“現代楽器” マリンバの魅力を体感
~若き音楽家&レア音楽に光を当てる
「シリーズ<新しい視点>」、神奈川県
立音楽堂にて始動

神奈川県立音楽堂では2022年7月からシリーズ「新しい視点」をスタートする。弦楽器と電子音響、音楽とライブ・ドローイングなど、公募を通してえりすぐった企画を上演する公演「紅葉坂プロジェクト」とともに、音楽堂プロデュースによる企画公演の2本立てで、音楽の「新しいかたち」を提案するものだ。
その企画公演の第一弾として、2022年7月10日(日)に「ダブルポートレイト・フォー・マリンバ・アンド・ザ・フューチャー」を上演。数多くのマリンバ音楽を作曲してきた一柳慧と、アレハンドロ・ヴィニャオの2人の作品を中心に、現代楽器「マリンバ」とその音楽の魅力に迫る。演奏はヴィニャオの委嘱や初演にも携わってきたマリンバ演奏家・小森邦彦。橋本岳人(フルート)、ブルックス信雄トーン(クラリネット)、岡本麻子(ピアノ)らとともに、多様な楽器とのセッションを通して、様々なマリンバ音楽を披露する。神奈川県立音楽堂をはじめ、名古屋、東京での計3公演が予定され、いずれの公演でも25年振りの来日となるヴィニャオのトークが予定されている。先日行われた会見の様子を交えながら、公演の概要を紹介しよう。(文章中敬称略)

■20世紀に生まれた歴史100年の楽器。その魅力を継承するのが演奏家の務め
「マリンバ」なる楽器の歴史は、実はまだ100年ほど。大元はアフリカ生まれの民族楽器で、地面に掘った穴の上に木の板を渡し、板を叩く音を穴で共鳴させるという仕組みであった。その後、穴の代わりに木の裏にヒョウタンを吊るして共鳴を発生させるようになり、また楽器もアフリカの人々とともに中南米を経て北米へと渡っていく。そして20世紀に入って程ない頃、アメリカの会社がピアノの鍵盤のように並べた音板の下に、ヒョウタンではなく金属製の共鳴パイプを取り付け、「マリンバ」として世に送り出したのである。大きくは木琴の一種ではあるが、共鳴管を持たず欧州起源とされる木琴(シロフォン)とは、実はルーツも成り立ちの歴史も違うのだ。
マリンバ奏者の小森は「木琴はスタッカートの効いた弾んだ音が魅力であるのに対し、マリンバはゆったりおおらかで、ソフトな音。複旋律や和声的な演奏にも適性がある。大きな鍵盤と共鳴管を持つため残響が木琴より伸びやかに聞こえ、音域も5オクターブと広い。ロールという連打の技術を使うと合唱のような和声を演奏することもでき、打鍵の力加減でスラーやレガートを作ることも可能。それがマリンバが広く普及した理由のひとつだ」と解説してくれた。
小森邦彦
また「バッハやベートーヴェンの時代にはなかったマリンバ音楽はとても若く、マリンバのためのクラシック音楽はまさに今、形成されている真っ最中。そのためマリンバ作品の多くが20世紀に生まれ、凄まじいスピードで淘汰されるという競争にさらされているが、一方で我々現代音楽とマリンバは同時代性があるともいえる。それを今回の演奏会で伝えられるのはとても大きな魅力だ」とも。
​さらに「西洋ではヴィニャオさん、日本では一柳先生が独奏から室内音楽、協奏曲など多くのマリンバ音楽をマリンバ作品を書いてくださっており、そうした方々はそう多くはない。一柳先生は来年90歳になられ、ヴィニャオさんは今年70歳。両名ともいまでも現役として活躍されており、このお二方の音楽を、マリンバを通して伝えるのが(自分の)大きな目的の一つ。さらにこれらの大きな財産を、次代に継承し伝えていくことが、僕ら演奏家の務めであると思っている」と熱く語った。

■「ダブルポートレイト」たる2人の作曲家。それぞれのマリンバとの出会い
その一柳がマリンバ音楽を書くきっかけとなったのは、「戦後程なく、ドイツの作曲家・シュトックハウゼンの書いた『打楽器奏者のためのツィクルス』を聞き衝撃を受けた」ことがあるという。この曲は30種類以上の打楽器を1人の奏者が演奏する曲だったが、一柳は「1つの打楽器でそれをなすためにどうすればいいかと考えたとき、最適な楽器だと思ったのが音階などがしっかりとしているマリンバだった」という。
一柳慧 (c)Koh Okabe
またヴィニャオは「マリンバ音楽の委嘱を受けたことがきっかけ」という。「1990年、ヴァイオリン、マリンバ、エレクトロニクスのための作品の委嘱を受けた。この作品を書くのはとても楽しく、またマリンバ奏者たちは私の作品を気に入ってくれたこともあり、以後マリンバ作品の委嘱が続いた」と振り返る。そして「マリンバは5オクターブという広範囲な音域を持つ唯一の打楽器であり、4つのマレットによって、それぞれ独立した声部やレイヤーを表すことができる。私のようにポリリズムを扱う作曲家にとっては、マリンバは完璧な楽器であるといえる」とも。
アレハンドロ・ヴィニャオ

