鈴木優人インタビュー~新国立劇場に
指揮者として初登場! オペラ改革を
成し遂げたグルックの《オルフェオと
エウリディーチェ》

作曲家、指揮者、ピアニスト、オルガニスト、チェンバリスト、プロデューサー、演出家、と様々な顔を持つ鈴木優人。日本で最も多忙な音楽家の一人であり、そのレパートリーはバッハから現代音楽まで幅広い。その彼が、グルックがオペラ改革を成し遂げたことで知られる《オルフェオとエウリディーチェ》の指揮で新国立劇場オペラパレスに初登場する。2022年5月19日(木)の初日に向けてリハーサルを重ねるマエストロに公演への抱負を聞いた。
《オルフェオとエウリディーチェ》リハーサル中の鈴木優人 (撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

ーー 新国立劇場のバロックオペラ・シリーズ第一弾となる《オルフェオとエウリディーチェ》を指揮されます。大劇場(オペラパレス)でバロックオペラが上演されるのは初めてで、鈴木さんも指揮者としては新国立劇場デビューですね。
とても光栄なことで名誉に感じています。オペラは一種のエンターテインメントであり芸術であり、日常であり非日常でもあると思うんです。オペラの定着、生活への浸透は、僕の人生の課題の一つとして捉えています。この素晴らしい劇場で仕事ができるのはとても嬉しい気持ちです。
ーー これまでも2017年の《ポッペアの戴冠》、2020年のヘンデル《リナルド》やブリテン《カーリュー・リヴァー》など、オペラ指揮者として素晴らしい公演を重ねています。マエストロのオペラへの思いは?
学生の頃から副指揮でいくつかのプロダクションに関わったりしていますし、指揮をした本数という意味ではすごく経験豊かというわけではありませんが、オペラとの付き合いは結構長いです。ひとつ、若い頃に忘れられない体験をしたのが2005年のことで、その時に僕は東京二期会でヘンデルのオペラ公演に副指揮で入っていたんです。一ヶ月くらいリハーサルをして2回公演でした。たまたま同時期に、蜷川幸雄さんが歌舞伎座での演出に初挑戦をした《NINAGAWA 十二夜》の冒頭部分でチェンバロを弾く仕事をいただいたのですが、オペラと比べると稽古の日程が極端に少なく、上演は一ヶ月近く、しかも毎回満席でした。どちらもすごく美しい舞台で、オペラと歌舞伎どちらが優れているという話では全然ないのだけれど、その時に「やはり歌舞伎は、日本語で演るということもあるし、歴史もあるから生活の一部になっているなぁ」と実感したんです。一方、オペラはまだ何だか一部の人が見に行くものとみんなが思っている気がする、と。
その壁は何だろうとなった時に、もちろん一つは言語ですよね。2009年に新国立劇場の中劇場で鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)演奏でモンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》を上演したときに、私は田村吾郎君と共同で演出を担当したのですが、その時は舞台の奥のスクリーンに特殊技術で字幕を投影することにより、テキスト(歌詞)が演技の一部になるという、かなり実験的な演出をしました​。そもそもどのような形で日本にオペラが定着するのが理想なのか?ということを含めて、そのあたりのことは自分にとって課題意識というか、一種の挑戦のようになっています。今回は、勅使川原三郎さんの持つ素晴らしい芸術性とグルックの作品が出会ったわけなので、私は純粋に音楽家としてそこにどう奉仕できるかというのを考えながら稽古に臨んでいます。
鈴木優人 演出・出演 コンサート・オペラ《ポッペアの戴冠》 (撮影:三枝近志 提供:新国立劇場)
ーー リハーサルの進み具合はいかがですか?
コロナの影響で、特に演出にはまだまだ制約が残っています。でも勅使川原三郎さんの演出は、それを跳ね除けるようなコンセプトで、出来ることをしっかりと見極めながら場面を作られていて、本番に向けて楽しみです。
ーー この作品のオファーを受けたのは、バロックオペラ・シリーズということで新国立劇場の芸術監督である大野和士から依頼を受けたのでしょうか?
