ソプラノ・伊藤晴にきく、リサイタル
『ベスト・オブ・アリア』&オペラ歌
手・表現者としての想いとは

近年、飛ぶ鳥を落とす勢いでめざましい活躍をみせるソプラノの伊藤晴。2022年3月21日(月)、大阪のザ・シンフォニーホール 大ホールで関西圏で初となるリサイタルが開催される。蝶々夫人、ミミ、ミカエラなど伊藤が最も得意とするアリアに加え、フランス留学経験のある伊藤らしいシャルパンティエ『ルイーズ』やグノー『ファウスト』からの名曲もラインアップされている。声のみならず、演じる上でもドラマティックな要素が盛りだくさんのラインナップで挑むザ・シンフォニーホール初のリサイタル。オペラ歌手 伊藤晴の “今の歌声” を堪能できる意欲的なプログラムに大いに期待したい。
オペラのワンシーンを演じるように
――ザ・シンフォニーホールでの初リサイタルということですが、今の心境や意気込みをお聞かせ下さい。
シンフォニーホールさんでのリサイタルも初めてなのですが、関西圏でのリサイタルも初となります。また、大ホールでリサイタルをさせて頂けるということで三つ揃って本当にありがたい機会を頂いたと感じています。オペラの名曲を集めており、かなりのスタミナを要する演奏会になると思いますので、今、毎日、演奏曲目を歌い、体力的な意味でのペース配分などを考えつつ取り組んでいるところです。
――コロナ禍の演奏会ということで、「明るく期待を持てる演奏会にしたい」ということですね。
まだまだ状況は一進一退ですし、少しでも来場くださる皆さまが元気になれるよう、一曲ごとにオペラのワンシーンを演じるように全エネルギーを注いで演じ歌いたいと思います。お芝居も入れながら歌いますので、皆様にはそれぞれの個性あふれるキャラクターを楽しんで頂けたらと思っています。
――昨年の大晦日にも、シンフォニーホールで開催された『ジルベスターコンサート』に出演されていますが、大ホール空間の響きはいかがでしたか?
大ホールという壮麗な空間ながら、客席がステージを囲むかたちになっていますので、お客様との距離がとても近く感じられました。響きもあたたかく、無理せずに声や細やかな表現が客席に届くホールと感じました。今回、プログラムには大アリアばかりを並べましたが、この空間であればムリなく表現できるのでは、と自分自身の中でも期待が高まりました。
――ジルベスターの時はオーケストラ伴奏でした。今回はピアノ伴奏ですね。
今回は歌曲も入れていますので、より繊細な表現もお聴かせできればと思っています。ジルベスターの時とはまた一味違う面を堪能頂けたら嬉しいです。
18番から初披露曲まで王道のプログラム
――今回のプログラムは、伊藤さんの18番も数多くラインアップされた満を持しての王道プログラムですね。まさに、タイトルも「ベスト・オブ・アリア」です。
タイトルの「ベスト・オブ・アリア」に関しては、シンフォニーホールさんからご提案頂きました。まず、そのキーワードから蝶々夫人のアリア「ある晴れた日に」が思い浮かびました。やはり、この曲は皆さまも一番お聴きになりたいと思っていらっしゃるのではないでしょうか。あとは、今までに舞台で演じた役柄からアリアを何曲か、そして、以前から温めていたもので、まだコンサートでは披露していない作品も入れています。
――今までのコンサートでは歌っていない曲というと、恐らく、『シチリア島の夕べの祈り』から「ありがとう、愛する友よ」などの作品でしょうか。伊藤さんとヴェルディというと、どうしても『椿姫』を想像してしまいます……。
おっしゃる通り、皆さん、恐らく『椿姫』のあのアリア(「ああ、そは彼の人」)をご想像なさると思うのですが、あの曲を入れてしまうと、これだけの曲数のリサイタルですので体力的に難しいのではと感じました。あの一曲だけで三曲分くらいのエネルギーが必要なんです。でもヴェルディは絶対に一曲入れたかったので、昔からよく歌っていた「ありがとう、愛する友よ」を選びました。
――コンサート初披露の曲で伊藤さんの “今の” 歌声を堪能できるのは楽しみです。
「ありがとう、愛する友よ」は軽やかなボレロですが、声的には、軽すぎず、かといってヴェルディ中後期の重々しさまでは感じられないところで、声とともに曲の魅力を感じて頂ければと思います。
――伊藤さんは舞台でも蝶々さんを演じていて、この役の印象も大変強いのですが、蝶々さんという人物のどのようなところに一番惹かれますか?
