ピアニスト・髙木竜馬が『サンデー・
ブランチ・クラシック』に緊急出演!
コンサートレポ&インタビュー~2月
に控えたリサイタルの構想は?

2022年1月23日(日)、冬の日曜日の昼下がり。東京・渋谷のeplus LIVING ROOM CAFE & DININGでピアニスト髙木竜馬を迎え、『サンデー・ブランチ・クラシック』が開催された。髙木の出演は急遽決定したが、客席は満員御礼。ライブ演奏の模様は無料ストリーミング配信も行われた。
演奏曲目は来る2月26日(土)に浜離宮朝日ホールで開催される髙木のリサイタル曲目から数作品を先取りしての “予告編” 的なものもあり、多彩な内容。歌心あふれる演奏で会場に集ったゲストも、PC前のリスナーたちも日曜のひとときを優雅に満喫したに違いない。
東京の感染者数も高まる中、ライブ演奏会場のeplus LIVING ROOM CAFE & DININGの空間は完全に孤立したかたちで安心して食や演奏を楽しめるよう、満席の会場はレイアウトも完璧にしつらえられていた。モダンながらアットホームなサロンの雰囲気はいつ見てもいい感じだ。
今回のゲスト、ピアニストの髙木竜馬は高校卒業以来ほぼ10年にわたってウィーンを拠点としており、サンデー・ブランチへの出演も3年ぶりだという。一曲目演奏後の挨拶でも「久しぶりに “我が家” に戻ってきたかのような安心感がある」と語っていたのも頷ける。ゲストたちは思い思いに休日のブランチを楽しみ、そのままワインやビールのグラスを片手に髙木のライブ演奏を堪能した。
ライブ演奏は12時にスタート。一曲目は グリーグ「叙情小曲集」より「ノットゥルノ(夜想曲)」だ。髙木は日本での演奏会でもしばしばこの作品を演奏しているが、ショパンやイタリア系の作曲家たちの夜想曲とはまた一味違う、北欧の清々しさが漂う幻想的で物語性あふれる作品を情感たっぷりに聴かせてくれた。よりいっそう幻想的効果を高める長いトリルの響きが、品格ある美しさを湛え、ロマンティックな音の世界へと誘われる。
一曲目が終わると髙木による挨拶。例年はウィーンでの年越しが多いという髙木だが、花火があちらこちらで飛び交う華やかなウィーンの年越しの様子に触れつつも、7~8年ぶりに日本で迎えた新年について面白おかしく語り、客席の笑いを誘っていた。
二曲目はドビュッシー「映像第一集」から「水の反映」。水面の上に輝くみずみずしい光のリフレクションを繊細な音の粒で巧みに表現する。ドビュッシーらしいエキゾチックな音の響きも聴かせつつ、幅広いダイナミックレンジ(音量の幅)を大胆に駆使し、この作品の醍醐味を存分に味わせてくれた。
三曲目はグリーグ「民族生活の情景 ピアノのためのユモレスク」より「作品19 第3曲 ≪謝肉祭より≫」。キリスト教では受難日までの4週間は四旬節と呼ばれ、肉食を断ち、克己的な日々を送る信者も多いが、その期間に先駆けて最後に肉や酒を楽しみ、皆で歌い踊り、克己前のひとときを謳歌するのが謝肉祭だ。それゆえに、仮装をしての盛り上がりぶりもかなりのもので、この作品でも「フィナーレに向かってその喜び爆発させている」と髙木自身も語っている。
メランコリックに始まる冒頭を経て、中間部では一転して少しずつ明るい情景が描きだされる。次々と繰りだされる多彩な表情の旋律は、仮装して様々な人物に扮した人々の人物描写だろうか。メランコリックな色調とロマンティックな旋律が交差する中、次第に熱量が高まってゆく。フィナーレは最高潮の盛り上がりの中、喜びを隠しきれない人々の歓喜の様子を思い起こさせる華やかな幕切れ。5~6分の小曲の中に描きだされたシーンの移り変わりの妙が面白い作品だ。
この曲を含め、前曲のドビュッシー「水の反映」も2月26日(土)の髙木のリサイタルで演奏が予定されており、浜離宮朝日ホールへ空間を移しての演奏にさらに期待が高まる。
3作品の演奏を終え、アンコール演奏の前に、リサイタルのPRを兼ねて髙木からの一言。
「2月26日のプログラムは、一見、無造作に様々な国や時代の作曲家の作品が並べられているように感じられると思うのですが、実はそれなりにコンセプトがありまして……。演奏家にとって最も大切なドイツのレパートリーに加え、ロシア、フランス、グリーグ、ショパンと僕にとって5つの柱となる項目から最も好きな作品をセレクトしてみました。それぞれの時代や国のカラーを楽しんでいただけたら幸いです」
詳しくは後半部分の髙木自身による解説インタビューをご覧いただきたい。
最後はアンコールピースの演奏。シューマンの「トロイメライ」でしっとりとした情感を聴かせ、客席を夢心地にしたまま日曜の昼下がりの優雅なひとときを締めくくった。透明感あふれる音で、清らかに、繊細に刻々と変化し行く和声と右手のメロディラインを歌い上げ、満場のゲストの心を最後までしっかりと捉えていた。
コンサート終了後、2月26日(土)浜離宮朝日ホールでのリサイタルで予定されている多彩なプログラムに関して髙木自身がそのストーリーを語ってくれた。
