困難な社会情勢を乗り越えて輝く日仏
共同製作! 『もつれる水滴』を現代
美術家の束芋、サーカス・アーティス
トのヨルグ・ミュラー、⾳楽家の⽥中
啓介が語る

⽇常⾵景から切り取ったモチーフをコラージュし、艶かしさと不可思議さを醸すアニメーションを⼿がける現代美術家、束芋。森下真樹、康本雅⼦らダンサーとコラボレーションしてきた彼⼥が、今度はフランスで活躍するヌーヴォー・シルクのアーティスト、ヨルグ・ミュラーとの国際共同製作『もつれる⽔滴』を創作している。本作は富⼭市のオーバード・ホールでの世界初演を経て、東京、⼭⼝、沖縄、フランス公演と展開していく。富⼭市⺠芸術創造センターでのリハーサルを覗かせていただいた。滑⾞とワイヤーを駆使して、まるで束芋のアニメーションから⾶び出したかのように⾃在に動き回る⼤きな布。ヨルグが動かすそれは時にアニメーションの登場⼈物(?)にもなる。また滑⾞からこぼれる⾳を素材にした⾳楽で、⾳楽家・⽥中啓介が世界観に深みを持たせる。3⼈に創作の様⼦を伺った。
日仏共同製作 新作舞台作品 束芋×ヨルグ・ミュラー「もつれる水滴」PV long

――束芋さん、プロジェクトの経緯を教えていただけますか。
束芋 私がダンサーの間宮千晴さんと出会って、すぐ後に彼⼥が暮らす南フランスで私が参加する展覧会があったんです。それで南仏にある彼⼥のお家に遊びにいって、彼⼥のパートナーのヨルグを紹介していただきました。ヨルグは彼⼥の息⼦さんとジャグリングで遊んでいたんですけど、その光景がすごく素敵だった。そして話せば話すほど、この⼈たちと⼀緒に何かやりたいと思ったんです。ヨルグのパフォーマンスを実際に⾒て、これはと思い、⼀緒にやりませんかと提案しました。まだ何ができるかわからない構想段階で、いろいろな公⽴劇場に相談をしましたが、その中で、オーバード・ホールさんが「⼀緒につくっていきましょう!」と⾔ってくださったんです。
――ヨルグさんは束芋さんの世界観にどういう印象をお持ちですか。
ヨルグ 何が起こるかわからないところと、サプライズを含んでいるところがすごく⾯⽩いと感じています。それから居⼼地の悪さ、ちょっとした違和感みたいなものを感じていて、それを作品の中に取り⼊れたいと思っていました。
束芋
束芋 最初のクリエイションは2019年で、ヨルグのお家の近くで⾏いました。お互いに感覚的に共有できるものが多く、キャッチボールがうまくいって、コラボレーションの可能性はもちろん、私⾃⾝ワクワクして絶対いい作品になると確信を得たんです。ところがコロナですよ。予定していた共同クリエイションの多くが中⽌になり、まったく動かなくなってしまった。リモートで話し合いながら、それぞれできることを進めることになりました。ただそうした状態で冷静になると、お互いの視点に⼤きな違いがあることがわかってきて。たとえば私は⾔葉に縛られながら⾔葉に頼り、⾔葉を紡ぐことで作品をつくっていく。ヨルグは⾔葉よりも空間の中で⾃⾝がどうアクションするかが重要。でも視点が違うからこそ、⼀つの現象を⽴ち上げるときに、責任を持って⾃分のパートを強固なものにしていくと、より⾯⽩い世界がつくりあげるられると思いましたね。
――実際に本格的なクリエイションが再開できたのはいつからですか?