■特徴の異なる3つの演奏会。世界初演、伝統&電子、アコースティックなどそれぞれの個性が
今回は神奈川県立音楽堂のほか、名古屋、東京でマリンバを中心とした3つのコンサートが開催される。ヴィニャオは「25年振りに来日でき、非常にうれしく思っている」と述べたうえで、今回行われる3つのコンサートの、それぞれの趣旨について語った。
まず神奈川の公演は一柳とヴィニャオの音楽に特化し、マリンバのほかフルート、クラリネット、ピアノやパーカッションアンサンブル「N Percussion Group」による様々なスタイルの演奏を行う。特にヴィニャオの《ファイナル デ フレーズ フルートとクラリネットと打楽器とエレクトロニクスのための》は世界初演。「一柳さんとのトークショーも行う。氏との再会をとても楽しみにしている」とヴィニャオは話す。
名古屋と東京で行われる演奏会はヴィニャオの音楽が中心となる。名古屋では打楽器のほか、エレクトロニクスも用いた曲目が並び、なかでも《"グルーヴの書"より「グルーヴの色彩」~二台のマリンバのための~》は小森が委嘱に携わり「最も成功した作品のひとつ」(ヴィニャオ)。さらに《"ウォーター"より「豪雨が過ぎて」、「全ての川は川」》は打楽器とピアノによる六重奏というダイナミックな構成に期待がふくらむ。
一方東京公演はエレクトロニクスを用いない、アコースティックな楽器による構成が特徴。東京公演のみの演目のなかでも、特に注目したいのは、小森がヴィニャオに委嘱した作品《「南へ向かう三つの歌」~マリンバ、ギター、ダブルベースのための~》はアルゼンチンの絶景をモチーフとした作品。もうひとつ、「アラベスコ・インフィニート」は、マリンバとヴィヴラフォンのデュオ作品で、「ヴィニャオ自身も思い入れの強い作品」(小森)。今回はジャズヴィヴラフォン奏者で東京藝術大学教授も務める藤本隆文が、小森とともに熱いセッションを聴かせてくれるだろう。スリリングなヴィニャオ音楽の一夜を期待したい。

■マリンバは現代クラシックとポピュラー音楽を繋ぐ。そのグルーヴ感をぜひ音楽堂で
ヴィニャオの音楽の魅力について、小森は「一言でいえば、グルーヴ感。周期的、持続的なリズムの流れ」と述べ、ヴィニャオも自分の音楽について「故郷のラテン・アメリカのリズムに影響を受けると同時に、アジア、アフリカ、アメリカの音楽の影響も受けている」と語る。民族音楽から端を発したマリンバ音楽が、リズム感やグルーヴ感といった「中世から19世紀にはなかった要素」(ヴィニャオ談)を包括するのは、自然の成り行きかもしれない。
さらに会見の中でヴィニャオは、とくに「難解」とされる現代クラシックをいかに若い聴衆に聞いてもらうかという、クラシック音楽の未来についてもふれた。
「私は作品を書くうえで常に分かりやすく、聴衆に届きやすい音楽の書き方について長い間考え、模索してきた。私の作品は、最初はシンプルで分かりやすいものから出発し、次第に複雑さを増す。音楽の最初の文脈が分かりやすければ、聴衆は次に何が起こるかを理解し、最終的にどんなに複雑で凄まじいものになってもついてこられる。現代クラシック音楽が、若い聴衆の生活の一部となっているポピュラー音楽からアイディアを得ることができれば、クラシック音楽と若い聴衆との間に架け橋ができるのでは。そして現代のクラシック音楽を、より自然に楽しむことにつながるのではないか」と。
小森邦彦、アレハンドロ・ヴィニャオ。ロンドンにて
ヴィニャオが語ったように、マリンバ音楽はフラメンコやロックなど、「リズム」のある音楽と同時代性があるからこそ、ジャンルを超えて聴衆に訴え、クラシック音楽とポピュラー音楽との懸け橋になることができる可能性を秘めているのかもしれない。「アレハンドロ・ヴィニャオと一柳慧の音楽にみなぎるマグマが最高点に達する瞬間にぜひ立ち会っていただきたい」と小森。民族音楽の持つ滾るエネルギーや熱いリズム、血の底から響くようなパーカッションの躍動感、それらを包括した音楽がどのような世界を醸しだすのか。ぜひ体験していただきたい。

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