■一見バラバラなピース。繋ぐのは「展覧会の絵」
――今回のリサイタルのプログラムは、髙木さんの18番でもあるグリーグやショパンの他にも、ブラームス、ドビュッシー、ロシア作品など多彩な構成になっていますね。
今回のプログラムを考えた時、まずムソルグスキーの「展覧会の絵」全曲を最後の締めくくりに演奏したいと考えまして、それを軸に逆算的に全体の構成を組んでゆくかたちになりました。
「展覧会の絵」の前にラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を持ってきたのも、 「展覧会の絵」という作品がラヴェルのオーケストラ編曲によって世に知られるようになったという経緯があるので、このカップリングは絶対に実現したいと考えました。
――「展覧会の絵」への強いこだわりはどのような経緯から?
「展覧会の絵」は、オケ版だととても派手なイメージですが、実は内容的にとっても深いものがあります。ハルトマン(ヴィクトル・ハルトマン/1834~73)というムソルグスキーと親交のあった画家がいたのですが、この画家が若くして亡くなった後、ムソルグスキーはその回顧展を見て「なぜ自分自身で彼のことを救えなかったのだろうか」という自責の念に襲われたというのです。そこで「自らの音楽を通して彼(ハルトマン)の作品を後世に残さなくてはいけない」という思いがムソルグスキーの中に芽生えたというのが「展覧会の絵」という作品の出発点です。このように人間の最も深いところにある感情から着想を得た作品で、その点に強く惹かれました。
――「亡き王女のためのパヴァーヌ」もまたベラスケスの一枚の幼い王女の絵から着想を得たものですね。

「展覧会の絵」自体は特にベラスケスのあの作品と繋がりがあるわけではないのですが、「亡き王女のためのパヴァーヌ」のようなあの典雅で浮世離れした世界が「ハルトマンの絵画作品を思い描いたときにムソルグスキーの脳裏に思い浮かんだ音楽なのではないか……」という僕自身の中での強い仮想的なイメージがあって、ラヴェルの作品とのカップリングにあたり、この作品を合わせてみました。

――冒頭の一曲目はショパンの前奏曲から≪雨だれ≫です。
僕自身の中で「初めの一曲は聴衆の皆さまにまず気持ちの落ち着く作品を」という思いがあります。やはり、普段の生活から解き放たれて、“演奏会” という非日常的な世界に身を置くにはプロローグ的な一曲の存在が大切だと感じています。今回は≪雨だれ≫という作品を一曲目に置くのが一番ふさわしいと考えました。
――誰もが知っている曲ですが、実はとても奥が深い曲でもありますね。
そうなんです。あの深みが今回のリサイタルのメイン作品ともいえる「展覧会の絵」の持つ深みと最初と最後でアーチを成すように象徴的につながっていると僕自身の中で感じています。
――二曲目のドビュッシー「水の反映」は髙木さんが最も好きな曲の一つと。
この作品が納められている「映像 (ImagesI) 」という作品集は、コンクールなどの場でもたびたび演奏してきました。僕にとって大切な曲です。≪雨だれ≫ と同じDes-dur(変ニ長調)つながりという調性的なのもありますが、同じ “水” をテーマにした作品であることから冒頭で二曲つなげてみました。
この二作品は構成的には盛り上がるのですが、感情的にはあまり盛り上がらないので、そこで一発盛り上がる曲を!と考え、続いての三曲目にはグリークの「民族生活の情景 ピアノのためのユモレスク」より「作品19 第3曲 ≪謝肉祭より≫ 」を持ってきました。
――グリーグ作品の中でもかなり知られざるレアな一曲ですね。≪謝肉祭より≫ というタイトルながら、少し物悲しいくらいのメランコリックな冒頭の旋律がとても印象的です。
ノルウェーの日常として、冬は真っ暗で陽が当たらないという当地の自然の情景描写がよく表れていると思います。ノルウェー人のメンタリティとしても、盛り上がる時はフィナーレの爆竹のような盛り上がりを見せますが、やはり、どこかアンニュイで内省的な感情が人々の感情に投影されているのではと個人的に捉えています。
――中間部では明るく、多彩な表情の旋律も聞こえてきますが、その状態が続くのかと思いきや、やはりメランコリックな思いがとても強く感じられます。
あくまでも僕自身のイメージですが、あの中間部の様々な感情の表出は、グリーク自身が幼い頃に抱いた謝肉祭の思い出を、大人になった今、彼自身の追憶の中に描きだしているのではと考えています。幼い頃の想い出というのは、どれだけ明るく喜びに満ちていても、「二度と戻ることができない、二度と手に届かないところにある……」という、切なく、メランコリックなものがあるように思えるのです。
――休憩前の第一部の最後の作品が、ブラームスの「三つの間奏曲Op.117」ですが、間奏曲集はOp.116から119まで4作品集あります。あえてOp.117を選んだのは?