束芋 昨年9⽉です。私がフランスに⾏き、初めて舞台を使ったクリエイションを⾏いました。私がヨルグとリモートでやりとりする中で、絶対これは映像として機能するだろうと思って描いていたのが迷路のような空間でした。ヨルグがつくり出す空間にさまざまな⽅向性を加えられるのではないかと思ったのです。ところがクリエイションに入ってそのアニメーションがまったく機能しないと感じたんです。これまで準備してきたものをすべて捨てないとダメだと思いました。そして改めて舞台上で起こっていることを理解しながらリスタートすることにしたんです。
ヨルグ・ミュラー
ヨルグ 僕にとっても束芋にとっても、この制作期間は今までにない特異な、難しい状況でした。もうキャンセルしようかとも思ったけれど、それぞれが⽇本とフランスで並⾏してつくったものを富⼭で合わせようということで頑張りました。僕が12⽉に⼊国した直後に⼊国規制が強化され、⽇本は4⽉まで⼊れない状況になりました。⼩さな⽳を通り抜けるかのように奇跡的に⼊国できたんです。
束芋 去年の12⽉に富⼭でクリエイションしたときに、本当に複合的に⾯⽩い展開になって、やっと軌道に乗ってきました。正直に⾔えば、私にとって「これで完成でもいい」と思うくらいの出来だったんです。だけどもっと先に⾏ける⼿応えもあり、これまで私が体験したことがないところまで⾏けると感じましたね。思いもかけないことばかりが起こって、コロナも世界情勢もその⼀部になったけれど、今だからこそできた作品と⾔えます。クリエイションも本番と同じ状況をつくってみないとわからないことが⼭ほどあったし、富⼭市⺠芸術創造センターの⼤きな空間で準備させていただいたことは感謝しかありません。
ヨルグ 出演予定の千晴も、⽇本へ向かう直前に戦争が起こり、⾶⾏機がキャンセルになってしまいました。不確かな状況は⼤変だったけれど、千晴もなんとか⼊国できたし、このままどんどん前に進んでいきますよ!
――ヨルグさんはジャグラーですよね。⼤きな布を使ったパフォーマンスが⾮常にユニークでした。束芋さんの映像から⾶び出してきたかのような動きで。
日仏共同製作 新作舞台作品 束芋×ヨルグ・ミュラー『もつれる水滴』 Ⓒwatsonstudio
束芋 本当に。艶かしさ、怖さも含んだ美しさが表現されていて⼤好きです。これまでもヨルグは8つの滑⾞を使っていろいろな物を動かすパフォーマンスもやっているんです。その仕組みを⾒て、⼆⼈でアニメーションのスクリーンとなる布をジャグリングのモチーフに使おうと決めました。すでにヨルグが発表している8つの滑⾞を使った作品は床に平⾯的に配置した滑⾞を使って、離れた場所にあるものをコントロールするものでした。それを⽴体的にしたのが今回の仕組みです。とてもシンプルな変化ですが、すごく⾯⽩い展開になりました。
ヨルグ ジャグリングはその場で物を扱うけれど、滑⾞にワイヤーを通して操作することで⾃分から離れた位置で物を動かせるんです。新しい可能性を秘めたテクニックだと思っています。今までさまざまなスキルを培ってきたけれど、今回のクリエイションはすべてが新しい。何をスクリーンとして映像を投影するかが出発点だったけれど、その物があることは、束芋に「ここに投影したら?」という招待状を送っているようなものだと思っています。布は完全にはコントロールができない。だけど⽣きている有機的なものを⾃分が操作しているという点が⾯⽩いんです。束芋のパートも、前後に動くスクリーン、プロジェクターを置いて同時に映すからアニメーション⾃体も完全には制御ができない。コントロールできないものを扱うことは⾯⽩いチャレンジです。
日仏共同製作 新作舞台作品 束芋×ヨルグ・ミュラー『もつれる水滴』 Ⓒwatsonstudio

