松本幸四郎に聞く『江戸絵両国八景』
荒川の佐吉の強さと格好良さ~歌舞伎
座『四月大歌舞伎』インタビュー

松本幸四郎が、『荒川の佐吉』に出演する。会場は歌舞伎座、公演は『四月大歌舞伎』第二部にて2022年4月2日(土)より27日(水)まで。共演は松本白鸚、中村梅玉、中村魁春、片岡孝太郎、尾上右近ほか。
「こんなに毎日泣いた芝居はない」と幸四郎が語る本作の魅力、佐吉の強さ、そして感染症対策が続く時期だからこその思いを聞いた。
■『かっ……こいい……(溜息)』以外に言葉が出ない
幸四郎は、主人公の佐吉を勤める。2012年3月の新橋演舞場以来、10年ぶり2度目だ。
「初役の時、片岡仁左衛門のおじさまに教えていただきました。最初に両国橋の茶屋で登場したところから、最後に花道を行くまでの時間で、佐吉の身に数々の出来事が起こります。大事なのは、一人の人物としてどれだけ変わった姿をお見せできるか。一つひとつのことがあったから、佐吉はこれだけ変わったのだと明確にお見せできなくてはいけません」
佐吉は腕のいい大工だったが、任侠の世界に憧れて、仁兵衛のもとで下っ端の子分をしている。仁左衛門が佐吉を勤めた時に、幸四郎が大工時代からの友だち・辰五郎を勤めたこともある(2006年6月、2010年9月)。
「おじさまの佐吉は、とにかく格好良いですよね。『ああ……。かっ……こいい……(溜息)』以外に言葉が出ないほど。辰五郎もそのくらい佐吉に憧れ、佐吉を好きだったのだと思います。だから演じていても、佐吉を思う辰五郎の気持ちが分かる部分があるし、だからこそ辛い部分もありました」
成り行きから佐吉は、仁兵衛の孫・卯之吉を預かる。そして辰五郎の家に身を寄せ、卯之吉を育てることになる……。
「父(白鸚)や梅玉のおじさま、孝太郎さんとやらせていただけるのは本当に幸せなこと。右近さんとの共演も楽しみです」と幸四郎。
「相政(相模屋政五郎)が訪ねてくる場面で、僕はお客様から見えない場所で、辰五郎の気持ちになり相政や佐吉の会話を聞いて出番を待っていました。それが毎日、堪らなく辛かった。(佐吉に対して)“なんで我慢するんだよ。俺はもう無理。卯之吉を連れてどこかに逃げよう? 俺、手伝うからさ!”って。あれほど毎日泣いた芝居はありません。それほど入り込んでやらせていただいた、強烈に印象に残るお芝居です」
今回は幸四郎の佐吉、尾上右近の辰五郎での上演となる。近年の上演記録を振り返ると、市川猿之助も2016年7月に佐吉を勤めたが、佐吉のキャラクターが少し違うようだ。
平成24年3月新橋演舞場『荒川の佐吉』荒川の佐吉=松本幸四郎(当時市川染五郎) /(c)松竹
「佐吉は、侠客の世界の武骨な男のイメージがあります。泣き止まない卯之吉を抱いてあやす場面も、やくざな男がしそうにないことをするアンバランスさで、可笑しみを出す絵になっていたくらいの男っぽい男。猿之助さんが、猿翁のおじさまから受け継いでやられた佐吉がそうでしたね。仁左衛門のおじさまの佐吉は、武骨さよりも人間的なところが強く、もっともっと愛情が表に出ています。この佐吉のイメージは、仁左衛門のおじさまが作られたものではないでしょうか」
■希望では、弱い気がします
そんな佐吉にも「強さ」を感じると、幸四郎は言う。
「佐吉は、自分が置かれた状況や立場で、流れに逆らうことなく生きます。流されているだけにも見えるかもしれませんが、ぶつかる出来事の一つひとつに一所懸命向き合い、学び、悲しみ、生きています。直面するすべてを受け入れるって、本当に強くなければできない生き方だと思います」
物語の後半は、涙なしにはみられない。それでも観劇後に気持ちが沈む作風ではない。佐吉が見せるのは、未来への希望だろうか。
「希望では弱い気がします。もっと強い、“生きていくんだ”という意志かもしれない。花道の引っ込みは、歌舞伎でよく見られる演出です。佐吉も、最後に花道を引っ込みます。お客様に、真っ直ぐ前を見て歩いていく佐吉を正面からご覧いただくためにも、この花道の引っ込みは重要に思えます。序幕と幕切れで2度、花道を使いますが、そこで佐吉の変化や心理をお見せしたいです」
