Ado「永遠のあくる日」の歌詞の意味を考察!過去の曲とリンクしているMVにも注目

Ado「永遠のあくる日」の歌詞の意味を考察!過去の曲とリンクしているMVにも注目

Ado「永遠のあくる日」の歌詞の意味
を考察!過去の曲とリンクしているM
Vにも注目

ホワイトデーに純粋なラブソングを配信リリース

▲Ado - 『永遠のあくる日』【OfficialMusicVideo】
adoの『永遠のあくる日』は2022年3月14日に配信リリースされた、落ち着いた曲調のラブソングです。
adoといえば『うっせぇわ』が有名ですが、こちらの曲は「愛してる」というフレーズを25回も繰り返している純粋なラブソングということで話題になっています。
実はadoは2021年の2月14日にも『ギラギラ』という曲を公開しており、今回の新曲『永遠のあくる日』は『ギラギラ』のアンサーソングとして作られたようです。
作詞作曲をボカロPのてにをは、MVのイラストを沼田ゾンビ!?が担当するという『ギラギラ』と全く同じメンバーが再集結して作られています。
楽曲を提供したてにをはは実際に「『ギラギラ』がバレンタインのプレゼントだとしたら今回のよくはそれに対するお返しみたいなものです」と話しています。
また曲名に関しても「愛してるということを言いすぎてみんな飽きないのか?そんな疑問を原点にして作った曲」だと言っています。
つまり『永遠のあくる日』という曲名は、永遠に解決しない疑問のことを、永遠に明けない夜と比喩しているのではないかと予想できます。
悲しいことに明け暮れる主人公のあくるちゃん
まず『永遠のあくる日』のMVも『ギラギラ』のMVにも1人の女性が登場していますが、ファンの中ではそれぞれ「あくるちゃん」「ギラギラちゃん」と呼ばれているようです。
それでは早速歌詞を見ていきましょう。
永遠のあくる日 歌詞 「Ado」
https://utaten.com/lyric/un22031501
1番の歌いだしのこの部分『恋をしてしまった』というフレーズが過去形になっていることや『なぜ君がここにいないんだろう』という部分から、主人公のあくるちゃんは誰かに恋をしたにも関わらず、その相手はあくるちゃんの近くにはもういないことがわかります。
『雨は虹の予告編だ』という部分は、雨は嫌なことを意味し、虹は良いことを意味していると考えられます。
つまり、嫌なことがあってもその先には良いことがあるよという解釈ができますね。
あくるちゃんは、恋をした相手がいなくなってしまったけど1歩前に進もうとしているのかもしれません。
永遠のあくる日 歌詞 「Ado」
https://utaten.com/lyric/un22031501
『まるで映画のエンドロールだ』という部分は、最後には好きな人と離れ離れになってしまう、という解釈や、何事にも終わりが来る、など様々な解釈ができますね。
どのように解釈したとしても、あくるちゃんに悲しいことがあったのは間違いなさそうです。
『あいしてる』と何度言われても『さよならみたいに』聴こえてしまう、そんなことならば『あいしてるなんていらない』というあくるちゃんの強い想いを感じます。
ギラギラちゃんに向けて書かれたラブソング
永遠のあくる日 歌詞 「Ado」
https://utaten.com/lyric/un22031501
MVでは本当に一瞬音楽も映像も止まっているのが印象的な『今、時間を止めたね』の部分では、おそらくあくるちゃんの大切な人が死んでしまったのだと思われます。
そのあとに『君だけがいなくて』という歌詞が続いているからです。
そして、ここで曲のタイトルでもある『永遠のあくる日』というフレーズが登場します。
あくるちゃんにとって、恋をした大切な人がいなくなってしまった日々は「永遠に明けない夜」のような感覚なのでしょう。
永遠のあくる日 歌詞 「Ado」
https://utaten.com/lyric/un22031501
この部分には、楽曲を提供したてにをはの「曲を作った意味」が込められている気がしますね。
最近では様々なアーティストが「あいしてる」をたくさん歌っています。
しかし、この曲はただのラブソングではなく『醜いぼくらのラブソング』だといいます。
ここで注目してほしいのが、1年前にadoが発表した『ギラギラ』の歌詞です。
『ギラギラ』というのは、自分のことが醜く自信が持てない「ギラギラちゃん」を主人公にした曲です。
この曲の中では、ギラギラちゃんの「この世にあるラブソングはどれひとつ絶対私向けなんかじゃない」という気持ちが歌われています。
おそらくこんなことを考えているギラギラちゃんに向けて書いたラブソングとして「醜いぼくらのラブソング」をあくるちゃんは送ったのでしょう。
同じチームだからこそできるリンクしたMVに注目
最後に『永遠のあくる日』のMVについて少し見ていきます。
こちらのMVは『ギラギラ』のMVと同じく、沼田ゾンビ!?がイラストを担当しています。
しかし、見た方は分かると思いますが、かなり雰囲気が違ったMVになっていますよね。
『ギラギラ』の歌詞の中で、ギラギラちゃんは自分の顔を醜いと思っていて『神様が左手で書いたみたい』と歌われています。
確かにギラギラちゃんの顔には痣もあり、少し暗い雰囲気を感じます。
それに対して『永遠のあくる日』のあくるちゃんは明るい雰囲気で綺麗に描かれていることから「あくるちゃんはきっと神様が右手で書いたんだ」とファンの中で話題になっています。
また『永遠のあくる日』のMVの中盤であくるちゃんが割れた写真にキスをするシーンがありますが、この写真は恋をしたギラギラちゃんの写真なのではないかと言われています。
実は『ギラギラ』の歌詞の中で『使い道のないくちづけ』という部分があるのです。
しかし、あくるちゃんにとって、ギラギラちゃんへの口づけは「意味のあるもの」だったという解釈ができますね。
このように自分に醜さを感じるギラギラちゃんと、そんなギラギラちゃんに恋をするあくるちゃん、2つの曲のMVでまるで1つの映画が完成しているようですね。
「永遠のあくる日」は「ギラギラ」のアンサーソングだった
今回はadoの『永遠のあくる日』の歌詞の意味を考察しました。
これまでのadoの曲が好きな方はもちろん、『うっせえわ』くらいしかadoの曲を知らないという方にもぜひ聴いてほしい楽曲です。
『ギラギラ』と合わせてMVを見ると、さらにadoの曲の深さを楽しむことができますよ。

アーティスト

UtaTen

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