クミコ、40周年記念シングル『愛しか
ない時』で敬愛する菅原洋一の代表曲
をデュエット

クミコが、27歳の時に初めて日本語詞をつけて歌唱した自身の原点といえるシャンソンの名曲「愛しかない時」を新録音し、6月22日(水)から配信をスタートさせ、8月10日(水)にCDリリースすることが決定した。

美輪明宏金子由香利戸川昌子などを輩出した今はなき伝説のシャンソン喫茶・銀巴里で1982年にデビューをしてから40周年を迎えたクミコ。

「シャンソンの右も左もわからぬまま、私は40年前『銀巴里』で歌い始めました。そんな私が、初めて自分の言葉で唄いたいと思ったのが『愛しかない時』でした。」と語るクミコ。

発表される2作品は「デビューから40年。歌い続けてきた自分へのリスペクト」と「その歌声と歌手としての姿勢を自身の目標にしてきた先輩歌手・菅原洋一へのリスペクト」2つのリスペクトを込めた楽曲になる。自身へのリスペクトとしての曲は、初めてシャンソンに日本語詞を書いた「愛しかない時」をセレクトした。カップリングは、菅原洋一の代表曲「今日でお別れ」。1970年の「日本レコード大賞」を受賞したこの大ヒット曲を、デュエット曲としてアレンジすることを快諾してくれた菅原洋一と収録する運びとなった。
しかし、レコーディングを目前に控えた2022年2月末、ロシアによるウクライナ侵攻が発生する。「愛しかない時」は、ジャック・ブレルが作詞作曲した世界的反戦歌であり、またクミコはテレビ番組のドキュメンタリー取材でウクライナを2度訪問したことがあるため、この反戦歌とどう向き合うべきか悩み、一時は歌えない状況となってしまった。
2016年、ウクライナへの二度の訪問
クミコは2010年、広島平和記念公園にある原爆の子の像・佐々木禎子の生涯を綴った歌「INORI〜祈り〜」がヒットし、この年の「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たした経緯から、ドキュメンタリー番組の取材で2度ウクライナを訪問した。

2016年、ウクライナの首都キーウにある「国立チェルノブイリ博物館」で開催されたチェルノブイリ原発事故から30周年の式典に招かれ、松本隆作詞の平和を願うスペイン・カタルーニャ民謡「鳥の歌」や「INORI〜祈り〜」を披露し、現地のウクライナの方々と交流を深めた。中でも、通訳を担当したキーウ近郊在住のウクライナ人・ジガルコ・ヴィタリーさんとは、式典だけでなく、チェルノブイリ原発にもともに足を運び、ウクライナの現状を説明してくれ、帰国後も交流を続けていた。
ロシアによるウクライナ侵攻後、クミコは、ヴィタリーさんが家族と共に国内の西側へ逃げる車の中で「INORI〜祈り〜」を聴いているという連絡を受けた。

そしてクミコは、ヴィタリーさんに向けて、「愛しかない時」をアカペラで歌い動画メッセージを送ると、「歌を聴いて涙があふれました。その涙と共に悲しみが少し体の外へ出ていきました。」とヴィタリーさんからメッセージを受け取った。

このことをきっかけに、何の力になるかはわからないし今は無力に感じるけれど、平和を願い歌い続けること、それが歌い手が唯一できることなのではないかと思い、「愛しかない時」をこれからも歌い続けていくことを決意した。

また、NHKの番組企画で加藤登紀子との対談が行われ、加藤から「悲しみにはことばを与えよ ことばには音楽を与えよ そうすれば 悲しみがいつか喜びに変わる」という内容の詩を教えられた。さらに、「今日でお別れ」のレコーディングの際、戦争体験者である菅原洋一からは「自分の歌を誰かが喜んでくれる。希望が持てることが大事である」という話を聞くことができ、迷いの中でも歌い続けていきたいと思えるようなり、 「愛しかない時」を歌うことを改めて決心した。