日仏共同製作 新作舞台作品 束芋×ヨルグ・ミュラー『もつれる水滴』 Ⓒwatsonstudio

束芋 そう。アートピースでは完璧にコントロールし尽くすことが私にとって快楽なんですけど、今回はそうではない⾯⽩さがある。私が担当する映像⾃体が⾃分のコントロールから外れて、魂が⼊ったかのごとく動くんですから。⼀⽅でヨルグが動かす布はそれだけで美しい。それだけの⽅が魅⼒的だと感じました。私がそこに映像を投影するのは、その魅⼒を破壊する⾏為でした。それであれば、ヨルグのつくり出す美しい空間に「⽔を差す」ためなら映像が機能するのではないかと思ったんです。つまり映像とジャグリングが気持ち良く交わるのではなく、⼆つの異質なものがぶつかり合ったり、また融合したり、いろいろな可能性を模索しています。今までの舞台作品では映像が邪魔だと思った場合はカットしてきましたが、今回は邪魔をすることも役割。コロナ禍で積み重ねてきた影響もあって、1から10までバランスを取って⼼地良さを⽬指せないなら、逆に違和感を取り⼊れようということです。
――ヨルグさんもアニメーションとのコラボは初めてですよね。しかも束芋ワールドはすごい個性が強いから、どう負けないように存在しようとか考えていらっしゃいますか?
ヨルグ 対⾯でクリエイションを始めたころに、束芋が⼩型のプロジェクターを持ってきて、映像を僕の胴体や腕、床に投影してジャグリングとどう絡められるか検証したのです。それからどうやったら僕がアニメーションの世界の⼀部になれるか、どう⾝を置けばいいか相談して、ようやく答えが⾒えてきました。アニメーションは瞬時に⼤きくしたり⼩さくしたりできるけど、ステージの上で僕はそれができないからね(笑)。
日仏共同製作 新作舞台作品 束芋×ヨルグ・ミュラー『もつれる水滴』 Ⓒwatsonstudio
――田中さんに伺います。田中さんはどのような関わり方をされているんですか。
田中 二人がやりたいことをどう実現させるか、舞台監督とは違うところで技術的な、音楽的な仲介役というイメージです。今回の舞台は表と裏、2カ所にプロジェクターを置くのですが、それをどうコンピューター制御して映像を出すか、そのシステム構築しています。またいくつかのシーンのサウンドデザインを担当するほか、ボイスで参加している大隈健司くんの音を含めて全体の音響の管理をするのが僕の役割です。
束芋 ヨルグは空間全体を動かすアーティストですが、同時に空間に響く音を面白く扱うんです。今回は滑⾞にマイクを付けて、そこから拾った⾳を素材にして、会場に響かせるということもします。それをお願いしていたミュージシャンが、コロナが収束したことで別のプロジェクトに参加しなくてはならず、困っていたところ、映像技術者として参加が決まっていた⽥中さんに皆の期待が集中しました。私も⾳楽家としての⽥中さんと作品を⼀緒につくってきた経験があり、とても信頼しています。ただ、映像技術者としての仕事も⽥中さんには担っていただかなくてはならず、現実的な問題は⼭積みでした。そんな中でも⽥中さんが受けてくれたことで、今、妥協のない製作が続けられています。
ヨルグ 僕は滑車を動かすことで出てくる音を増幅するようなシステムと、その音を使って面白く音楽にしてくれる才能が欲しかったんです。田中さんは生音から素晴らしい音楽をつくってくれました。滑車を使って立てた音が楽譜になっていくんだからすごくうれしいですね。
田中 使っている音は本当に滑車だけなんです。しかも普通は聞こえないような小さな音なので、それを変調させたり、変換させたものを組み合わせたりして音楽にしています。
田中啓介
――田中さんからご覧になって、今回のプロジェクトで演出家としての束芋さんは変化はありましたか。
田中 束芋さんと出会って10年ぐらいになりますが、誰と一緒に作品をつくるかによって少しずつ変わってきています。でも基本的には、こうしたいという確固としたイメージがあって、それに近づくためというやり方だった。でも今回はコントロールしきれない部分があるのか、臨機応変に臨んでいるのが最大の変化です。
束芋 こつこつつくったアニメーションを捨てたなんて、20年以上活動してきた中で初めてですから(笑)。
田中 相手がヨルグじゃなかったらそうなってなかったかもしれないですね。
束芋 私もそう思う!
ヨルグ お陰様で。
一同 笑い
束芋 アニメーションをつくっているときは、自分ですべて決断していく。一緒に作品をつくる際は相手の影響を受けるのは当然ですが、まず私はヨルグの感覚がすごく好きだし、彼との作業は話し合って立ち上がるのではなく、動いてみて5秒、10秒で決まる。それについていくためには自分の判断もスピードが必要。だから今までとは全然違う感覚です。
日仏共同製作 新作舞台作品 束芋×ヨルグ・ミュラー『もつれる水滴』 Ⓒwatsonstudio
――いろいろな困難を経て、どんな作品になりそうだと思っていますか?
束芋 自分で想定、想像していたことと違う展開が常に起きましたが、どれも私たち自身が制御できるものではありません。だからこそ予想できない方向にどんどん広げていきたいと思っています。作品を第1章、第2章、第3章とわけ、それぞれのディレクションでつくったものを横に並べると世界観の違いが面白いんです。それが最後に組み合わさって混じり合っていく感覚もすごいんです。だからこの第1章、第2章をどれだけそれぞれの魅力を深めていけるかを重視したいですね。
――田中さんは今、どんな作品ができそうだと思っていらっしゃいますか。
田中 ポピュラーではないと思ってはいます。
一同 笑い
田中 でもすごく深い作品になっています。僕が好きなのは、あまり答えがはっきり出せないもの。今回の作品もあれは何だったんだろうと後で話し合えるようなものになっていると思う。夢か現かわからない感触の作品になると思うので、僕は途中で寝てしまっても構わないと思うんです。
束芋 私もそう思う!
――では、ヨルグさんにこの座談会を締めていただきましょう。
ヨルグ すごく素晴らしい作品になると思っています。だって素晴らしいアニメーション、素晴らしい音楽があるから。きっと観客の皆さん、家に帰って1年後ぐらいにはどんな作品だったのか理解できるんじゃないかな。
左から 田中啓介、束芋、ヨルグ・ミュラー、間宮千晴、ソフィー・ボースウィック
オーバード・ホールでは2023年に650席の中規模ホールをオープンするそう。46もの稽古場がある富山市民芸術創造センターでの『もつれる水滴』のレジデンスもそれを控えての取り組みの一環で、さらに強化していくそう。「こういう社会事情の中で中規模ホールが開場できるのは幸せなこと。たくさんの方が見たいと思っていただけるような作品ももちろん大事です。でも劇場は新しいものや、未知なものと出会える場でもありたい」と、劇場側のプロデューサー、福岡美奈子さんは語りました。
通訳:春川ゆうき(Art Translators Collective)
取材・文:いまいこういち

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