■皆に興行を止めてはいけないという思いがある
パンデミックの影響もあり、歌舞伎座は4月も1日三部制で興行を行う。そのため上演時間が制約される。
「『荒川の佐吉』は、幕間が入って2時間10分程度の完成されたお芝居です。それを今回は幕間なしで上演します。時間を短縮するだけのダイジェスト版ではなく、テンポや演出の工夫によって時間をおさめることで、進化した『荒川の佐吉』をお見せしたい。そのためにも、補綴・演出は、劇団新派文芸部の齋藤雅文さんにお願いしました」
またコロナ禍の影響を振り返ると、代役による上演の頻度も上がっている。歌舞伎を観る人たちの間では、休演する俳優へのお見舞いの言葉とともに、急な代役も即対応できる歌舞伎俳優たちへのリスペクトが語られてきた。しかし、代役を勤めた本人たちは、あまり多くを語らない。
「公演を止めないためにも、代役のお話が来たときはお引きうけするべきだと考えてます。ただ本役の役者は、全公演をまっとうすることが勤めで公演に臨んでいます。誰にでも起こりうることではありますし、代役をした人間から『代役をやりましてね』と積極的に話題にすることはありません」
その話題に、あえて踏み込んで聞いてみた。幸四郎はこの1年でも、『楼門五三桐』や『春の寿 三番叟』の代役を引き受けている。これまでに断ったことはあるのだろうか。
「断る……代役を? 確かにないですね」
コロナ禍前の2019年9月には、中村吉右衛門に代わり『沼津』の十兵衛を3日間勤めたこともある。初役だった。
「開演1時間前に、やったことのない2時間の芝居の代役をしてほしいと。思えば、それを言ってきた松竹さんの勇気もすごいし、引き受けた僕の勇気も褒め称えたい​です(笑)。歌舞伎では正式にアンダースタディを決めることはありませんが、皆に興行を止めてはいけないという思いがあり、それぞれが勉強をしているものです。ただ『沼津』は、僕にとって特別な演目で、目標とするお役のひとつでした。ある程度は覚えていても、3日間の代役をなんとかやった……というのが実感でした」
その月の幸四郎は昼の部で『幡随院長兵衛』長兵衛を勤め、夜の部で『寺子屋』武部源蔵、『勧進帳』弁慶(偶数日。翌日は富樫)を勤めていた。「それに加えて『沼津』をやったの? それは……すごい役者だね」と冗談めかして笑っていた。古典のレパートリーと歌舞伎俳優たちの芸に支えられ、コロナ禍で3度目の春が訪れる。
「以前は、とにかくたくさんの舞台に立ちたくて、何をしたいか質問されれば、『どんな役でも何でもしたい』と答えていました」
そんな幸四郎が、今やりたいこととは?
「今に限定すると、“歌舞伎をなくさないこと”。そのためにできることが、今したいことです。たとえば上演時間に制約があり、通し狂言ができません。でも通し狂言を失くすわけにはいかない。そのために何ができるのか。古典でも新歌舞伎でも、初演された当時から現在までに、様々な形で作品に手が入れられてきました。あらためて作品を見直し、上演する方法を模索することは、以前からしたいと思っていたこと。今こそ、それをやる時期なのだろうと考えています。そして毎月各部、カラーを変えて歌舞伎を楽しんでいただくことも必要です。3月の『石川五右衛門』も4月の『荒川の佐吉』も、その意識で向き合っています」
『四月大歌舞伎』は、4月2日に初日を迎える。真山青果の名作『荒川の佐吉』は、第二部(午後2時40分~)での上演。
「真山青果の世界で佐吉になりきり、佐吉の人生を送ります。千穐楽までのひと月、僕は佐吉のあの人生を、毎日リフレインし続けます。1日1日心身ともに使い果たし、変化する姿をお見せしたい。4月が終わる頃には自分の中に何にも残ってないくらい、すべてを出し尽くして勤めたいです」

取材・文・撮影=塚田史香

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