大野芸術監督は、僕にバロックオペラ・シリーズ全体に何らかの形で関わってほしいと思って下さったようです。それでまずは《オルフェオとエウリディーチェ》の指揮をということに。このシリーズは2020年にヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》でリナルド・アレッサンドリーニさん指揮で始まるはずだったもので、隔年に上演される予定でしたから2022年に《オルフェオ》をということでしたが、コロナで順序が逆になってしまいこれが第一作になったのです。グルックのこのオペラは18世紀後半の作品ですから、バロックオペラ・シリーズと呼ぶには時代も微妙なところではありますし、今回はモダン楽器での演奏ですが、このようなシリーズがスタートするのはとても嬉しいことです。ヨーロッパではすでにあらゆる劇場でバロック時代のオペラも当たり前に上演されていますので、その第一歩かなと思っています。
左から、勅使川原三郎(演出・振付・美術・衣裳・照明)、鈴木優人(指揮)、大野和士(芸術監督)   (撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)
ーー グルックの音楽の魅力はどのようなところにあるのでしょう?
バッハとヘンデルは同い年なのですが、グルックはモーツァルトの少し前、バッハの子供くらいの世代の人です。音楽の様式と趣味がめまぐるしく変化していた時代の波に果敢に乗った人で、グルックの音楽観が少し捉えにくいとしたら、その過渡期をものすごい創造性で切り拓いていった人物だからなのです。《オルフェオとエウリディーチェ》は古典的なオウィディウス原作のストーリーですが、グルックはこの作品でオペラの歴史にとって重要なチャレンジをしています。それは何かというと、レチタティーヴォという語りの部分をチェンバロなどの通奏低音(レチタティーヴォの伴奏を主に担う少数の楽器グループ)のみが伴奏する従来のスタイルから、アッコンパニャートという弦楽器全体が伴奏するスタイルに全て置き換えたのです。そのことによってよりドラマチックな表現になり、後のワーグナーなどの演奏が途切れないオペラの作り方につながっていきました。これはグルックの進取の気性の一つの成果といえるでしょう。
(撮影:長澤直子)
ーーグルックの《オルフェオとエウリディーチェ》は、それまでの冗長になることもあったバロックオペラを、ドラマと音楽の簡潔な結びつきに戻した〈オペラ改革〉を成し遂げた歴史上重要な作品ですが、オルフェオが歌う第三幕の有名なアリア「エウリディーチェなしでどうしたらよいのだ?」のように、とてもキャッチーなメロディがあったり、決して理論だけではないですよね?
そうですね。音楽的には明るいものが多いです。特に冒頭部分でオルフェオが登場する場面が僕にはとても印象的なのですが、まず合唱が歌う嘆きの歌は、現代の感覚でも非常に重々しいハ短調の世界で、しかもコルネット(ツィンク)やトロンボーンなどの楽器が伴奏するので、あたかも教会のような儀礼性を持った響きがします。ところがオルフェオがエウリディーチェの死を嘆いて歌い出す最初のシーンは非常にギャラント(優美な)趣味で爽やかなへ長調のアリアなんです。それは一見、ドラマと合わないようなんですが、長調が多いモーツァルトの音楽もそうですが、一瞬曇った時に今まで明るく見せていた部分とのコントラストが強く出て、影の部分がすごく心に残るところがあるんですね。ハ短調とへ長調は激しく違う調でもありますし。また今回の上演ではバンダという本体とは分かれて舞台上で演奏されるオーケストラ部分にクラリネットの前身であるシャリュモーという当時使用されていた楽器を使用するのですが、オルフェオの言葉を縁取るようにエコーを奏でるシャリュモーの響きは本当に美しいです。
ーー ではこの作品の魅力は、新しいギャラント様式などを使ってドラマを表現したということでしょうか?
