日本オペラの金字塔『夕鶴』の つう
に再び挑む、オペラ歌手ソプラノの
石橋栄実に聞く

関西を拠点に、オペラやコンサートなど引く手数多の人気を誇るソプラノ歌手の石橋栄実。2022年春に日本オペラプロジェクト2022にて上演される歌劇『夕鶴』の主人公「つう」を歌う。
お正月には、「NHKニューイヤーオペラコンサート」にも初めて出演し、お茶の間に美しい歌声を届け、話題となった歌姫 石橋栄実に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
―― オペラにコンサートに、たいへんご活躍です。石橋さんを紹介する際、オペラ歌手、声楽家、何とご紹介すれば良いでしょうか。
数から言えば、圧倒的にコンサートの方が多いのですが、自分ではオペラ歌手の意識が強いです。私の場合は、オペラ歌手だからコンサートにも呼んで頂けていると感じます。オペラは一つの作品にかける時間も長く、その分、思い入れも強くなります。自分の活動の軸はオペラにあると思っています。
オペラ歌手、ソプラノの 石橋栄実
―― お正月から「NHKニューイヤーオペラコンサート」に出演されていました。まさに人気のオペラ歌手の集まりで、いつもとは違う年明けになりましたね。
毎年、家族と見ています。皆さん、お正月返上で大変だろうなと他人ごとのように思っていたら、まさかお声掛けくださり出演させていただく事に(笑)。実際の現場は、想像していた以上に和やかで、とても楽しかったです。
―― 石橋さんご出演のオペラというと、やはりモーツァルトが浮かびます。
『フィガロの結婚』のスザンナ、『コジ・ファン・トゥッテ』のデスピーナ、『ドン・ジョヴァンニ』ではドンナ・アンナとツェルリーナ、『魔笛』パミーナ、『イドメネオ』イリア、『偽の女庭師』セルペッタ、あと、『後宮からの誘拐』のブロンデも演りました。最初に出会ったオペラがモーツァルトだったこともあって、何かに迷ったらモーツァルトの作品を見直すこともあり、私にとってはまるで教科書のような存在です。
モーツァルト 歌劇「偽の女庭師」のセルペッタ(ザ・カレッジ・オペラハウス2017.11.3&5)  写真提供:大阪音楽大学
―― もちろん、『ラ・ボエーム』ムゼッタや『愛の妙薬』のアディーナ、『フィデリオ』マルツェリーネ、『ランスへの旅』コルテーゼ夫人、『ファルフスタッフ』ナンネッタなども好評を博しました。新国立劇場にも頻繁にご出演されています。そして石橋さんと云うと『沈黙』のオハルに触れない訳にはいきません。ザ・カレッジ・オペラハウスと新国立劇場で拝見しましたが、石橋さんにとっても特別な役ではないでしょうか。
そうですね、『沈黙』はテーマがあまりに重く、楽譜を開くのに、こんなに勇気の要るオペラは初めてでした。一人で譜読みをしていると恐怖感に襲われて、なかなか練習が進みませんでした。皆さんと一緒の稽古が始まってホッとしたことを覚えています。でも、稽古を重ねて、研究をしていくうちに不安は解消され、どんどん作品に惹き込まれていきました。オハルは指名で頂いた役ですが、出会いをくださったことに感謝しています。
―― 最初にオハルを演じられた時は、作曲家の松村禎三さんが直接指導を行われたと聞いています。
そうなんです。当時松村先生がご存命で、作曲家ご本人からのご指導を初めて経験させて頂きました。当然のことながらモーツァルトもプッチーニも会うことは叶いませんので、楽譜に書かれていることが全てですが、松村先生が歌手の歌を聴いて楽譜を書き換えられたり、柔軟に対応なさるのを拝見して、作曲家はこんな風にご自分の思いを作品に投入していくのだと知りました。『沈黙』とオハルに出会えたことは、私のその後の歌手活動にも影響が大きく、かけがえのない経験です。
松村貞三 オペラ「沈黙」のオハル(ザ・カレッジ・オペラハウス 2005.10.24~26)  写真提供:大阪音楽大学
―― その後、和モノの第2弾として『夕鶴』のつうに出会われたのですね。
初めて『夕鶴』のお話を頂いた時、私の声では軽いのでは?と不安がありましたが、着物の所作や音楽面の研究をしながら、自分なりのつうを探る稽古場はとても楽しいものでした。今では私の本当に大切な役の一つです。
―― つうを演じる上で意識されている事は何でしょうか。
つうは人ではないということは常に頭に置いています。人間味ある素朴な温かさを感じるシーンもありますが、時には、見える人にしか見えない存在というのでしようか、その空間に本来は存在しないもの、そういった特別な空気もお客様に伝わるといいなと思っています。『夕鶴』は團伊玖磨さんが日本語の抑揚を上手く音楽に乗せて作って頂いていますが、センテンスの長さと音符の関係が完全に一致している訳ではないので、日本語として自然に聴こえる方法は、研究し甲斐があります。日本の素晴らしいオペラ作品を是非多くの方に知っていただきたいです。
日本オペラの金字塔「夕鶴」の つう に再び挑むオペラ歌手、ソプラノの石橋栄実  (c)H.isojima
―― 今回の「日本オペラプロジェクト2022」は、兵庫県立芸術文化センターを中心としたプロダクションです。
日本オペラプロジェクトの『夕鶴』というと、いつも素晴らしい歌手の方々が出演されていて、私も兵庫県立芸術文化センターで毎回拝見しています。岩田達宗さんの演出には本当に心打たれます。大好きな役を岩田さんの演出で歌えることが楽しみでなりません。
團伊玖磨 歌劇「夕鶴」(日本オペラプロジェクト2018年公演より)(つう:坂口裕子、与ひょう:藤田卓也)  撮影:早川壽雄 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― この『夕鶴』、石橋さんのご出身地の東大阪でも公演が行われます。
