自分としては、感謝の心だけでございますね。夢が叶わないと分かっている、負けとわかっている戦いでも、男は時に戦わなければならない。そんなことをテーマにしているミュージカルですが、それは自分の生き方と同じように感じられます。
 
ーー初演からこれまで特に思い出深い出来事はありますか?
 
白鸚:思い出はいっぱいございます。このミュージカルのテーマである、見果てぬ夢、Impossible Dream。私をミュージカル俳優と見出してくださった、菊田一夫先生、このミュージカルを劇場で見た父、そのレクイエムのために歌っておりましたけれど、あるとき、何回目だったかな、暗い客席から、ドン・キホーテになってキハーナが死んでいくシーンで、「ノン・ムエラ(No te mueras)」と聞こえたんです。スペイン語で「死なないで」という意味だそうですけども。それが客席から聞こえた時はドキッとしました。お客様が私語をおっしゃっていたのか。日本の公演でしたけど、日本語じゃなかったですね。
 
思い出はつきません。残念ながら今回、レクイエムを歌うものが一人増えてしまいましたね。たか子が怖い、暗い、そういう雰囲気があると申しましたけど、それが人生だと思います。我々は、お客様に夢を与え、悲しみを希望に、苦しみを勇気に変えるのが仕事と思っております。『ラ・マンチャの男』を通して——自分としては体が動かなくなったとしても——メッセージだけでも伝えたい。エピソードは数知れません。
千穐楽を終えたら「もぬけの殻でしょうね」
二代目松本白鸚(左)と松たか子
ーー大切な作品にピリオドを打とうと思われたのはなぜですか?
 
白鸚:3年前(2019年公演)が自分では最後だと思っておりましたけど、この混乱した状態でも、東宝さんが『ラ・マンチャの男』の2月の公演を維持してくださるという話が私にあって。びっくりいたしました。これを実現できるということは、自分はともかくとして、実現するという東宝さんのお力と、歌舞伎俳優としての白鸚を貸し出してくれる松竹さんの演劇人としての良心ではないかと思います。
 
白鸚はいち俳優でございますから。東宝さんがやらないと決めたらば、それでエンドになるわけです。いち俳優としての自分はいつも忘れずに持っておりますので、自分はこれをやりたいからということではなくね。
 
まさか初演の時は生まれてもいなかった松たか子と共演できるなんて考えていません。本当に運命。そんな言葉で表現したいです。
 
ーー年によって“見果てぬ夢”が変わってきたと思います。『ラ・マンチャの男』を終えた後、歌舞伎役者としての夢は何になっていくんでしょうか?
 
白鸚:今ご質問いただいた記者さんは初演からご覧になっているんですよ。初演からご覧になっている。……本当にもぬけの殻でしょうね、これが無事に終わった2月28日の千穐楽は。しばらく歌舞伎役者としての見果てぬ夢を考える気持ちも起こらないかもしれないです。
 
でも、4月の歌舞伎公演は決まっておりますので、それについて考えなければならない。毎日毎日がそれをやりこなすことで精一杯。それが見果てぬ夢なんですかね。自分にとってはね。
 
ーー80歳のお誕生日に『ラ・マンチャの男』をなさるのかと思っていました。
 
白鸚:それまで元気でいますかね(笑)。それは夢のある話ではあります。初めから終わりまで、この記者会見では夢の話をしてきました。『ラ・マンチャの男』でいう“見果てぬ夢”とはそういうものです。夢とは夢を実現しようとする心意気だと思います。
二代目松本白鸚
ーー本作は人生の哲学がたくさん含まれている作品です。白鸚さんご自身も、初演の26歳のときにはよく分からなかったことが、どんどん分かってきたと。何かタイミングやきっかけはあったのでしょうか?
 
白鸚:夢とは夢を実現しようとする心意気だと申しました。この年になると、やっぱり叶わないことがありますが、でもそれに負けないで、なんとか、夢という言葉にただ口先だけで語っているのではなくて、夢に向かって続けること。それが夢を追うことのひとつだと思いますし、僕は小さなことで夢が叶ったと思うんです。
 
例えば、指にトゲが刺さりますよね。あれ、痛いし、鬱陶しい。それをなんとか苦労して細いトゲを毛抜きで抜けた時、あぁ夢がかなったと思うんです。そういう小さなこと。諦めないということだと思います。
弟・吉右衛門に向けたレクイエム
ーーコロナ禍での上演となります。何か特別な思いはありますでしょうか。また、先ほどレクイエムのお話がありましたが、先日亡くなられた中村吉右衛門さんについても思いをお聞かせください。
 
白鸚:まだ完全に感染が収まっていませんし、俳優どもも苦労していますが、会社で働かれている皆さんもそれぞれが大変だと思います。現場の方々、患者の方々、ご家族の方々、みなさん大変だと思います。その中で『ラ・マンチャの男』という舞台をやるということは、自分は悲しいことや苦しいことがあっても、それを平常心というか、俳優というのは芝居をするのが自分の決められた道だと思っておりますから。
 
普段と変わらないというのは語弊がありますけども、そういう方々のことを考えながら、なお一層努力をするということで、2年以上毎日歌舞伎座に立って演じてまいりました。いつも今日こそはいい舞台を、と思いつつ、なかなか。先輩たちは「まだお前は芸の上手い下手をいう段階ではない。とば口に立ったんだから、芸が上手いとか下手とか、拍手をもらうことにかまけていてはダメだぞ」と聞きます。
 
弟について。別れというのはいつでも悲しいものです。たった1人の弟でしたから。でも、いつまでも悲しみに浸ってはいけないと思います。それを乗り越えて、それを跳ね返して、お稽古から2月の本公演、いろいろな思い出はありますけれど、「見果てぬ夢」を歌いたいと思います。
2012年8月帝劇公演より(写真提供/東宝演劇部)
松:様々な制約のなかでも変わらず稽古、本番をしてきました。いろいろ大変なことはありますが、本番が終わってメイクを落として、着替えをしていると、お客様は時間をかけて規制退場に協力して帰っていただいているんですよね。お芝居が終わってわーっと帰りたいところを冷静にみなさん規制の指示にしたがってくださって、ゆっくり退場している姿を見ていると、お見送りしたいという気持ちに何度もなりました。
 
役者にも規制もありますけど、やることはコロナであろうとなかろうと、劇場の扉が開いている以上は、あまり変わらない。まだできるだけ幸せ。お芝居をやっていいですよといってもらえるだけでも幸せだと思っています。
  
叔父の舞台を見られないのは心から残念に思います。先日していた舞台の東京千穐楽で知らせを聞きました。大阪の初日を開けた時は、叔父に向かって「幕を上げてやったぞ」という気持ちになって。やっぱり私たちは舞台に立ち続けることでしかお返しなり、感謝なりができないかなと。心からお悔やみ申し上げているところです。
 
ーーでは、最後に一言お願いします!
 
白鸚:本当にありがとうございました。2月の6日~28日、日生劇場でぜひお待ちしております。(東宝の)池田(篤郎)重役ありがとうございました。たか子も稽古に入ったら厳しく一生懸命ひとつよろしくお願いします。今日の会見は夢を語った会見でした。まごうことなく、これが私の夢でございます。それをお仕事の上でも人生の上でもいかして、たかが芝居、されど芝居だと思いました。ミュージカル『ラ・マンチャの男』、よろしくお願いします。
取材・文・撮影=五月女菜穂

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