「鼠小僧はなぜ鼠小僧に」尾上菊之助
が長男・丑之助と『鼠小僧次郎吉』に
挑む~歌舞伎座『二月大歌舞伎』取材
会レポート

尾上菊之助と長男の尾上丑之助が、歌舞伎座『二月大歌舞伎』の第三部『鼠小紋春着雛形(ねずみこもんはるぎのひながた) 鼠小僧次郎吉』に出演する。菊之助は稲葉幸蔵(鼠小僧)を、丑之助は蜆売り三吉を、それぞれ初役で勤める。
「『鼠小僧』といえば、弱きを助け強きをくじく、勧善懲悪のスカッとする物語を、ご想像される方も多いと思います。しかし今回の『鼠小僧次郎吉』は、そうではございません」
どのような作品になるのか。なぜ今、この作品なのか。音羽屋ゆかりの演目に、どのような思いを込めるのか。取材会の模様をレポートする。
■鼠小僧はなぜ鼠小僧になったのか
「鼠小僧は、明治から大正にかけて、五代目菊五郎、六代目菊五郎が勤めました。父の七代目菊五郎も、1993(平成5)年に国立劇場でやらせていただきました。代々の音羽屋が勤めてきた中で、私は令和の鼠小僧を作ることができれば」
初演は、1857(安政4)年1月。河竹黙阿弥が、四代目市川小團次のために書き下ろした。
「安政の時代は、大きな地震が相次ぎ、台風では10万の方が亡くなるなどしました。文献で知り、想像する限り、大変な時代だったと思います。黙阿弥さんは、殺伐とした世の中で、どうしたら明るい気持ちで生きられるかをテーマに、本作をお書きになったのではないでしょうか」
尾上菊之助
刀屋の新助(坂東巳之助)は、大切な刀と金百両を奪われ、芸者お元(新悟)と心中を決意する。それを止めるのが、易者の姿で世を忍ぶ幸蔵(実は鼠小僧)だった。
「鼠小僧がなぜ鼠小僧になったのか。これが話の発端になります。江戸時代の人々にとって、『易』は生活と密接したものでした。人間には、生まれた時、日、月、年により背負う業があると考えられ、人々はその因縁や悪縁をはらう術も持っていたんです。鼠小僧は、石川五右衛門と同じ庚申の生まれ。庚申の世に生まれる人には盗み癖があるとされ、この因縁を断つため、父親は幸蔵を一度捨てる。そこから話がはじまります」
かつて豊臣秀吉は、“一度捨てられ拾われた子は健康に育つ”と信じ、三男の秀頼を一度捨てたと言われている。そんな例も挙げながら、「江戸の人たちが、“生まれ年”をどう捉え、どのように悪縁を断っていたのか。お客様には、幕前芝居でご説明したい」とプランを明かす。
『鼠小僧次郎吉』(令和4年2月歌舞伎座)稲葉幸蔵=尾上菊之助 (c)松竹
「幸蔵は、悪事として盗みを働く因縁から断ち切られ、人助けをしたいと考えるようになります。しかし鼠小僧は、『盗み』を自分の宿縁と受け入れ、盗みを重ねながら人を助ける道を選ぶんです。果たして正しい道なのか……。黙阿弥さんは、登場人物との繋がりから問いかけます」
■丑之助の成長を見守っていただけるように
丑之助が勤める三吉は、蜆売りの少年だ。姉の窮地を幸蔵に伝える大事な役どころ。初演では、五代目菊五郎が勤めた。
丑之助「お稽古では、お父さんが言う台詞をくり返し言って覚えました。雪の道を歩くお稽古は、お母さんにビデオに録ってもらって、見直してやっています。台詞は全部覚えましたが、どんな心で、どんな風に言ったらいいかは、まだあまり整っていません」
尾上丑之助
1925(大正14)年には、菊之助の曾祖父・六代目菊五郎が鼠小僧を、祖父・七代目尾上梅幸が三吉を勤めた。今回のために撮り下ろされたスチール写真では、易者姿の鼠小僧と笠をかぶった三吉の姿が、97年前と同じ構図で再現されている。
菊之助「六代目は、子役だった梅幸の、雪道を歩く芝居が気に入らず、本当に雪が降る庭に梅幸を放り出して、裸足で歩かせて稽古をしたという口伝があります。先日、東京にも雪が降りました。丑之助も、雪の寒さを感じられたのではないでしょうか」
丑之助は、「雪合戦をしました。裸足で歩いてはいません」とコメント。一同は笑いに包まれた。