「ある晴れた日に」というアリア自体は、彼女が夢物語を語っているシーンです。三年間、毎日、海を眺めながら愛する人を思い続け、不安を感じながらも、「来ないわけがない!」という確固たる信念を持ち続けています。彼女としては本当に幸せの絶頂にいるのだと思います。
劇中で「名誉のために生きられないなら、名誉のために死ぬ」というセリフが彼女の口からすっと出てくるわけですが、当然、現代に生きる自分の人生では考えられないことですし、そういう心境にならせてもらえるのはとても大きな意義を感じています。最後に散る(自害する)ところでは、死ぬというよりも、むしろ「生きた」という充足感さえ感じられます。蝶々さんというと、どうしても「可哀そうな女性」というイメージがあると思うのですが、このアリアに限らず、作品全体が描きだす人物像として、絶対にそうならないよう、明るく希望を持った人物として描きたいと思っています。
――大アリアに並んで、歌曲も数多くラインナップされていますが、プログラムは前半後半で歌曲とオペラアリアに分けるという構成になるのでしょうか。
やはり枠組みを整えることは必要だと思いますので、今回は前半で、まずフランスもののレパートリーを歌いたいと考えています。前半冒頭にアーンの歌曲を歌い、そのあと、フランスもののオペラアリアを、そして、後半では日本歌曲とイタリア歌曲、そしてイタリアオペラのアリアを歌う流れを考えています。
――アーンの歌曲は、フランス歌曲を専門に研究している歌い手さんにしか取り上げられない印象がありますが、伊藤さんはパリで勉強された経験もおありということで、今後も知られざるフランス歌曲のレパートリーを深めていきたいとお考えですか。
特にアーンは以前から多くの方々に聴いて頂きたいと思っていました。私自身、オペラ出演が多いのでどうしても今まで皆さまの前で歌曲を歌う機会がなかったのですが、今回はピアノ伴奏でのリサイタルということで、じっくり歌曲の世界も堪能頂ける良い機会と思っています。
――二作品ともに春にちなんだ作品ですね。
「リラに来るうぐいす」「春」と、二曲ともに春らしい作品です。演奏会の始まりにふさわしい優しい旋律で、客席の皆さまにもそのような気持ちになって、後に続く演奏会を楽しんで頂けたらと願っています。
伊藤晴(c)Katsuhiko Kimura
「この人生でこれをやらなくては!」使命のような思いに突き動かされている
――近年、メジャーなオペラ作品への出演と両立して、日本のオペラ作品の世界初演や知られざるバロック・オペラなどへの出演や、他にも様々な形式の声楽作品などにも挑戦されています。そのバイタリティーとヴィジョンはどこから来るのでしょうか。
もともと教育学部出身ですし、最初はオペラ歌手になって舞台に立つなんて考えていなかったんです。そこから出発して、現在、もちろんまだまだですが、オペラ歌手として活動できるようになった道のりを考えますと、「この人生でこれをやらなくてはいけない!」という使命のような思いが私の中に強くあるようなんです(笑)。
歌手というのは、確かに他の楽器と比べますと旬の時期が短いというのがありますので、自分の声と体力が保てるうちに、とにかくやれることをできるだけ経験したいと思っています。何が自分に一番合っているか、ということも、まずやってみないとわかりませんので、とにかく「やってみたい、やりたい!」という気持ちが一番のモチベーションになっています。
――ご自身の未来のキャリアについて、どのようなイメージを描いていますか。
そうですね、今申し上げたことの続きにもなるのですが、今、自分に与えられた課題が、「今やるべきこと」と受け止めるようにしています。オペラも、なかなか自分でやりたい役や演目を実現できる訳ではありませんので、「この役をやって欲しい」と言われた時こそが、自分にとって「その時なのかな」と受け止めるようにしています。
蝶々さんのお話を頂いた時も、「今の自分にはまだ早い、声の面では数年後がいいのでは」と思ったのですが、「今、オファーが来たのは、やはりそういう使命があるんだ」と感じてお受けしました。そのように、一期一会の出合いを大切することを着実に続けていきたいと思っています。
――突飛な質問ですが、ご自身をオペラのキャラクターに例えるとしたら、誰が一番しっくりいきますか?
