小野田龍之介、『ミス・サイゴン』で
二度目のクリスを演じることへの覚悟
「今まで以上に社会に対する祈りを持
って挑む」

1989年に『レ・ミゼラブル』のクリエイティブ・チームが手がけるミュージカルの第2弾として製作され、日本では1992年から1年半の帝劇ロングラン以来、通算上演回数1,463回を重ねる大ヒット作で知られる『ミス・サイゴン』。日本初演30周年の2022年、7月24日(日)に帝国劇場にて開催されるプレビュー公演を皮切りに、9月9日(金)から11月13日(日)まで梅田芸術劇場メインホール、愛知県芸術劇場 大ホール、まつもと市民芸術館、札幌文化芸術劇場 hitaru、富山のオーバード・ホール、博多座、アクトシティ浜松 大ホール、ウェスタ川越 大ホールをめぐる全国ツアーを実施する。稽古開始を前に小野田龍之介が、演じるクリスという役や作品が持つ祈りの力について熱く熱く語った。
小野田龍之介
物語の舞台は、ベトナム戦争末期のサイゴン。フランス系ベトナム人のエンジニアが経営するキャバレーで知り合ったベトナム人の少女キムと、米兵クリス。二人の愛と別離、運命的な再会。そして、キムの子タムへの究極の愛を描き、時代の波に翻弄される男女や親子の姿を、心揺さぶる歌で表現している。
この記念すべき30周年公演では、エンジニアを市村正親、駒田一、伊礼彼方、東山義久のクアトロキャスト、キムを高畑充希昆夏美、屋比久知奈、クリスを小野田龍之介、海宝直人、チョ・サンウンのトリプルキャストで上演する。
2016年版以来、同役で六年ぶり二回目の出演に小野田は取材会の冒頭、次のように意気込んだ。
「本当は二年前に上演する予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で公演がなくなってしまいました。今回は関係者一同、リベンジマッチのつもりです。今年で日本初演から30周年を迎えましたが、30年前から燃えたぎるようなエネルギーにあふれた作品だと思っています。今回はより一層、そのエネルギーが増しての上演になるんじゃないでしょうか。この作品の持つエネルギーに負けないよう、俳優一同、スタッフ一同、挑んでまいりたいと思います」
クリスはベトナム戦争でアメリカ軍として従軍し、戦争が終結すると恋仲だったキムを現地に残したまま帰国。その後、アメリカ人女性のエレンと結婚をする。本作ではクリスがひとりの男性として成長するドラマも描かれており、今年の7月に31歳になる小野田は、前回から六年という月日がこの役に大きく影響を及ぼしていると話す。
小野田龍之介
「前回、僕は20代半ばでこの役をやらせていただきました。ベトナムで従軍する間はエネルギッシュな表現が多かったので、あまり戸惑うところはなかったのですが、戦後に帰国して結婚するという場面では、一歩大人になる部分をどう描くか、とても慎重になりました。今回はあれから約六年が経っていますから、キムとの愛の形や、結婚したエレンとの愛の形をまた違った層の中で演じることができるんじゃないのかなとワクワクしています。この間も様々な役に取り組ませていただいた経験や、そこで得た武器を駆使して、この役を作っていければいいなと思っています」
現段階では、クリスという人物をどのように描こうと考えているのか。そう尋ねると、まずは前回演じた際のエピソードを明かした。
「自分が演じる前から、クリスは世間の人から嫌われる役だなという印象がありました。キムに「愛してるよ」、「君だけだよ」とか言っていたのに、何年か経ったらアメリカに妻がいて。でも、それはあの時代がゆえ、選択せざるを得ない道だったのではないかなと思うんですよね。前回、初めてクリスを演じた時、この時代に生きた若者にとって、この選択は仕方がなかったと思ってくださるお客様を増やしたいなと思っていました。そのためにはどうしたらいいのかをすごく考えて、海外のスタッフや共演する方々と話をして、クリスという人物を作っていきました」
その後、我々はコロナ禍を経験し、なおかつ戦争や内紛など、世界の過酷な現実をリアルタイムで目にするようになった。
小野田龍之介
「そういったニュースに『ミス・サイゴン』に描かれている部分がリンクする瞬間が増えたと思うんです。だからこそ、キムとの芝居では単なるラブロマンスにならないようにと心がけています。『ミス・サイゴン』は音楽がとても美しいので、キムとクリスのシーンも表面上はロマンチックに見えますが、我々の根底にあるのは「絶対に手を離さないで」と、最後まで声を掛け合い、求め合う力。そのエネルギーのバランスがちょっとでも違う方に行ってしまうと、「なんかチャラチャラした男だな」と思われてしまうので、「求め続けること」を非常に大事にしています」