(写真左)『鼠小僧次郎吉』(令和4年2月歌舞伎座)スチール写真
稲葉幸蔵=尾上菊之助、蜆売り三吉=尾上丑之助/(c)松竹

(写真右)『鼠小紋東君新形』(大正14年2月市村座)ブロマイド (左より)蜆売り三吉=四代目尾上丑之助(七代目尾上梅幸)、稲葉幸蔵=六代目尾上菊五郎(所蔵:国立劇場)
2021年、丑之助は、子役の大役と言われる『春興鏡獅子』の胡蝶の精と、『熊谷陣屋』の小四郎を勤めあげた。しかし、記者から印象に残っている役を問われると、2018年に中村吉右衛門と共演した『夏祭浪花鑑』を挙げ、「おじいちゃんにおんぶしてもらった思い出があります」と答えていた。
菊之助「丑之助が小四郎を勤める姿を、誰よりも楽しみにしていたのは、岳父(吉右衛門)でした。(入院中の吉右衛門には)DVDの映像でおみせしました。丑之助にとって、菊五郎は手放しに褒めてくれる存在です。その分、私はスパルタでお稽古し、岳父・吉右衛門には、天国から丑之助の成長を見守っていただきたいです」
スパルタ宣言をする菊之助の目に、丑之助の成長はどう映っているのだろうか。
「『八犬伝』は5回見ました!」と丑之助
菊之助「これまで以上に、芝居を好きになっているようです。最近は、長いお芝居も楽しめるようになって。それから、彼のバイブルは『かぶき手帖』なんです。枕元に置いて、この人は何て呼べばいいの? などと聞いてきます。〇〇おにいさんだよ、〇〇おじさんだよと答えると、一人ひとりに“おにいさん”、“おじさん”と、書き込むんです。私より詳しいかもしれません(笑)」
『かぶき手帖 2022年版』のおすすめページは、「僕のページです!」と丑之助。その答えも納得の凛々しい舞台写真は、『かぶき手帖』で確認してほしい。
■人が笑い、明るい気持ちで生きるために
音羽屋ゆかりの鼠小僧を演じる上で意識する「音羽屋らしさ」とは。
菊之助「私はまだ、江戸の風情が身体から滲み出る役者ではありませんが、代々の音羽屋は、あたかも江戸から抜け出て舞台で生きているかのように、役を演じてきたのだと思います。黙阿弥さんの七五調の台詞や、音羽屋ならではの形の良さを大切にしています。私にとっては、江戸の市井に生きる人々の匂いを出せる役者になりなさい、と宿題をいただいたような演目です」
この作品の上演を提案された時、菊五郎に相談したことを明かす菊之助。
「父からは、今の時代に合う作品かどうか、よく考えるよう言われました。そこで原作に立ちかえり、黙阿弥さんが伝えたかったことを深く考えました。黙阿弥さんは、この作品を通して、仏教の『三心』、喜心(きしん)、老心(ろうしん)、大心(だいしん)の3つの心を大切にすれば、自ずと心の曇りは晴れ、自灯明を輝かせ、世の中を笑って明るく生きられると説かれているんですね」
「今を生きる私たちにも、血族の業、土地の業など、さまざまな業があります。先日、都内の大学で起きた痛ましい事件も、時代の業と言えるのではないでしょうか。心が曇らざるをえないのは、安政の時代も現代も同じです。黙阿弥さんは、『大変な時代に、人々の心に少しでも灯りを』と、このお芝居を書いてくださった。私もコロナ禍の時代に、少しでも皆さんの心に灯をともすことができればという思いです」
取材会で菊之助は、「宿命の物語をストレートにご説明するのは難しいですね」と、もどかし気に微笑みつつ、黙阿弥の意図を伝えるべく、真摯に言葉を紡いでいた。その隣でじっと耳を傾け、記者から求められた時には自分の言葉でコメントする丑之助の姿も印象的だった。安政の時代と現代を重ね、「いまを生きる人々の心に灯りを」と語る菊之助の『鼠小僧次郎吉』は、『二月大歌舞伎』第三部にて、2022年2月1日(火)~25日(金)までの公演。
取材・文・撮影=塚田史香

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