こうして様々な思いと経緯を経て、国籍も年齢も関係なく、人間同士の繋がりや愛を伝え、明日の光を信じたくなるような2曲が完成した。
越路吹雪、芦野宏らと日本のシャンソン界の礎を築いた石井好子が創設し、現在も日本最大のシャンソンの祭典であり、今年60回目を迎える「パリ祭」が、7月6日(火)から全国各地で開催されるが、東京・名古屋・岡山の公演にクミコは出演を予定しており、「愛しかない時」を披露する予定だ。

また8月13日(土)の大阪公演を皮切りに、名古屋・札幌・東京にて自身の40周年記念コンサートの開催も予定している。

(※銀巴里:1951年〜1990年まで東京・銀座7丁目にあった日本初のシャンソン喫茶。2012年9月12日に閉店)

【クミコ コメント全文】 シャンソンの右も左もわからぬまま、私は40年前「銀巴里」で歌い始めました。 そんな私が、初めて自分の言葉で唄いたいと思ったのが「愛しかない時」でした。 当時、来日していたアンナ・プリュクナルという女性のコンサートに出かけたのがきっかけです。 ナチスからの迫害の歴史を持つポーランドに生まれ、自身の父親もまたナチスによって殺されたアンナの歌には、どれもが理不尽への怒りと悲しみに満ちていました。 その時唄われたのが「愛しかない時」。 胸元に歌の切っ先が突きつけられたようでした。 私も唄いたい、唄わなければと思いました。愛ってなんだ、愛に何ができる。 今年初め、この歌を新たにリリースすることにしました。 自分の歌の原点の一つでもあるこの歌を、今の歌として残したいと思ったからです。 ところが、突然ロシアのウクライナ侵攻が始まりました。現実が歌を飛び越えてしまったのです。 ウクライナに知人を持つ私に、もうそれまでの平穏はなくなりました。 歌などに何の意味がある、愛ってなんだ。 こうして、この歌はまた40年前の振り出しに戻りました。 でも、録音された歌は、確かに今の私の歌でした。 今私が見ている世界と、愛についての歌になっていました。 今回、私が敬愛し尊敬する菅原洋一さんと、デュエットをさせていただきました。 名曲「今日でお別れ」です。 人はどんなふうに歌を唄い、人生を歩いていくのか、いけるのか。 歌い手の根元を、歌声で指し示してくださる菅原さんとご一緒できたことが、無力感にさいなまれる私の大きな救いになりました。 この二曲を、今録音できたことには、きっと意味があるのでしょう。 今ははっきりとはわからなくても、これからの時間がそれを明らかにしてくれるはずです。 愛ってなんだ、歌ってなんだ、人間ってなんだというその答えを。

【菅原洋一 コメント全文】 40周年おめでとうございます。 あなたの歌には強さがあります。あなたの歌にはやさしさがあります。そして祈りがあります。 先日、あなたの40周年記念のシングルに、一緒に「今日でお別れ」を歌わせてもらい、とてもうれしくいい記念になりました。そしてあなたの歌の強さ、やさしさ、祈りを改めて感じとりました。 私も8月で89才です。以前はいい声が出るから、その声を張り上げて遠くまで届くようにと思って歌っていました。けれど年齢を重ねるにつれ、だんだん声も出にくくなってゆくものです。声だけ張り上げるのではなく歌を届けるにはどうすればいいのだろうか? と考えてきました。たどり着いたのが、ひとことひとこと言葉を大切に心を込めて歌ってみようということでした。それが今の私の歌です。 クミコさん、あなたはその術(すべ)を知っている人です。 きっとこれから、より深くより細やかなあなたの歌は完成度を増してゆくでしょう。 とても楽しみです。まだまだ40年は通過点…なのです。 「今日でお別れ」なんて言わないで、これからも一緒に歌う機会が多くなったらうれしいです。おめでとう。

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