そして結婚相手のエレンについては、「聖母マリアのようだ」と話す。
「エレンは温かく包み込んでくれる女性だと思っていて。共演者と「あの母性はどこから来るんだろう」とよく話します。僕は、二人はクリスの帰国後に出会ったのではなくて、子供のときからお互いに知っているような、そういう近い関係性だったのではないのかなと思っています。ボロボロになったクリスがアメリカに帰って、彼を救ってあげたいと思ったのがエレン。クリスはベトナム戦争で起きたことを忘れたいと思っているはずです。これはクリスが特別なのではなくて、どの戦争も心に傷を負った兵士がたくさんいます。そんな中でエレンに出会って、聖母のような存在に本当に心を救われたひとりだと思います」
小野田は幼いころから『ミス・サイゴン』を観劇し、1992年の日本初演からエンジニア役を務める市村正親は憧れの人だという。前回、ついに大好きな作品で、憧れの人との共演がった。
小野田龍之介
「僕は子供の頃から『ミス・サイゴン』の市村さんの声とか、エネルギーとか、動きなどを観てきました。前回初めてこの作品に携わらせていただいたときに、稽古場で市村さんの「Welcome to Dreamland!」というセリフを聞き、ビビビ! っと体に電気が走ったような経験をして、それは僕にとって大きな財産になりました。『ミス・サイゴン』や『レ・ミゼラブル』のような、日本で長いあいだ上演されている作品に途中から参加することは、他の作品とは違った緊張感や責任感があります。ですが、この作品のすごいところは30年も続いているなかで、市村さんのような初演から携わっていらっしゃる方が今もなお、居続けてくれることです。それが、日本のミュージカルの中でもこの作品が特異なエネルギーを放ち続けているひとつの要因ではないかと思っています」
そして、そんな市村に負けずに頑張りたいと話す。
「前回、「これで卒業かもしれない」とおっしゃった市村さんですが、その後「卒業は撤回する」と。撤回したからには、この先輩はとんでもないエネルギーで来られると思うんですね。なので、そのエネルギーに負けないように、我々後輩一同、立ち向かっていきたいと思います」
本来ならば2020年に上演するはずだったが、全公演中止に。その時、小野田は作品が持つ「祈りの力」を強く感じる経験をした。
「前回、公演中止が決まったときはシンプルに残念でした。僕はミュージカルが大好きなのですが、二年前に初めて緊急事態宣言が発令されたときは、ひと月くらいミュージカルの音楽を聴くこともなく、映像も観ず、台本も読まなくなりました。一回離れようと思って。ちょうどその頃、ラジオ番組にリモート出演する機会があり、「ミュージカルの楽曲で流したい曲はありますか?」と言われたので、「アメリカン・ドリーム」と、二幕の最初にジョンが歌う「ブイ・ドイ」という――ベトナム戦争で自分たちが犯した罪を懺悔し、タムのような子供たちへの祈りを込めた歌なのですが、この二曲をリクエストしました。それをラジオで久しぶりに聴いたとき、涙がわあっとあふれてきたんですよね。『ミス・サイゴン』が持つ祈りの力を感じたといいますか、世界に対する祈りや、生きるための祈りを本当に深く描いているドラマだとより強く感じました」
そして一つの覚悟が生まれた。
小野田龍之介
「緊急事態宣言や、公演ができない時期があったからこそ、お客様は今まで以上に演劇を求めて劇場に足をお運びくださるはずです。次に自分がミュージカル作品に向き合うときには、より強い覚悟を持って舞台に立たなければいけないと思いました」
節目の年でもある2022年、ようやく上演の機会を得た。
「2年前、実はものすごいスピードで稽古をしていました。いつ稽古が止まってもいいように、逆にいつ復活してもいいようにと。ただ、そのことで、極端に言えば形だけを作るような感覚になってしまって。でもそれはお客様が本当に求めている『ミス・サイゴン』なのだろうか。キャストが求める、自分たちが演じたいドラマにできているのだろうかという疑問も少なからずありました。あれから少しずつ舞台が上演できるようになって、ちゃんとお稽古もできるようになりました。『ミス・サイゴン』を皆様にお届けするためには、この2年という歳月は必要だったと思います。今、改めて皆で「よーい、どん!」とスタートして、作品を見つめながら稽古ができることは幸せなことです。だからこそ、より一層エネルギーを注いでいきたいですし、この2年間のお客様の思いもひしひしと伝わってきますから、我々も覚悟を持って、また、今まで以上に社会に対する祈りを持って挑みたいと思います」
小野田龍之介
取材・文=Iwamoto.K 撮影=福家信哉

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