オペラのヒロインは、儚(はかな)げに見えるようなキャラクターでも、実はみんな強いんですね。意志を貫いて死んでゆく……というようなキャラクターが多いんです。もちろん、私は全然そんなタイプではないので……、う~ん、誰でしょう、難しいですね。例えば、ムゼッタ(『ボエーム』)なんかは、私には程遠いキャラクターなので、かえって魅力を感じたりします。
でも、あえて言うならば、今回もアリアを演奏しますが、ミミ(『ボエーム』)が近いのでしょうか、病気にこそなっていませんが……(笑)。薄幸なようで、ああいう風にロドルフォみたいな人に出会えたのは彼女にとって最高に幸せだったはずですよね……。そこは置いとくとしても……う~ん、どうなんでしょう……!
――ムゼッタのお話が出ましたが、実際に役作りをされる時は、まったく正確の違う役どころのほうが入りやすいのでしょうか。
自分自身と性格の違う人物演じるのは、とても楽しいですね。入り込むまではとても時間がかかりますし、難しいのですが、入り込んだら全く違う人になれるので、その時の喜びは本当に大きいです。
声・音楽・演技 三位一体のドラマティックなオペラの世界へ
――伊藤さんはとても息が長くていらっしゃいますが、日ごろから、特別に身体的なトレーニングなどもやっていらっしゃるのでしょうか。
歌うことでトレーニングしています。声帯を酷使するのは限界がありますので、フルヴォイスで歌っている時と同じように息の流れとフレージングをイメージしながら、極力喉を酷使しないようにトレーニングしています。
――メンタル的な部分でもイメージとレーニングすることはあるのでしょうか。
特別にやっていませんが、やはり楽譜から読み取れることがたくさんありますので、楽譜を細部まで勉強して自らの中でいろいろ想像していきます。その中で、一幕の中で構成すべき点や客観視したい点などもたくさんありますので、「この幕ではこう言う部分を見せたい」というように意図を書き出して、一つひとつ丁寧に組み立てていく作業を心がけています。
――役を作られる場合、声や音楽も大切だと思いますが、伊藤さんの場合、舞台に立つ表現者として、“女優らしさ”という側面をどのように捉えていますか。
声・音楽、そして、演技というのは一体化したものと考えているので、しいて言うのであれば、半々の割合でしょうか。さらに、歌手というのはアスリート的な要素もありますので、音楽家、アスリート、そして表現者・女優としての要素が混ざり合って組み立てられていると思います。それらのすべての要素がバランス良く均等であるのが理想だと思っています。
――声を犠牲にしなくてはいけない場面に遭遇された時はどう対処されますか?
確かに、踊りなど見せる要素が要求される時も多々あります。私はあまり得意ではないので、そちらをかなり練習して、身体的な表現はできる限り訓練して臨みますが、私の中では絶対に音楽を優先にしていきたいという思いが強くありますので、音楽は絶対に崩したくないと考えています。
――興味深いお話をお聴かせ頂きありがとうございます。最後に、リサイタルに向けて読者やファンの皆さんにメッセージをお願いします。
なかなか聴き馴染みがないけれど、とても美しく、ぜひ皆様に知って頂きたいアーンの歌曲から始まり、そして、だんだんオペラのドラマティックな世界へと移っていきます。まったくキャラクターの違う登場人物が次々と登場しますので、その変化とお芝居も存分に楽しんで頂けるよう、今お話ししましたように、女優として、表現者としての側面もお見せできるよう努めますので、ぜひ楽しみになさってください。
取材・文=朝岡久美子

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