そうですね。それに加えて全体の長さというか構成もコンパクトにできています。オペラは全3幕ですが各幕が比較的短いです。今回は休憩が2幕と3幕の間の1回のみで、長さはちょうどよいのではないかと思います。それともう一つ、この作品の重要なのは踊りの使い方です。《オルフェオとエウリディーチェ》には〈バッロ〉という踊りの音楽がたくさん挿入されていて、これらが名曲揃いなのです。オペラの最後は三重唱の大団円になるのですが、その前にバレエが4曲書かれています。今回の勅使川原さんの演出ではその中の一曲のみを選んでその後すぐにエンディングに行きたいということなのですが、残りの3曲もすごくいい曲なので、第2幕、第3幕冒頭にこれらの曲をコンサートのように挿入して演奏することにしました。イ短調で書かれた第2曲などは疾風怒濤というか、とてもカッコいい曲なんです。これらの踊りの曲はかなり個性を形作っているというかシンフォニックに聴いて飽きない名曲です。少しヘンデルとかC.P.E.バッハなどのバロックのレトリックというか、構造で迫ってくる迫力、みたいな部分がある曲です。
(撮影:長澤直子)
ーー 今回の上演は1762年のウィーン版(原典版)でイタリア語上演ですが、そこに後のパリ版(フランス語版)で有名になった「復讐の女神たちの踊り」を入れるそうですね?
はい、第2幕に「復讐の女神たちの踊り」「精霊の踊り」が並びます。今回、勅使川原さんの演出ということで、彼の率いるダンス・チームがまためちゃくちゃカッコいいんです。ハンブルク・バレエのアレクサンドル・リアブコさんも参加しますし、もちろん佐東利穂子さんと、あと、もう二人、高橋慈生さんと佐藤静佳さんという素晴らしいダンサーが参加されて、その彼らの踊りがそこでは見どころだと思います。しかも「復讐の女神たちの踊り」が、これはホルンとオーボエの雄叫びのような音響もすごいのですが、その次の第2場の非常に清らかな曲想の「精霊の踊り」と対峙されて、「復讐の女神たちの踊り」がニ短調でフラット一つ、「精霊の踊り」は同じフラット一つのへ長調で、同じ調号だけれども裏と表になっている、その世界が際立つので今回はぜひ入れたらいいのではと思いました。これらの曲の直前にある地獄の魑魅魍魎たちの合唱もとても怖いんです。
リハーサル~佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ  (撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)
ーー 《オルフェオとエウリディーチェ》は合唱も聴きどころだと思います。新国立劇場の合唱団はいかがですか?
新国立劇場の合唱団は、歌いながら演じる力がある素晴らしい方が揃っています。演技には制約もありますがそれでも十分、作品の世界に入り込んでいると思いますし、合唱団の皆さんとの稽古をしてみて、僕が何をお願いしても即座に対応してくださるのです。グルックの時代はまだ、バロック的な言葉の扱い方が残っています。言葉にオーケストラを付けるというか、言葉と弾く、という感じで演奏するので、結果的にまず合唱団の皆さんから先に声が飛んでくる必要があります。ヴェルディやワーグナーを歌うときよりはもっと言葉を前に出さなければいけないなど、実践的に少し違うところがあるのです。言葉の持っているリズムは単語ごとに全部違いますし、「エウリディーチェ」と呼びかける歌詞があっても、オペラの最初と最後では全然違うわけです。そういったところをなるべく歌とオーケストラで共有できるように持っていきたいなと思っています。それが僕の今回の大事な仕事でもありますね。
リハーサル (撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)
ーー ダンスと合唱の迫力が見どころ聴きどころの第2幕から、第3幕になるとオルフェオとエウリディーチェという男女の関係にフォーカスがあたります。
エウリディーチェがまさに堪えきれなくなってオルフェオに向かっていくところは、それこそ長い伴奏付きのレチタティーヴォで表現されており、作曲としてはかなり歌手に委ねていると思います。実はここは稽古でも一番みんなが苦労している所かもしれません。今回の舞台装置のコンセプトは大きな丸い皿が舞台中央にあって、その上で全てのドラマが起こります。美しい絵になっていますが、オルフェオとエウリディーチェのせめぎ合いが、ちょっと居合のような感じの動きで、エウリディーチェがつかつかと行くとオルフェオが逃げるような感じがあったりするのです。ここはかなり大事な場面になると思います。そもそも第3幕は結末も含めて疑問を持っていらっしゃる方がいてもおかしくないですから。原作通りにオルフェオが八つ裂きになってほしいと思っている人もいるかもしれない(笑)。今回の演出はもしかしたらそこに一石を投じるようなことになる可能性もあります。もちろん音楽的にはハッピーエンドで華やかな大団円ではありますが、そこがどうなるかはまさに今、稽古でいきいきと動いているところで楽しいです。
ーー 三人の歌手の方をマエストロからご紹介いただけますか?