大変立派な東大阪市文化創造館の誕生は、東大阪にとって本当に大きなことだと思います。これまで、このような劇場がなかったこともあって、東大阪には舞台芸術のイメージがあまりありませんでした。ここから創造館を中心に芸術の花がどんどん開く予感がして、誇らしい思いです。『夕鶴』は誰もが知っているお話を題材にしていて、日本語で歌われますので、ダイレクトに内容を理解する事ができます。このオペラがきっかけになって東大阪市に限らず、多くの皆さんが文化芸術に親しまれるようになると嬉しいです。
―― 石橋さんが歌で食べて行こうと思われたのは、いつですか。
幼い頃からピアノを習っていました。同時に、ピアノの先生が遊び感覚でソルフェージュや聴音を教えてくださり、音楽の基礎的な知識は、遊びながら身に付けた感じですね(笑)。中学時代は合唱部で、ここで歌うことの楽しさに目覚めました。高校は、音楽が盛んなことで有名だった大阪府立夕陽丘高校に進学しました。当時は普通科のみでしたが、やはり音楽の授業や行事が充実して、校内の発表会にいつも出演させて頂いていました。でも進路としては、なかなか定まらず、歌の道に進もうと決めたのは高3の夏を過ぎていました(笑)。
歌の道に進もうと決めたのは、高3の夏を過ぎていました
―― スタートは遅かったのですね。
はい、そこから大阪音楽大学の先生のもとでようやく本格的なレッスンを受け始めて、すぐに受験、という感じでした。ですので、早くからレッスンを受けて入学した友人とは知っている曲の数が全く違いました。オペラも全く知らず、オペラの授業では演技をすることも恥ずかしかったことが懐かしいです。本気でオペラに目覚めたのは、4年間の大学生活を終え、専攻科に進学してから。オーディションを受け、学生のオペラ公演、モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』のデスピーナの役を頂きました。日本語公演でしたが全幕通しての出演で、自分ではなく役柄が歌っている新鮮さが快感でした。それは今も同様で、役柄として舞台に立つ時は、より自由で、表現の可能性を大きく広げてくれるような感覚があります。 歌っている自分を冷静に見ている時もあれば、一体化(笑)しているような感覚の時もあり、とても楽しい時間です。
―― 目標とする歌手や歌ってみたい作品を教えてください。
そういった質問を頂くたびに、良い回答がなく申し訳ない気持ちになるのですが、それが無いのです(笑)。もちろん素晴らしい演奏を聴くと感動します。でも「だから私もこの人みたいになりたい」という気持ちになったことは、そういえば一度もありません。また、役に対しても、もちろん好きな役柄は沢山ありますが、その中から、特別に熱望する役を挙げるのはとても難しいのです。この役を歌いたい!というよりも、いつも、次にどの役に出会えるかを楽しみにしている感じです。
ブリテン 歌劇「真夏の夜の夢」ヘレナ(ザ・カレッジ・オペラハウス 2008.10.11&13)  写真提供:大阪音楽大学
―― 今まで歌われて来た多くの作品も、自分から望まれた訳では無いのですか。
オーディションを受ける場合は、本当にやりたい役かどうか、楽譜を眺めて、とことん考えてからチャレンジを決めますので、元々自ら望んだ役です。ただ、オペラ出演は責任もあり大変緊張します。歌いたいという思いだけでは自信を持てませんが、審査を経て選んでいただいたということが大きな勇気になります。段々オーディションよりもオファーを頂くことの方が多くなり、知らない作品にお誘い頂くこともありますが、やはり、信頼する指揮者や演出家の方が、私の声でこの役を聴きたい!と思ってくださったということで、自信を持って取り組めます。機会を頂いた役を必ず満足のいくものにしたいという思いだけで、ここまで歩んで来ました。先々の大きな夢に目標を置くよりも、一つ一つ目の前の役と向き合っている時間が何より楽しく、このやり方が私には一番合っているのだと思っています。
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ第1回公演 フンパーディング 歌劇「ヘンゼルとグレーテル」のグレーテル役もオーディションで選出された。(兵庫県立芸文センター 大ホール2005.12.23~25)  撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ第1回公演 フンパーディング 歌劇「ヘンゼルとグレーテル」のグレーテル役。ヘンゼル役は戸田愛子。(兵庫県立芸文センター大ホール 2005.12)  撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― 石橋さんは現在、母校である大阪音楽大学の教授として後進の指導もされています。現役のオペラ歌手をやりながらの教授職は、大変だと思います。
歌手であり教員であり、家庭もあります。時間の配分が本当に大変ですが、どれもかけがえのないものです。学生には、歌手とはこう在るべき!といった理想的な美しいプリマドンナ像は見せられていないと思います(笑)。でも、身近な人が普段の生活をしながら、そして時には「大変だぁ!」と言いながら演奏活動をしていることで、逆に説得力もあり、学生にも参考にしてもらえる部分もあるのではないか、と思っています。これからも、格好をつけず等身大で、そして、実際の本番ではお客さまを夢の世界にお誘い出来るように、誠実に歌っていきたいと思っています。
メノッティ 歌劇「テレフォン」ルーシー 同じく大阪音楽大学声楽教授 晴雅彦と共演(ザ・カレッジ・オペラハウス 2018.11.2&4)  写真提供:大阪音楽大学
―― 石橋さん、今後のご活躍を祈っています。ありがとうございました。
取材・文=磯島浩彰

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