個人的にドイツもののレパートリーの中で最も大切に感じている作品が、シューマン「幻想曲」と実はこの「Op117」 なんです。ブラームスにとっては、近しい人や友人たちが亡くなった後の最晩年の作品で、身体のみならず、精神や気力までもが老いていく――― その枯れた境地の中で描きだされた、人間の最も奥深い感情を表出している作品です。
グリーグ作品で盛り上がったところで第一部を終わらせようとも思ったのですが、第二部終わりの「展覧会の絵」もハッピーエンドで終わりますから、第一部の終わりは「人生というのは楽しみだけではない。人には言えない悩みや苦しみが人生にはついて回るものだ」ということを僕なりに語ってみたいと思いました。ただ、どんなに紆余曲折があっても、人々の大半は最後には、やはり、「いい人生だった」と感じながら亡くなっていくわけですよね。なので、”人生の中間点的な意味合い” として、「悲しみの極致」のような作品三曲で第一部を締めくくるのもいいのではと考えました。
とても難しい曲ですが、このコロナ禍で辛い思いされた方々も多いと思いますので、この作品の深さをより身近に感じて頂けるのではと思っています。でも、人生というのはやはり悲しみだけではなく、必ず明るい希望の光が見えてくるものだと思いますし、そのような思いをこの間奏曲に次いで、後半の「展覧会の絵」の一連の流れでも表現できたらと考えています。
――「展覧会の絵」は、髙木さんとしては、どのような点に注目して聴いて欲しいと考えていますか。
「展覧会の絵」はいわゆる標題音楽の典型で作曲家が着想を得た実際の絵が存在しています。残念ながら10枚すべての追跡は難しいようですが、いくつかは検索すれば原画も目にすることができますし、バーバ・ヤーガなどの郷土民話のキャラクターや、卵の殻をつけた雛の姿などはアニメ的なイメージから、芸術性高いものまで様々出てきて、身近に感じられる存在です。それら実存するものが生みだすイメージとともに十人十色の自由な解釈やイマジネーションの世界を楽しんでいただけたらと思っています。
――最近はヴァイオリンやチェリストの俊英たちとレコーディングや演奏会で共演するなど、活躍の幅も広がっていますが、アーティストとしてお互いに交流することで、髙木さんご自身の視野やレパートリーも広がっているのでは?
視野も広がり、音楽的な刺激も受け「芸術家はかくあるべきだ」というように生き方も深まりました。レパートリーの拡大ももちろんですが、それ以上に音楽の持つ内面的なものだったり、響きへのこだわりを学びました。今回のプログラムも後半の二曲はオケ版の編曲もありますし、去年一年、このような交流を通してじっくり学んだ室内楽的な要素など、響きの多彩さも投影できたらと思っています。
――しかも、会場が浜離宮朝日ホールですからね!
そうなんです!あれだけ素晴らしい響きを持つホールですから、「あの響きの中で美しさが出せるであろう作品を並べてみた」というのも実はプログラミングのコンセプトの一つなんです!
――最後に読者へのメッセージをお願いします。
パンデミックの終息が見えない中での演奏会開催ですが「今年こそはいい一年になるよう」希望を託してよい演奏に努めますので、そして、感染対策も万全にしておりますので、ぜひ安心してご来場ください。皆様のお越しをお待ちしております。
取材・文=朝岡久美子 撮影=荒川潤

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