オルフェオ役のローレンス(・ザッゾ)は、ラリーって呼んでいるんですけれど、彼はルネ・ヤーコプス指揮のヘンデルのオペラに多数出演していて私も何演目も舞台を観ています。バロックオペラに精通した方です。ちなみにバロックオペラという言葉も、どこまで使うべきか僕はちょっと迷う部分があるのですが。時代を区切っていくことが正しいのか分からないので。音楽のバロック時代はかなり広い時代を指しているので多彩な作曲家がその中に含まれます。まったく前提条件がなくオペラを観る方にも楽しんでもらえるものにしたい、という思いがいつもあるのです。いずれにせよローレンスはその領域のオペラに精通していますから、稽古でも余裕があって、常にひょうきんで面白い知的な人です。
エウリディーチェのヴァルダ(・ウィルソン)はまず、ラリーも彼女も背が高く大きいのでペアとしてすごく迫力があります。ヴァルダはこのオペラではエウリディーチェは第3幕しか歌いませんので、ちょっとエネルギーを持て余している感があるくらい、声量と表現力に満ちた歌手で、フレーズの歌い方や装飾の仕方も常に新しい可能性を探して果敢に挑戦していく素晴らしい歌手です。
アモーレの三宅理恵さんは前から知り合いではあったのですがご一緒するのは今回が初めてです。アモーレは愛の神ですから人間ではないし、アディショナルな存在というか、オルフェオとエウリディーチェの生存の鍵を握る重要人物ですが、ちょっと無責任で、超越した存在でありながらコケティッシュで年齢も性別も不詳というか、本来は男の子の姿をしているはずですが、今回の演出では衣裳を見る限りでは女性の姿という感じです。二人の人間らしいやりとりに光を投げかけるような存在感を出して歌ってほしいと彼女と話し合っていて、彼女の歌も変化していますし、毎日楽しんでやってくれている感じがします。
リハーサル~左から、ヴァルダ・ウィルソン、三宅理恵、ローレンス・ザッゾ (撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)
ーー 確かにバロックオペラというように区切ってしまうと、食わず嫌いの人が出てしまうと良くないですね。今回は東京フィルハーモニー交響楽団というモダン・オーケストラにオリジナルの楽器を加えて、という編成になるわけですね?
そうですね。チェンバロを含む通奏低音チームがオーケストラの中心的な存在になります。コルネットと先ほどお話ししたシャリュモーはピリオド楽器の奏者が参加してくれます。東京フィルさんとは色々な節目でご一緒していて、サントリー音楽賞の現代音楽の演奏などでも、作曲家からの要求を聞いて瞬時に何が必要かを汲み取ってくださりいつも素晴らしいなと思っています。じっくりリハーサルをして、バロックに精通した歌手たちが気持ちよく歌えるようにしていきたいなと思っています。
ーー 最後に上演が珍しい《オルフェオとエウリディーチェ》への誘いの言葉をお願いします。
このオペラは上演が多いわけではありませんが、教科書に載っているような歴史上とても重要な作品です。ストーリーは筋がわからないという心配はないと思います。たくさん登場人物が出てきてややこしいオペラもありますけれども、これはもう本当に題名の通り、オルフェオとエウリディーチェが元に戻れるのか?それだけをシンプルに演じ、そこに愛の神アモーレが出てきて邪魔をするような助けるような、その三人だけが登場人物です。勅使川原三郎さんの演出ということで、まずダンス、そして佐東利穂子さんをはじめとするダンサーのみならず、出演者皆さんへの振り付けもあり、勅使川原ワールドの美的感覚で統一された素晴らしい舞台になるでしょう。音楽面では、少し小さめの編成の東京フィルハーモニーの皆さんと奏でるバロックの世界を、これまでオペラパレスのピットでは鳴ったことのないサウンドでお楽しみいただけるのではと思います。スピード感のある展開に引き込まれて、「あっという間に終わってしまった!」と感じていただけたら嬉しいです。
(撮影:長澤直子)
取材・文=井内美香

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